会社帰りにつぶらな瞳の桔梗インコを 衝動買いするのこと
お値段三万円のインコのヒナを買ってしまいました。
その名も「桔梗インコ」で原産地はオーストラリアという良く分からん種類のインコです。ペットショップでセキセイインコのヒナ数羽の中にまぎれこむようにいるのを見つけました。まあなんというか、ヒナの中でも一段と目立つぽやぽやよたよたのまるでぼろくずのような見てくれで、しかも、桔梗なんて名前がついている割には図鑑で見せてもらった成長後の完成予想図は全然桔梗色をしておらず、ダークグリーンの地に風切羽は濃紺尻尾は濃紺と白、頭頂部には青と赤、ほっぺたには青白の斑点という、いかにも南半球的な配色の奴なのでありました。
なんでそんなインコを買う気になったのか、それは彼の眼が非常にかわいかったからです。どんな鳥でもヒナの眼はかわいいもんなんですが、特にこの鳥の場合それが尋常ではありません。真っ黒く大きなつぶらな瞳で、ちょっと首をかしげてじっと見上げられたりなんかした日にはもうわたしはあなたの奴隷です状態になってしまいます。
「……ところで、コレにはどのくらい餌はやればいいんでしょうか? 私昼間は勤めているんですが。朝と夜くらい?」
心はすでに購入を決めて、わたしは店長に尋ねました。現在同居中のセキセイインコとオカメインコの実績を根拠にした私の言葉でしたが、彼の答えはその判断を遥かに上回っていました。
「そうですねえ……この大きさだと2時間おきくらいにはしていただかないと。まだ本当に赤ちゃんですから」
「……会社に連れてくしかなさそうですね……」
そこで「じゃあやめます」という発想が出ないのが、ちょっと悲しい気もしたりして。
というわけで、ボーナス一括払いと共に我が家に加わった桔梗インコ。まだ立つのもよろよろしているくせに生意気にも会社通勤を始める彼の運命は? 先住者のセキセイとオカメの反応は?
つぶらな瞳の桔梗インコ、会社通いをはじめること
さて、そんなわけで桔梗インコのヒナは会社へ通うことになりました。
犬や猫だと人によって好ききらいがありがちですが、小鳥……しかもつぶらな瞳のヒナとなると、そうそう嫌う人はいないようです。会社に行った単価三万円の桔梗インコは、思ったとおりオフィスで非常な人気者になりました。
「やあ、生た○ごっちですね」(註:パティオ掲載当時人気絶頂でした)
「餌食うのか?」
「うわー小さい、かわいい」
「で、いつこれは食べられるようになるんだ」
などと言いつつ、皆さん餌の時間になるとやってきては、無心に食べる彼の様子を見物していくのでした。面白いことに、そんな時人は決まってちょっと優しい顔をしているのです。
……思うに、オフィスにひとつ人を恐がらないペットを飼っておくと、職場の雰囲気改善に役立つんじゃないでしょうかね。
インコのヒナを買っていちばん最初に苦労するのは、餌付けです。手のりならそんなのとっくにされてるじゃないかと思うでしょうが、それまで店で十把ひとからげでぬくぬくしていた彼らは、そこから引き離されて慣れない環境にやってくると、とたんに餌を食べなくなるのです。
これまでの経験からすると、ヒナが新しい環境に慣れるまでの期間はセキセイインコやコザクラインコで一日か二日、多少神経質なオカメインコで一週間から十日くらいなので、その中間の桔梗インコは四、五日くらいかなと考えていました。当然、食べなければ最悪死にますから、いざとなったら口に無理矢理餌をつっこむ覚悟もしていました。
ところが、このインコに関してだけはそんな心配は杞憂に終わりました。買って次の日の朝、出勤前に最初の餌を与えると、彼は待ちかねたようにぴるぴる鳴きながら飛びついてきたのでした。
まあ、食欲があるというのはいいことです。
桔梗インコ、名前がゴリアテもといブロッサムに決まるのこと
「ところでこの鳥、名前はなんにするんですか?」
「えー、なんにしようかなあ」
桔梗インコを買ってから3日、わたしは彼の名前に悩んでいました。たかがインコ1羽の名前くらいすぐ決まるじゃないかと思うかもしれませんが、ペットと言えど家族も同然、いい名前をつけてやりたいと思うのはやはり人情です。しかもわたしの場合、延々15年以上に渡ってセキセイインコを入れ代わり立ち代わり飼い続けていたため、名前のネタが品切れになっているという事情もあります。
