陣内大尉のモーゼルって何?

岡村[体操のお兄さん]隆司

 鉄砲オモチャ・オタク(言い訳しても五十歩百歩)の私としましては、『覇者の戦塵一九三五 オホーツク海戦』で“モーゼル”の描写がでてきて思わずうれしくなっちゃうわけです。それが“シュネールフォイヤー・ピストル”かもしれないので、ワクワクはなおさらなのです。
 さて、綺麗言をこの際ヌキにすると、所詮兵器とは「人を殺すための道具」に過ぎないわけです。良い兵器とは、確実に作動して、当たれば人(物も含む)にダメージを与えられる物です。「時代がそれを求めた」、「仕方がなかった」とは使い古された『言い訳』ですが、《戦争》の評価がその時代その時代でつごうよく変化しても、《兵器》の本質は隠されてはしても変化することはないでしょう。そして“リボルバー拳銃”より効率よく人殺しができるようにと、一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて“オートマチック拳銃”は開発されたわけです。“ボチャード”、“ルガー”、“ベルグマン”等々と星の数ほど出た中で、WW2(第二次世界大戦)でも大量に使用され、今なおGUN雑誌にときたま取り上げられる“モーゼル自動拳銃”は、今では旧式化したとはいえ“初期のオートマチック拳銃”としては「最も完成された」兵器の一つといえるでしょう。もっともこの「最も完成された」点が、“モーゼル自動拳銃”の基本構造が改良されずに“モーゼル自動拳銃”で終わった(それ以上の物へと発展しなかった)理由になるわけです(“ルガー自動拳銃”にも言えることです)。

 さて、小説の中で陣内大尉は“モーゼル自動拳銃”をフル・オートでバリバリと撃っているわけです。文中ではセレクターによってセミ・フル選択可能で“ドイツ・モーゼル社”製の純正品となっています。そのことから私は挿絵([オホーツク海戦]一四五頁)の“モーゼル M1916”(長いので以下“M1916”とする)ではなく、“ライエンフォイヤー・モデル713”(同様に以下“M713”とする)か、M713の不備な点を改良した“シュネールフォイヤー・ピストル(M712)”(以下“M712”とする)だろうと思っています。“M1916”とこれらのモデルの違いは、“セミ・フル選択可能”だけではなく外見上の差異は除いても(リアサイト等は、生産ロットの違いで、多少の差がでて当たり前)次の点があります。

  1. “M1916”には“M1930/ユニバーサル”より採用された“ユニバーサル・セフティー”がまだ搭載されていない。
  2. “M1916”はパテントの問題も含めて、ボックス・マガジン方式ではなく、グリップ式の装弾方式を採用していた。“M713”“M712”は共にボックス・マガジン方式を採用していた。ただしWW2当時でも拳銃としては10(+1)発の装填は多い方です。
  3. “M1916”はWW1においてのドイツの武器不足から、制式拳銃“ルガーP08”と同じカートリッジである“九mm×一九(九mmパラベラム)”を使用できる拳銃として開発されたのに対して、“M713”や“M712”は従来の“七・六二mm×25”(“7・63モーゼル”ともいう。今、話題の“トカレフT33”[五四式拳銃]が同じカートリッジ)を使用していた。

 ちなみに、“M713”と“M712”の違いは、『セレクターの固定ボタンの有無』と『フルオートシアー周りの部品の形状および、部品の回転方向の違い』の二点です。また、“モーゼル自動拳銃”は、その特異な形状(弾倉の位置とグリップの位置)のために、フルオート射撃時には上下のブレが激しくショルダーストックなしではコントロールが難しいものだったそうです。そのことからフルオート射撃時には銃そのものを寝かせることで、ブレを利用して弾を横方向に散らばらせる撃ち方があったそうです。この撃ち方を資料によると『馬賊撃ち』と呼ぶそうです。
 さて、ここで少し意地の悪い疑問が浮かぶわけです。
 小説の描写では「グリップの側面に『9』の刻印がある」ことが描いてあります。
 これは従来の“モーゼル自動拳銃”が“七・六二mm×二五”を使用していたのに対して、“M1916”では“九mm×一九”を使用しているので、カートリッジの間違いによる事故を防止するために、グリップにイラスト(前述百四十五頁)のように大きく刻印された上に赤いペイントを入れていたからだそうです。
 「とすると……?」になるわけですが、私のところの資料に“M713”と“M712”の“九mm×一九”弾使用モデルの記述がないだけで実在するかもしれません(ユーザーが改良したモデルはありました)また、グリップの規格が共通なので、陣内大尉が何等かの理由(割れたとか…カッコいいとか…。)で交換したのかもしれません。ここ二〜三年の話ですが、中国が外貨獲得のために予備兵器としてストックしていたWW2当時の旧式の兵器を放出しているそうです。モーゼル社の資料は終戦のドサクサで消えたと言われている現在、“モーゼル・ミリタリー”に限らず新しい発見があるのではないかと、私個人は楽しみにしています。(“日野式拳銃改”とか…)もしかしたら“M712”の“九mm×一九”弾使用モデルがピカピカで出てくるかもしれませんし……。

