『星界の紋章・増長日記』

森岡[星雲賞にノミネートされて、ゲストになれなかった男]浩之

4月10日 水曜日

 どきどき……。
 きょうはいよいよ『星界の紋章』第1巻の発売日だ。
 神保町あたりの大書店にはすでに並んでいるだろう。
 けれど、見にいけない。その勇気がない。
 どきどきどき……。
 ちゃんと売れてくれるかな。売れてくれないと困るな。売れない作家の墓
 もしももしも、売れなかったら……。「売れない作家を住まわすわけにはいかないね」とアパートを追い出され、「売れない作家を子に持った憶えはない」と親子の縁を切られ、「売れない作家に渡す商品はない」と店でものも売ってもらえず、道を歩けば、「あの人、売れない作家なのよ」「しかもSFなのよ」「まあ、いやだ。おほほほほっ」と後ろ指を指され、野垂れ死にしたあげく、そこらへんの野原に埋められ、蒲鉾板に油性マジックで『売れない作家、しかもSF、ここに眠る』と書いた墓を立てられてしまうんだぁ〜〜〜。
 どきどきどきどき……。

<影の声>
 作者の増長指数などをここで発表し、心の動きを答えます。
 まず、この日の作者は、いまだ増長指数「-10」

4月11日 木曜日

 近所の本屋に『星界の紋章1』が入荷する。たったの二冊だ。まあ、初版部数が少なかったので、しかたないかな、と思う。
 それはいいとして、すごく手にとりにくい。平積みされているのだが、すぐ手前に『私が殺した少女』が高い塔を築いているのだ。
「歩いて五分以内で唯一のSF書き(たぶん)に喧嘩売っとるのか」と思いつつ、塔をちょっとずらして、『星界の紋章』を取りだしやすくする。

<影の声>
 増長指数「0」
 自分の書いた本が、自宅近くの本屋に入荷しているのを発見するのは、嬉しいものである。

4月12日 金曜日

 近所の本屋を偵察。
 おおっ、一冊になっているではないか。
 とりあえず喜ぶ。

<影の声>
 増長指数「1」

4月13日 土曜日

 近所の本屋ではついに完売した。といっても、二冊ではあまり参考にはならんか。
 とか思っていたら、あっちこっちからけっこうな売れ行きだという話が入ってくる。
 おおっ、これはけっこういけるかな……。
 駅前の本屋なども偵察コースに入れる。

<影の声>
 増長指数「3」
 まだすこし疑心暗鬼であるものの、喜びようが文面からも読取れる。

4月14日 日曜日

 あっちこっちの本屋で売りきれとの噂が……。
 駅前の本屋は、ハヤカワ文庫JAを冷遇しているところが多いのだが、ごく一部の平積みにしてくれている本屋では着実に減っている。
 増長してもいいのかな……。

<影の声>
 増長指数「7」
 そろそろきました。

4月18日 木曜日

 くすくす……。
 引きつづいて、いろんな方面から『星界の紋章』が売り切れたという情報が入ってくる。
 これは増刷も近いかも。
 編集N氏より電話。「増刷ですが、営業のほうで迷っているんですよ。本屋によって売れかたの差が激しいので……。まあ、八重洲で売れる本じゃないですよね」
 まあ、そういうものであろうな、と思っていたら、夕方になってふたたび電話。「たいへん嬉しいお知らせです」
 ふふふふふ……。
 発売一週間で増刷決定!
 初版部数が少なかったことを忘れて増長する。

<影の声>
 増長指数「25」
 指数が一気に跳ね上がる。
 聞いた所によると、当初作者は、発売一ケ月目位で増刷が決ったらいいなぁと、思っていたらしい……。

4月19日 金曜日

 早川書房で打ち合わせをする。そのとき、『星界の紋章・外伝』を短編で書かないか、という話が出る。

<影の声>
 増長指数「35」
 幸せである……。

4月20日 土曜日

 大阪で『まぶだちの会』の飲み会である。
 増刷がかかったことを自慢する。
 この日はそれ以外にもいろいろ愉しいことがあったが、これは『増長日記』なのでそれには触れない。