「じゃあゴリアテにしましょう、ゴリアテ」
「……なんじゃそりゃ」
「いいじゃないですか、ゴリアテ。かっこいいですよ。よし今日からお前はゴリアテだ」
「やめんかいっ!」
このままではなしくずしにゴリアテなどという情けない名前にされてしまう。危機感を感じたわたしはないアイディアをしぼって彼の名前を考えました。
「……よし、ブロッサムにしよう」
「なんですかそのつまんない名前は。ゴリアテのほうが絶対いいですよ」
「やかましい、ブロッサムで決定」
というわけで、彼の名前はブロッサムになった……かに見えました。
ところが、詩情あふれるこの名前には重大な欠点があったのです。それは「呼びにくい」ということでした。大体において、2音節以上の名前というのは、実際に声を出して呼ぶ時に非常に呼びづらいのです。もし省略するとしたら「ぶろ」になるんですが、なんというか、これは仮にも桔梗インコなどという品種名のインコに対して使う呼びかたではないような気がちょいとしたりなんかもします。
で結局、ブロッサムは本名ということにして、彼には愛称を別につけることにしました。その名も「ちびころ」。どことなくちんまりとした印象と(実際にはセキセイインコよりひとまわり大きいんですが)、転がるように床を歩く……というより走る動作からきたものです。これなら省略しても「ちび」か「ころ」といういかにもペットらしい名前におちつきます。
……少なくとも、ゴリアテよりはマシです。
ブロッサム、脱走を企て失敗するのこと
ブロッサム、通称ちびころを買った時、ショップの人は「オカメインコよりおっとりしていますよ」と言いました。ところが、オカメインコなんてとんでもない、実は彼は大変なやんちゃ坊主であることが大きくなるにつれ明らかになってきました。
手のりヒナは、自分が普段入っている入れ物の外にも世界があり、そこが入れ物の中よりずっと面白いことに早い時期に気付きます。気付くだけならいいんですが、大抵のヒナは気付いたとたんに夜も日もあけず外に出たがるようになります。ブロッサム、通称ちびころもまた例外ではありませんでした。
彼の住まいは、わらで作った直径二十センチくらいの、おはちと呼ばれるふたのついたおひつ状の入れ物です。このふたの真ん中には、中の様子が見れるように直径三センチくらいの穴があいており、網戸の網(と同じもの)が貼ってあります。
さて、どうしても外に出たいブロッサム、通称ちびころは恐るべき根性でこの網をかじり続けました。そしてとうとう食い破り、さらにその破れ目を広げ、最後には頭が抜けるくらいの穴を開けてしまったのです。
ところが、やはり鳥の悲しさ、頭が抜けても体が抜けなければどうしようもないということに彼は気付きませんでした。しかも網は切り口がぎざぎざですから、一旦頭を出すと引っ込めることができなくなるのです。
……結果として、ある日わたしはおはちのふたから首だけ出して悲しそうにまわりを眺めている彼を発見し、びびる羽目になるのでした。
彼のやんちゃぶりは会社だけの話ではありません。
とかく三万円もするインコともなると、売った側の扱いも二千円のセキセイインコや七千円のオカメインコとは格段に違ってきます。ブロッサム、通称ちびころの場合にも、週に一度買ったショップに健康診断(と言っても、太り具合やなんかを見てもらうだけ)に連れていくことになっています。
「どうですか? 元気ですか?」
「元気すぎて困ってます」
「……種類としてはおとなしいものなんですが(ここで彼がおはちの例の破れ穴から頭を出してもがきはじめる。そばにいたショップのお姉さんが失笑して押し込む)……まあ、鳥そのものの性格もありますからね……」
「そろそろ鳥篭に移していいですか?」
「そうですね、あと一週間くらいは(ここで再び彼が頭を出す)……二、三日でいいでしょう。その間は、出たがるようでしたらこのプラケースにおがくずをひいて入れておいてください。保温のために(と、三十センチくらいの巨大プラケースを出してくる)」
「……これにですか」
「さし上げますよ、どうせ捨てようと思っていたものですから」
「……はあ」
なんだかショップの人ももてあましているようだが、本当に大丈夫なんだろうかとちょっと心配になったのはこれからでした。
ブロッサム、魔生物に敗北するのこと