 以下、この文を書くにあたって参考にした資料を挙げます。

『別冊 GUN Part4』一九八九年一月別冊
−世界の名銃シリーズ−
床井雅美著 国際出版株式会社刊 二五〇〇円
「Mauser C96」(一五七〜一七八頁)

『月刊 GUN』 一九七二年新年号
国際出版株式会社刊 三〇〇円
連載記事[自動拳銃の鑑識]第一五回「モーゼル・ミリタリー」
筆者 寺田近雄(八二〜八七頁)

『月刊 GUN』 一九八八年八月号
国際出版株式会社刊 八〇〇円
「モーゼル・ミリタリー セミ/フル・マシン・ピストル」
筆者 床井雅美(三八〜四九頁)

 またモーゼル・ミリタリーに興味を持った方のために、古本屋で比較的入手しやすい資料を紹介します(大阪市内では一冊が大体一〇〇〜三〇〇円です)

 構造に興味のある方は、

『月刊 GUN』 一九八七年九月号
国際出版株式会社刊 八〇〇円
連載記事「ガンメカニック・ページ」
第九回「モーゼル・ミリタリー」
筆者 ターク・タカノ(七四〜七八頁)

 実物(ハンマーの形状から一九一〇年代の製品と思われる)のカッターウエイを利用してわかりやすく説明しています。

 カラー写真を多用したレポートが読みたい方は、

『月刊 GUN』 一九八七年一〇月号
国際出版株式会社刊 八〇〇円
「モーゼル・ミリタリー・ピストル」
筆者 Jack(一〇〜二三頁)

があります。

 これ以外にも『月刊 GUN』においては、一九七三年から八七年までの間に少
なくとも実銃だけで一〇以上のレポートされていると思います。今回は比較的本棚
から取りやすい資料から調べたために、かなりの不備があると思います。不備があ
りましたらご指摘ください。

 オマケとして“陣内大尉なりきりグッズ”になる“M712”のTOYガンを、三種類紹介します。

  1. “モーゼル M712”モデルガン(マルシン製 ABS製)モデルガンがショートリコイルしないために、フルオート・シアーを作動させるパーツが追加されているぐらいなので、実物の構造をよく再現した模型です。マルシン系列に言えることですが、ブローバックの作動の調整に『慣れ』が必要です。現在、キットで六〇〇〇円位。かつては“木製ショルダーストック”“二〇連マガジン”“装填用グリップ”と、オプションパーツの種類も多く、また出来もよくマニアックだったのですが……、
     オプションは現在絶版。
  2. “モーゼル M712”モデルガン(マルイ製 ABS製)『作るモデルガン』のシリーズで製作されたプラモデル。自分で組み立てるとはいえブローバックして三〇〇〇円と安いのですが、内部構造はマルイのオリジナル。これは私は持っていないので作動については不明ですが、噂ではフルオート作動に難ありとのことです。同じシリーズの“ワルサーP38”と共通のカートを使用しているので、九mm口径にこだわる方はどうぞ。ただし、グリップの側面の『9』の刻印は自分で入れる必要性がありますが。機会があったら造ってみたい一丁。
  3. “モーゼル M712”ガスガン(フジミ製 ABS製)六mmBB弾を発射するガスガン。セミ/フル切り替え可の最小モデルのひとつとして、発売当初はかなり話題となったモデルです。これも私は持っていない。噂ではマガジンの耐久性に難ありとのことです。確か現在絶版のはず。オプションの“木製ショルダーストック”の出来は素晴らしく、少しの加工でマルシンのモデルガンに装着可能とのことです。

 なお、“M713”のTOYガンは(私の記憶では)発売されてませんし、“M1916”はLS製のプラモデルと、MGC製の亜鉛合金製のモデルガンがありましたが、現在絶版です(LSは会社自体がなくなってしまった。トホホ……)
 また、ハドソン製の亜鉛合金製モデルガンの新旧二種類は、形式が別なので取り
上げませんでした。




●戻る