−単行本発売記念 特別寄稿−
スーパーシミュレーション

大逆転連合艦隊

橋本[快傑黒マント]元秀

 昭和16年11月26日未明。
 択捉島、この島は千島列島のなかでは最大の島である。だが、この島の住人はわずかに数千人である。午前5時、まだ明けやらぬ東の空に黎明の最初の兆しが現われていたが、鮭の漁期の終えつつある今ごく僅かな者を除き目覚めている住民はいないようであった。
 この島の太平洋岸の中央部は大きくえぐれて湾を形成している。単冠(ひとかっぷ)湾というこの大きな湾港は、天然の泊地としては申し分ない大きさをもっているが、この初冬の時期を過ぎると氷によって大型船の入港は困難になる。ところが、今この大きな湾内には所狭しと巨大な艦艇がひしめいている。一様に灰色に彩られた艦艇には、ことごとく旭日旗が翻り、艦首には金色の菊の花弁が花開いていた。
 その二つの象徴が、ここに居並ぶ艦艇がすべて日本帝国海軍に所属する軍艦であることを雄弁に物語っている。
「全艦隊出航準備完了。抜描の指示願います」
 空母赤城。第一航空戦隊の旗艦であると同時に、この単冠湾に秘かに集結した真珠湾攻撃部隊である第一航空艦隊全体の旗艦でもある。その艦橋に陣取った司令長官の南雲忠一中将は、草鹿龍之介参謀長の言葉に大きく頷いた。
「よし、全艦抜描、指示どおり出航を開始する。水雷戦隊に出航指示を」
 南雲の命令が発せられると、旗艦のマストに出撃を報せる信号旗があがり、発光信号による指示が飛んだ。
 その行動が最大限に秘匿されるこの攻撃隊は、すでに内地を出航以来厳重な無線封鎖状態におかれていた。やがて、湾内の大小の艦艇は次々と錨を上げ、機関の出力を高めだした。
 いく筋もの煙が、1000メートルを優にこえる択捉の白い山並みを背景に立ち昇る。艦隊は今や鎖を解かれた猟犬さながらに、大いなる北の海原に解き放たれようとしていた。
 午前6時、まず先頭きって軽巡洋艦の阿武隈が湾口目指して滑りだした。直後には9隻の駆逐艦が続く。そして、それに続くべく利根と筑摩の二隻の重巡洋艦が動きだした、まさにその時であった。
 突如、おかしな波動が全艦隊を襲った。
 通常湾内では感じることのない大きなうねりである。それも、一定方向でなくまるで嵐の中心であるかのように四方から波が起こっていた。
「何事だ!」
 南雲司令官は、不意に襲った動揺にバランスを崩しながら叫ぶ。
「こんな妙な波は初めてだ!」
 艦橋に詰めていた者が口々に叫ぶ。誰一人、この波の正体がわからず当然どう対処すべきなのか判らなかった。
 ただ一人、混乱に陥った艦隊の中でこの波の正体に気付いたものがいた。第二航空戦隊の旗艦である空母飛龍の艦長である賀来大佐である。
「山口司令! これは地震です、それも相当大型の地震です! 自分は以前大泊で停泊中に地震にあいましたが、ちょうどこういった揺れをしました!」
 第二航空戦隊司令官である山口多聞少将は、その艦長の言葉を聞くなりかっと目を見開いた。
「全艦艇に無電だ! 最大戦速で湾外に脱出せよと!」
「しかし、現在無線は封鎖中です」
「馬鹿者! 機動部隊の運命がかかっておるのだ! 躊躇するな!」
 だが、彼の即決とも言える決断ですら運命を変えることはできなかった。
 この時、択捉島を襲った地震は、実にマグニチュード8・1。震源は、択捉島東方20キロメートルの北太平洋プレート断層部。深度はわずかに12キロメートルというものであった。
 北海道の釧路や根室でさえ深度6を記録したこの大地震は、同時に海底に巨大な隆起をもたらし、その影響で実に高さ20メートルという巨大な津波を発生させた。
 この津波は、音速に匹敵する高速で海面を駆けた。つまり、山口がこの津波の襲来を予想して無線封鎖を破るべく決断したまさにその瞬間に、単冠湾の湾口に迫っていたのである。
 単冠湾は噴火湾である。大きく湾曲した海岸線は、襲ってくる津波のエネルギーをその内懐にすべて吸収することになった。
 最初に水雷戦隊の艦艇が巨大な水の壁に没したのち、わずか数秒で機動部隊の全艦艇がこの津波によって翻弄された。
 あまりにも徹底的な破壊であった。
 のべ十数回に及ぶ大小の津波がその後も単冠湾を襲ったが、被害の大半はこの最初の一撃で起こったものである。すべての波が収まったとき、わずかに生き残った水兵たちが見たものは、赤茶色の腹を見せ海岸に座礁した数十隻の連合艦隊機動部隊の残骸であった。
 かくて、大日本帝国海軍はただの一撃もアメリカ海軍に見舞う事無くここに潰えたのであった。

おしまい

 え? このあとどうなったかって? そんなの自分で考えなさい〜




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