「えー、インコもう来なくなるのー?」
「そーなんですよ、はい、ごあいさつ」
「焼き鳥にする日を楽しみにしてたのになあー」
「…………」
「えー、ゴリアテ来なくなるんですか。元気でなゴリアテ」
「だからゴリアテじゃないと言っとろうが」
数週間に渡ったブロッサム、通称ちびころの通勤が終わる日がやってきました。どこの会社にもひとりはいる魔生物、その名も「お局様(59歳・定年間近)」が彼の存在を部長にご注進に及んだ結果、部長から「頼むからインコを会社に連れてくるのはやめてくれないかなあ」というお言葉が入ったのです。評判を比較する限りでは、お局様とブロッサム、通称ちびころとではどう見てもブロッサムのほうが役に立っているんですが、どうも彼女の少しゆがんだ正義感には、皆から可愛がられる彼の「我が物顔」な姿にがまんがならなかったものと思われます。
まあどちらにしろブロッサム、通称ちびころはそろそろ自力で餌をついばめるようになったので、家で留守番にしてもいい時期ではあったんですが。
そんなわけでブロッサム、通称ちびころは家でひとりで(同じ部屋の別のカゴにはセキセイインコとオカメインコがいますが)長い昼間を過ごすことになりました。
「ちびころの奴大丈夫かなー。餌ちゃんと食べてるかなー。環境が変わったから体調崩してないかなー。とにかく心配だなー」などと思いつつ、夜帰宅して玄関を開けるやいなや、聞こえてきたのは「ぴるぴるぴるぴるぴーぴーぴーぴー!」というすがるようなけたたましい声……。
見ると巨大プラケースの中で、必死でぴょんこぴょんこ飛び跳ねながら鳴いているている彼の姿がありました。どうやら一日元気だったようです。
ブロッサムの仲間たちのこと
時折ちらりと触れていますが、我が家にはブロッサム、通称ちびころ以外に二羽のインコがいます。どちらも手乗りでその名もセキセイインコの「ぽち(五歳・オス)」とオカメインコの「ベルカ(三歳・オス)」です。ある日突然現れた新参者に、一体彼らはどんな反応を示したでしょうか。
そもそもインコ・オウム類は、飼い主に対する独占欲が強い生き物です。種類や性格にもよりますが、実家のコザクラインコなどは、同居している猫にまでライバル心を燃やします。まあそんな風ですから、ぽちとベルカも当然ながら心中おだやかであるわけはありませんでした。
まず直接行動に出たのは、セキセイインコのぽちでした。カゴから出されるやいなや一目散にブロッサム、通称ちびころのもとへ飛んでいき、なんと熱烈な求愛を始めたのです。どうやらパートナーと見なすことでライバル心を昇華させようとでもしたのでしょうが、全身の羽をふくらませ、さえずりながら強引に迫るものですからブロッサム、通称ちびころはたまりません。いきなり予期せぬ貞操の危機に見舞われます。
ところがブロッサム、通称ちびころは負けてはいませんでした。姿勢を低くし、羽とくちばしを開いて全身で「負けない!」という気概を示すと、果敢に反撃を始めたのです。なにしろ図体では彼のほうがひとまわりほど上、いくらヒナと言えど、本気で立ち向かえばぽちなど敵ではありません。
ですがこの場合、こういった態度は逆効果だったようでした。反抗されて余計情熱をかきたてられたのか、一層熱心にぽちは彼に向かって迫り始めたのです。もはや引くにひかれず、ブロッサム、通称ちびころは必死の形相で応戦します。結局この戦い(?)は、見かねたわたしがぽちを追い払うまで延々続くのでした。
複雑な愛を持つぽちにくらべると、オカメインコのベルカのほうは単純でした。サイズだけで言えば三羽のうちでいちばんですが、もともと彼は玄関のチャイム音にもおびえるほどの神経質な臆病者。無心に近づくブロッサム、通称ちびころを恐怖の面持ちで威嚇したのち、一目散に逃げ出したのです。後にはなぜ逃げられたのかさっぱりわからずきょとんとするブロッサム、通称ちびころが残されたのでした。
しかし、やはり相対的に脳のサイズが大きいだけあって、ベルカはぽちより良く状況を把握していました。これから先、飼い主の愛情がこのわけのわからない新参者に移るかもしれないということを直感的に見抜いたのです。そこで鳥なりに考えたのかどうかはわかりませんが、ベルカはこの日から飼い主たるわたしに対して、その存在をアピールする作戦に出ます。