<影の声>
 増長指数「40」
 この時の作者の顔は……、ふふふふふ、すっげぇうれしそうだったぜ!
 カラオケBOXで、「星界の紋章」のテーマソングまで出来る。

4月24日 水曜日

 『星界の紋章・外伝』の話が本決まりになってしまった。締切は5月27日。わー、自信がないよぅ。

<影の声>
 増長指数「44」
 自信がないなんて、まっかな嘘である。
 ただし、書くものはなにも決っていないので、そこには不安が……。

4月28日 日曜日

 SFセミナーの日である。
 会場で早川書房のS氏より『星界の紋章2』の表紙色校をもらう。見せびらかす。
「星界の紋章のファンなんです」と声をかけてくれる女性がいて、増長する。

<影の声>
 増長指数「49」
 「影」は、この日のことはよくしらないのだが、女性から声をかけられて喜ばない男性は、貴重である。ちなみに作者は、ノーマルなので、喜んだことは間違いないであろう。

5月 1日 水曜日

 編集N氏より電話。ファンレターが来ているとのこと。こんなに早くファンレターが来るのは珍しいそうだ。
 増長する。

<影の声>
 増長指数「55」

5月 2日 木曜日

 ファンレターが転送されてくる。
 うちの一通はイラストつきだ。溌剌としたラフィールが可愛くて、嬉しい。

<影の声>
 増長指数「60」
 「影」としても、ぜひこのファンレターは見てみたい!

5月 7日 火曜日

 第2巻、まだ発売もされていないのに、増刷が決定。ついでに、第1巻の三刷りも決定だとか。
 増長はとどまるところを知らない。

<影の声>
 増長指数「70」
 とどまるところを知らない。

5月11日 土曜日

 近所の本屋に『2』が七冊、入荷。同時に『1』の二刷りも二冊入った。

<影の声>
 増長指数「73」

5月12日 日曜日

 近所の本屋、『2』は三冊になっていた。『1』も一冊売れたもよう。
 立ち上がりが早い。
 いちじるしくつけあがる。

<影の声>
 増長指数「77」
 おおいにつけあがる!

5月13日 月曜日

 近所の本屋、『1』は完売。『2』も残り一冊だ。

<影の声>
 増長指数「80」

5月14日 火曜日

 近所の本屋、ついに完売。
 こんなことをいうのはなんだが、文庫本の新刊が三日でなくなる現場をはじめて見た。
 増長せねばなるまい。

<影の声>
 増長指数「84」
 他の作家の本が目に入らなくなる。

5月15日 水曜日

 神保町へ偵察に行く。目的は『星界の紋章』が買われていく瞬間を目撃することにある。
 まずお茶の水駅前の○善に立ち寄る。汚いジーパンをはいた兄ちゃんが、ハヤカワ文庫の新刊の棚の前で立ち読みしているのを発見。
「おおうっ、なにを立ち読みしているのだ? もしかしたら……」とそれとなく様子をうかがう。
 兄ちゃんの手にしているのは紛れもなく『星界の紋章2』である。
「買ってくれるのかな」としばらく眺めていたが、兄ちゃんの背中には「この一冊をここで読み終わってやる」という気迫がこもっていた。
 あきらめて神保町へ行き、手始めに三○堂を襲う。三○堂の2Fでは、レジ前でハヤカワ文庫の新刊を展開していて、もちろん『2』も平積みされている。さらに、「推理・SFのコーナー」にもあった。満足して、ハヤカワ文庫の棚にむかう。
 立ち読みしていた。しくしく。
 この兄ちゃんもぱらぱら様子を見るといった感じではなく、背筋を伸ばして1ページずつ丹念に読んでいる。
 日本が豊かになったというのは嘘なのか? たかが500円ぐらいの金を払うのがいやさに、長時間立ちつづけるのか? 
「まあ、立ち読みもされないよりはマシだよな」と自分を慰め、ほかの売場をぐるっと回って、戻ってくると、立ち読みがふたりに増えていた。しくしくしくしく……。
 ほかの新刊書店を偵察に行く。
 好意に値するのは東○堂書店。
『星界の紋章』にここに書き写すのが照れくさいような、もったいないポップがついている。「ありがたや、ありがたや。こんど、神保町で本を買うときは、まずここにくるからね」と心のなかで手をあわせつつ、とりあえず『世界の中心で愛を叫んだけもの』を買う。
 その後、書○グランデで無事、『2』が買われていく瞬間を目撃したのだった・・・
 めでたし、めでたし。
 もちろん、増長する。