行動一 台所で料理をしていると肩に飛んでくる。
行動二 玄関で靴磨きをしていると肩に飛んでくる。
行動三 居間でご飯を食べていると肩に飛んでくる。
行動四 トイレに行こうとすると肩に飛んでくる。
行動五 着替え中に肩に飛んでくる(とても痛い)。
行動六 背中を向けていると肩に飛んでくる。
行動七 とにかく肩に飛んでくる。
……気持ちはわからないでもないですが、はた迷惑なことこの上ない行動です。
ブロッサム、謎をはらんで順調に成長するのこと
月日は百代の食客にして、子供の成長は早いものです。ついこの間までぽやぽやだった桔梗インコのブロッサム、通称ちびころも、いつの間にか羽がすっかりインコらしくなりました。
しかし、どうも最近気になることが出はじめたのです。
図鑑で見る桔梗インコとは、その名の通り頭と風切り羽は桔梗色、背中といちばん上の尾羽はくすんだオリーブグリーン(オスには翼の部分に真っ赤なラインが入ります)、胸と腹部と下側の尾羽は黄色、と、一見バランスの取れた、しかし実際にはかなりいっちゃってる色彩をしています。
ところがブロッサム、通称ちびころの場合、風切り羽の桔梗色と背中の色、オスの印の翼の赤いラインは基本どおりですが、それ以外は全く図鑑と違っているのです。頭と胸は背中と同じくすんだオリーブグリーン、腹は黄緑色、尾羽は紺色、あまつさえ鼻の上と後頭部、さらにおしりの部分には、普通の桔梗インコには絶対ないはずの赤い色が入っているのです。
さすがに不安になったわたしは、購入したショップへ相談に行きました。
「あのー桔梗インコなんですが、どうも図鑑どおりの色になってないみたいなんです」
「翼に赤い線は入ってますか?」
「ありますけど、それ以外がなんか全然違うんです。おしりや頭にまで赤いのがあるんです」
「翼に赤いのが入っていれば桔梗インコですよ。色変わり(交配や変異で生まれた通常とは違う色の鳥)か、最終的な換羽が終わっていないんだと思います」
「はあ……(いいのかそんな簡単に決めて)」
「あ、そうそう、そういえばまた珍しい手乗りヒナが入ったんですよ。美声インコの色変わりなんですが、見ていきます?」
「おいくらですか?」
「4万8千円です」
「…………」
インコってそんな簡単に何羽も買うもんじゃないと思うのだが……。
ブロッサム、異常なまでの危機感知能力の低さが露呈するのこと
事件が起こりました。
ある日、わたしは彼をカゴの外に出したまま、ハードディスクの増設にいそしんでいました。なかなかハードディスクが認識されず苦心するわたしをよそに、彼は床の上でひまわりの種を相手に跳ね回って遊んでいます(いい気なもんです)。
やがてようやく作業も終わり、とりあえず座って一休みしようと、わたしは床に放り出してあるクッションによっこらせと腰を降ろしました。
その瞬間のことです。
なにやらぐにょりとしたものがつぶれる感触に、わたしは思わず飛び上がりました。そしてその尻の下からは、いつの間にきていたのか、危うく下敷きになりかけたブロッサム、通称ちびころが必死の形相で逃げていったのでした。
確かに、これまでにも飼っていたインコを踏んづけたり蹴飛ばしたりしてしまったことは何度かあります。しかしそれは「歩いている最中に足元にまとわりつく」「立ち上がろうとした瞬間に遊んでくれと飛んでくる」等、どちらかといえば人間インコ双方がお互いの動きを見切れなかったために起こる不幸な事故のような要素が大きいものです。
しかし、この時の状況はちょっとそれとは違っていました。見ていたわけではありませんが、その場の状況から判断する限りでは、彼はつぶされる直前まで、人間がその上へ腰を下ろすなどとは考えもせずクッションの上でくつろいでいたようなのです。
行動で見る限りでは、ブロッサム、通称ちびころは特別鈍いインコというわけではありません。見慣れない物を彼は非常に恐がりますし、見慣れたものでもホウキや掃除機など、大きくて動くものや音のするものに出会うとパニックに陥ります。しかし反面、棚の上の見るからに不安定な置物に止まってもろともに床へ転がり落ちたり、回っている最中の洗濯機の中へ飛び降りようと試みたり、他の鳥なら(人間でも)絶対危険と判断するような行為に平気で及ぶのです。どうやら推測するに、彼は「危険な状況とそうでない状況」を判断する能力に欠けているらしいのです。
これが桔梗インコの特徴なのか、それとも単にブロッサム、通称ちびころの個体能力の問題なのかは定かではありませんが、種族全部がこんなんだったら桔梗インコという種はたちまち絶滅してしまうと思われるので、恐らくこれは単に彼個人が頭が悪すぎるということなのでしょう。ただ、どんな目にあっても次の日には忘れているらしいのが、せめてもの救いですが。
ブロッサム、悪と知ってなお悪事を働くのこと(さらにもっとたちの悪いベルカのこと)
ブロッサム、通称ちびころには最近憂慮すべき傾向が出てきました。それは「悪いことだと分かっていていたずらをする」というものです。
彼はカーテンレールの上で遊ぶのが好きです。ですが、どさくさにまぎれて壁紙をかじったりするので、わたしはあまりいい顔はしていません。止まるたびに追い払うので、じきに彼は「カーテレールの上には止まってはいけない」ということを覚えました。
ところが、問題はこの後です。
ブロッサム、通称ちびころは、カーテンレールの上で遊ぶのをやめるのではなく、人の眼を盗んでカーテンレールへ行くようになったのです。わたしが部屋を離れた隙に、テレビに夢中になっている時に、電話をしている時に……ふと気がつくと何食わぬ顔でカーテンレールの上に止まって遊んでいます。そして、わたしの視線を感じるとはっと振り返り、あわてて飛んで逃げていくのです。
しかもごまかしのつもりなのか、なにも危険はないというのにわざわざ甲高い警戒音で鳴きながら去っていったりします。
しかし、彼のように「見つかるとあわてる」のはまだかわいげがあります。すでに4年近く手乗りとしての鳥生を生き、人間の行動パターン(と言葉)をある程度把握しているオカメインコのベルカなどは、自分が今からするいたずらが怒られる部類のものだと予測すると、あらかじめ自分で自分を「これ!」と怒っておいてから始めるのです。当然、すでに怒られたと思っていますから見つかっても平然としていますし、わたしがしかると逆に腹を立てて威嚇することもあります。
もっとも「これ!」という声が聞こえてきた時は必ず「いけないいたずら」を始めようとしている時なので、人知れずカーテンレールにのぼっているブロッサム、通称ちびころにくらべれば、まだ被害の拡大を阻止しやすいとも言えるのですが。
ニューなインコ(七万円)あらわるのこと
ブロッサム、通称ちびころにライバルが現れました。
彼の名はヒューストン、カリフォルニア生まれの翁インコ(購入時推定年齢六ヶ月)です。手乗りヒナとして七万円で売られていたのを、例によって衝動的に買われてきました。
翁インコというのは、全身が緑色に額とのどから胸にかけてがグレーという、非常に地味なインコです。英語名が「Quaker(Monk)
Parakeet」といえば、その地味さ加減もわかるかと思います。ではどのへんが「翁」かというと、額とのどから胸にかけてあるグレーの縞模様が老人のしわに見えないこともないからと、単にそれだけの理由みたいです。
で、この翁インコのヒューストン、地味な見てくれとは対象的に、非常に陽気で派手な性格をしていました。どのくらい陽気かというと、一日のうち黙ってじっとしている時間のほうが短いのです。何が楽しいのかわかりませんが、とにかくひとりでひたすらしゃべり、遊んでいます。しかも、名前こそインコとついていますが実際には小型のオウムに近い種類らしく、図体も三十センチ近くありますからうるさいことこの上ありません。
そういった存在感の大きいインコですから、自然、かまう時間は他のインコたちより長くなります。最年長で何事も超然と受け入れる(というか、何も考えていない)ぽち、放し飼いで雨が降ろうが槍が降ろうがマイペース、しかもサイズが近いせいかヒューストンに親近感を抱いているらしいベルカにはあまり動揺はありませんでしたが、それまで天上天下唯我独尊だったブロッサム、通称ちびころは、この状況に気が気ではありません。何しろ図体こそ倍以上ですが、彼の中ではヒューストンは序列としては最下位なのです(当然、最高位は自分です)。そんな奴がいちばんかまわれるのですからこれはジェラシーのひとつも抱こうというものです。
そして、たまたま二羽を一緒に出した時のことでした。