<影の声>
 増長指数「89」
 「世界の中心」が自分であるように錯覚した瞬間を目撃する。

5月24日 金曜日

 第1巻の四刷りおよび第2巻の三刷りが決定したとのこと。
 どうして増長せずにいられようか、いや、ない。
 もっとも、この日は短編で苦しんでいた。例の『星界の紋章・外伝』である。どうしたって面白くなりそうにない。
 才能ないのかなぁ、と涙しつつ、それまで書いていた二〇枚ほどを破棄、新たな構想のもと、書きはじめる。
 増長は一休み。

<影の声>
 増長指数「87」

5月26日 日曜日

 とうとつだが、わたしはサンケイ新聞をとっている。
 サンケイ新聞の読書欄では、毎週日曜日にベストセラーランキングが発表される。
『星界の紋章2』はグイン、ペリーローダンを抑えて一位であった。
 わははは、気持ちがよいのう、グインとマルペを下に見るのは。
 短編のことを忘れて増長する。

<影の声>
 増長指数「90」
 揺れ動く心……。

5月27日 月曜日

『星界の紋章・外伝』の締切。まだできていない。しかし、骨組みはなんとか形になった。あとは形にしていくだけだ。

<影の声>
 増長指数「90」

5月28日 火曜日

『星界の紋章・外伝』ができあがる。タイトルは『誕生』。
 うん、四日で書いたにしてはいいできだ。
 ちょっと増長する。

<影の声>
 増長指数「91」

5月29日 水曜日

 A編集長より先に読んだらしい文庫担当N氏が電話をかけてきて、短編を褒めてくれる。
 とうぜん、増長する。

<影の声>
 増長指数「97」

5月31日 金曜日

 めでたい谷甲州先生の新田次郎賞授賞パーティである。
 会場で、初代隊長に『増長日記』を書くよう提案される。そう、この駄文である。
 本来、謙虚な人柄のわたしはこんな自慢めいたことは書きたくない。しかし、うかうかとつい乗ってしまい、いま激しく後悔しているが、約束してしまったものはしかたがない。

<影の声>
 増長指数「96」

6月 1日 土曜日

 ニフティのFSF2のヘッダに《みーはーCLUB*『星界の紋章』を語る》の開設通知が出る。
 おおっ、ついに期間限定とはいえ、専門会議室で語られる日が来たか。
 増長する。
この夜は、新田次郎賞受賞記念宴会が有志で開かれていた。
 前日のパーティで「まだ買っていない」と甲州先生がいっておられたのを思い出し、1巻と2巻を押しつけてしまう。しかも、成り行きでサインをすることになった。
 パーネルにサインして「わたしは増長している」と宣言したガメラ隊長を前に、著しく増長する。

<影の声>
 増長指数「100」

6月 3日 月曜日

 オリコンの文庫部門で『星界の紋章2』が初登場九位。ただし、著者名は森園浩之になっていた。
 まあ、いい。そういう細かいことは忘れて増長だ!