最初、双方ともお互いの存在に気付かず床で遊んでいました。ところがそのうち、ブロッサム、通称ちびころが視界のすみにヒューストンの姿を見つけました。彼の日ごろのジェラシーなど知る由もないヒューストンは、全く気にもせず床に散らばるヒマワリの種を割っています。
そんなヒューストンに怒りを刺激されたのか、ブロッサム、通称ちびころはとうとう直接攻撃に出ました。姿勢を低くし、羽とくちばしを半開きにすると床を駆け抜け、わたしが止める間もあらばこそ一気にヒューストンに襲いかかったのです。
……ところが、ベルカやぽちに対しては絶大な効果を発揮していたこの戦法は、なぜかヒューストンには通じませんでした。彼はちょっと不思議そうな顔で突然体当たりしてきた小さなブロッサム、通称ちびころを見つめていましたが、やがて眼を輝かせるとおもむろにくちばしを開きました。
まだ子供のヒューストンの頭がどんな結論を導き出したのかは知りませんが、彼のくちばしはすでにニッパーなみの大きさと破壊力を持っています。わたしはあわてて割って入り、戦いを妨害されて腹を立てるブロッサム、通称ちびころに散々八つ当たりされながらも二羽を引き離したのでした。
ブロッサムの謎、(全然違う方向で)判明のこと
……さて、そんなこんなするうちにブロッサム、通称ちびころは1歳と半年ばかりを過ぎました。
しかし、相変わらず彼の羽は一向に桔梗インコらしくなりません。それでも翼のあたりなどには独特の桔梗色や青色が出てきてそれなりにきれいなんですが、全体色はといえばヒナの時から相変わらずのダークなオリーブグレーというかジャングル迷彩というかどぶにはまった直後の色というか、まあちょっと表現に困る色あいです。それがグレーならグレーで統一されていればまだ調和がとれていていいんですが、一人前に色数だけは赤とか緑とか黄色とか白とかやたら多いので、結果として余計汚さに拍車をかけています。
あまりの正体不明ぶりにさすがにこれはおかしいと思い始めたわたしは、ある日、ベルカが具合を悪くしたのを幸い(?)に、一緒に病院に連れて行って専門家に調べてもらうことにしました。
「あのー、この鳥の種類を見ていただきたいんですが……」
「これは……美声インコの雌でしょう?」
「いえ、桔梗インコの雄だと言われて買ったんですけど……」
「桔梗? でも桔梗はこんな色にはならないはずだから……でも確かに美声インコとも違うな。ちょっと調べてみましょう(とインコの本をチェックし始める)」
「(しばし待つ)」
「……ちょっと、変ですねえこの子は。色変わりか亜種かもしれないんですが……うーん……変だなあ」
「(段々不安になってくる)……国内ブリーディングだそうですが」
「……ちょっと調べておきます。写真撮らせてください(と、おもむろにデジカメを持ち出す)」
もはや専門家にもわからないブロッサム、通称ちびころの正体。果たしてわたしは世にも珍しいインコを飼っているのか? それともブリーダーが適当に交配した結果生まれた血統無視のあやしい雑種なのか? 謎は深まるばかりでございました。
ちなみにベルカのほうですが、診察の結果「換羽期で調子をおかしくしたんだろう」とのことでした(要するに、女性が月にいちど体調を崩すのと似たようなものだと思ってください。もっともベルカは雄ですが)。だろう、というのは、臆病で神経質な彼はお医者さんに激しく抵抗し、できたのは触診がやっとだったからです。
……お医者さんをてこずらせるベルカを見るうちに、わたしは病院で泣きわめく子供を持った親の心境が良くわかるような気がしました。
教訓:鳥といえどしつけは大事。
そしてある日、わたしは偶然ブロッサム、通称ちびころの正体を書いてある本を見つけることになりました。
「Glass
Parrots」というこの本は、オーストラリアで出版された桔梗インコを始めとするクサインコ類の写真集です。日本の出版物とはくらべものにならないその豊富な内容に、もしかしたらブロッサム、通称ちびころの正体がわかるかもと思ってわたしは大枚4020円を払って購入、家に帰ると早速実物を前に数百近い(しかも、全部色や模様が違う)写真とつきあわせを行いました。
そして見ること十数分、ついにブロッサム、通称ちびころと全く同じ色かたちをしたインコを見つけたのです。その写真には、こんなキャンプションがついていました。
Mulga Parrot hen(マルガインコの雌鳥)
……どうも何かが違うようだ、と思ったわたしは、今度はこのマルガインコとやらの解説を読んでみました。
「マルガインコの雌雄はヒナの時から分かる。雄は翼の肩の部分に黄色い羽があり、雌は赤い羽がある」
つまり、ブロッサム、通称ちびころは実は雄ではなく雌だったのです。
「肩の赤いのは雄」という桔梗インコ一般の常識に、ショップの人もわたしも見事にだまされていたのでした。
ちなみにこのMulga Parrot、別名をMany-coloerd
Parrotというそうです。なんかセンスのかけらもないネーミングですが、ブロッサム、通称ちびころの奇妙な色を見るたびになんとなく納得させられるものを感じます。
ブロッサム、格闘を愛する女の子であること
さて、ブロッサム、通称ちびころは格闘技が好きです。ですが、鳥という形態から想像される空中でのドッグファイトではありません。彼女が愛するのは地上戦です。
彼女は何にでも格闘を挑みます。セキセイインコのぽち、オカメインコのベルカ、わたしの手、カゴの中に吊るしてある鈴、洗濯ばさみ、丸めたティッシュペーパー、落ちているヒマワリの種……どういう基準で相手を選んでいるのかわかりませんが、とにかくこれと思ったらば間髪入れずに襲いかかります。そしてつぶらな眼をつりあげ、ひとりで興奮してぴーぴー鳴きながら戦いを始めるのです。天敵の全くいない状況で育ったためか、ブロッサム、通称ちびころは普通の鳥と違い、腹を上にして転がるとかでんぐりがえしをするとかの「いざという時に飛び立てない」姿勢をすることに抵抗がありません。そのため、戦いの様は文字どおりの組んずほぐれつとなり、なかなかスリリングです。
しかし、ティッシュペーパーや洗濯ばさみを相手にしている時はともかく、体長二十センチ(半分はしっぽ)のインコがヒマワリの種一粒とドタバタ格闘している姿というのは、はっきり言ってかなりマヌケです。しかも夢中になりすぎて、時々テーブルの脚やタンスにゴンとか音をたててぶつかったりします。それでもやめない根性は見上げたものですが、そのうち脳しんとうでも起こすんじゃないかと見ているほうがはらはらします。
まあ、本人が楽しければいいですが。
そんなブロッサム、通称ちびころが最近気に入っているのが『キャットボール』です。
キャットボールとは、大きさはピンポン球くらい、安っぽいプラスチックのかご状のボールで、中に鈴が入っており転がしたりするとちりちりと鳴ります。名前からしてもともとは猫が追いかけたりじゃれたりするためのおもちゃだったと推測されますが、大きさが手ごろで何よりコストパフォーマンスに優れているため(1個100円程度)、最近はインコやハムスターなど、破壊技を趣味特技とする小動物用としても良く売られています。
隙な時、彼女はこれを相手に格闘遊びをしています。転がしておいて跳びかかる、くわえてふりまわす、鳥カゴの壁めがけてぶん投げる、蹴る……はたから見ると遊んでるんだかヒステリーを起こして暴れてるんだかいまいち不明ですが、とにかく飽きもせずいつまでもやっています。
ところが、時々勢い余ってブロッサム、通称ちびころはボールを水入れの中に放り込んでしまうことがあります。
それが起こるのは大抵わたしが背を向けている時です。ちりんぱしゃんという音にいやな予感がして振り返ると、それまでの大騒ぎはどこへやら、水入れのそばにちんまり止まってなにか言いたそうな顔をしているブロッサム、通称ちびころと眼が合います。
「……なんなのころちゃん」
「およ(本当にこう鳴く)」
彼女の訴えに水入れをのぞいてみると、果たせるかな、キャットボールが沈んでいます。別にそれほど深い水入れではないので自分で引き上げられそうなものですが、どうやら彼女の頭はそこまでは回らないようです。仕方ないので人間様がボールを救出してやるのですが、実はこれがまた結構大変な作業です。
実はブロッサム、通称ちびころは自分のカゴへは何人たりとも入るのを許さないインコなのです。そのくせ自分は平気で他の鳥のカゴに入って餌をついばんだりするんですが、とにかく、自分以外の生物が一歩でもカゴに入ろうものならたちまち襲ってきます。そしてそれはたとえ飼い主たるわたしの手でも例外ではありません。