<影の声>
 増長指数「103」

6月 5日 水曜日

 第3巻の見本刷りができる。初版部数は第1巻、第2巻の二五パーセント増し。さらに追い込み増刷が加わり、第1巻のときの五〇パーセント増しの部数が流れるそうな。
 それにあわせて帯を新しくした第1巻と第2巻も流れる。
 ふふふふ……。

<影の声>
 増長指数「110」

6月10日 月曜日

 編集N氏から電話がかかってくる。「またまた、嬉しいお知らせです」
 こんどは三巻同時増刷。それもいままでにはない規模だ。これで1巻と2巻については、累計すると初版部数以上の増刷がかかることになる。
 増長……しようと思ったけれど、すこし心配になる。これが小都市の本屋にも均一に流れるのならいい。けれど、都心の大書店に流れてしまうのではなかろうか。いま現在、近所の本屋などでは品切れ状態が長くつづいているのだが、神保町の新刊書店に行くと、まだ1巻の2刷りと2巻の初版がうなっているのだ。
 しかし、ハヤカワの営業もプロだ。そんなことは承知のうえで増刷を決めたのだろう。それに、見込みがはずれたって、わたしのせいじゃないもんね。
 やはり、はなはだしく増長するわたしであった。

<影の声>
 増長指数「112」
 複雑に揺れ動く心……。

6月11日 火曜日

 ついに最終第3巻の発売日。同時にニフティの特設会議室『星界の紋章を語る』も開設。
 神保町に偵察に行く。書○ブックマートで、ひとりの兄ちゃんが第1巻を手にとっている。「おおうっ、三巻まとめて買ってくれるのかなぁ」と眺めていたが、なんか変。平積みの中程から本をとりだしたり(これをやる人はたいてい買ってくれる。買うのを決めて、きれいな本を選んでんでいる段階だからだ)、もとに戻したり、帯をとってみたり、奥付を見たり、というようなことをくりかえしている。
「なんのつもりなんだ、早く買うのだ」と電波を送るが、いっかなレジに行こうとしない。
 そうしているあいだに、3巻だけ二冊売れた。それはそれで嬉しいが、兄ちゃんは不可思議な行動をくりかえしている。
 そのうち、どこかに行ってしまった。なんだったんだよぅ、あれは。
よくわからないが、とりあえず増長する。

<影の声>
 増長指数「113」

6月12日 水曜日

 近所の本屋に第3巻が並ぶ。こんども七冊だ。

<影の声>
 増長指数「113」

6月13日 木曜日

 三冊になった。第2巻と同じパターンだ。

<影の声>
 増長指数「113」

6月14日 金曜日

 近所の本屋で残り一冊。
 この書店での売れかたのパターンは前巻と同じだが、ちまたでは前にもまして速いペースで売れているらしい。
 うーむ・・・。
 ニフティの『星界の紋章』みーはーCLUBも予想をはるかに上回るペースで書きこまれている。あまり閑古鳥が鳴くようだといやなので、「作者が読者の疑問にすべてこたえちゃうぞ」コーナーを勝手にはじめようとか、知り合いに頼んで盛り上げてもらおうとか、いろいろ姑息なことを考えていたが、まったくの杞憂だった。
 涙が出るほどありがたいなぁ。読者の皆さまに心のなかで手を合わし……。
 しまった、謙虚になってしまった。いかんいかん、傲慢に増長せねば。
 これもわたしの本がすばらしいがゆえである。
 えっへん。

 さて、いつまでもつけあがっていたいのだが、世の中に締切というものがあり、この原稿にもそれが適用される。
 これから先のことを書こうとすると、どうしたって締切に間に合わないのだ。いくらなんでも予知はできないから。
 したがって、いささか中途半端ではあるが、これでこの稿を終わらせたい。増長はいましばらくつづくだろう。
 来年は『凋落日記』をお届けできると思う。お楽しみに。

<影の声>
 この段階での作者の増長指数は「120」程であるが、「影」がこれを書いている段階(7月8日)では、ファンクラブが出来る気配が濃厚だったり、「星界」同人誌が今年の夏コミで発売される気配があったり、さらにはアニメ化やゲーム化の動きがあったりして、増長指数は天井知らずでかけ上がっている。
 年末には、続編が上下二巻で発売されるため、作者は汗を流して執筆中である。
 頑張れ森岡! 輝く日本のマルペになるのだ!!




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