カゴに手を入れた瞬間、それまでのんびり「およ」とかつぶやいていた彼女の態度が豹変します。例によってつぶらな眼をつりあげ、翼とくちばしを半開きにした威嚇のポーズを取ると、ボールを水入れから引っぱり出しているわたしの手に猛然と(でもへっぴり腰)攻撃を開始するのです。
とはいっても所詮はブロッサム、通称ちびころなのでどつかれても痛くもかゆくもありませんが、でもなんだかちょっと納得いかない気持ちになるのは確かです。
さて『唐突のインコ日記』をここまで読んできて、自分も手乗りインコを飼ってみたくなったかたも多いと思います。そこで、簡単ではありますが購入、飼育に関するガイドを付録につけさせていただきます。
なお、本当に飼おうと思う場合には、これではなく市販の飼育書を参考にしてください。
インコを買おう
特に初めてインコを飼う場合、衝動買いは厳に慎まなくてはなりません。なぜなら、インコは以下のような特徴を持っており、事と次第によっては飼い主に悲劇をもたらすことがあるからです。
もし上記の特徴の中で、ひとつでも「これは困る」というのがあるかたは、残念ながらインコを飼うのはあきらめたほうがいいでしょう。もう少し無難な文鳥あたりをお勧めします。
それにも関わらず飼いたいというかたは、以下の項目に進んでください。
どのような鳥カゴや器具がいいかについては、掃除がしやすくインコの大きさに合ったものという以外は特に明確な規定はありません。場所やインテリアにあわせて好みのものを選んでいただいて結構です。ただし、最近見かけるオモチャがごてごてくっついたカゴは避けたほうがいいかと思います。確かに見た目は楽しそうですが、そういうカゴについているオモチャは大抵取り替えがきかないので破壊されたら最後ですし、人間様がどんなに奮発してもインコは気に入らないオモチャには見向きもしないからです。
また、九官鳥やメジロを飼うような和カゴもやめたほうが無難です。まず間違いなくかじって壊されてしまいます。まあ、ああいったカゴがインコに不向きといった話はあまり聞かないので、寛大でお金に充分余裕のあるかたは使い捨て覚悟で試してみるのもいいでしょう。
まだ差し餌ヒナ(小さくて自力で餌をついばめないため、人間が親代わりに餌を与える)の場合は、カゴに入れることができません。中には強引に入れてしまう猛者もいますが、インコも人間と同じで、赤ちゃんの時はうまく止まり木に止まれませんし、歩くときにもよろよろしています。また、体温調節もうまくできないので、カゴのようなだだっぴろく隙間だらけのところにいきなり入れると、翌朝見たら片隅で死んでたなどということになりかねません。
そんなヒナたちのおうちとして適しているのが、カブトムシの飼育などでおなじみのプラケースです。もちろん『おはち』とか『ますかご』とか専用のヒナ飼育容器もありますが、別に終の棲家にするわけではないので、湿気にさえ注意してやればプラケースにハムスター用の木屑や細かくした新聞紙などをひいたもので充分です。ヒナが成長してカゴに移ったら、今度は昆虫なり亀なりの飼育を検討してみるのもいいでしょう。
その他にも、インコの健康のために無視できないのが補助栄養剤です。食事のメニューには無頓着なくせに栄養バランスには気を遣う方々が良く利用しているものとほぼ同じと考えてもらって結構です。基本的に粉末や液体のものを、餌や水に混ぜて与える形を取っていますが、これについては与えたらインコの寿命が延びたとかいう具体的な研究報告がない上にエセっぽいものもかなり出回っているので、そんなのにひっかかるくらいなら正直な所与えないほうがましとも言えます。
やはり信用があるのはアメリカ製のようです。が、これまたというか値段もそれなりのものがついています。そこで、人によってはコストダウンのためにイソジンうがい薬(ヨード補給)やポポンS錠などで代用してたりもします。ただ、実際に試す時にはショップの人か鳥専門のお医者さんなどに相談したほうがいいでしょう。
インコと暮らす
さて、いろいろと必要なものを買い揃え、いよいよ我が家に手乗りインコがやってきました。一体彼らとどうやってつきあっていけば良いでしょうか?
カゴから出た時の手乗りインコの行動は、大体ふたつにわかれます。
ひとつは、人間など関係なく勝手気ままに遊ぶタイプ。もちろん、常に片目で人間の様子を観察しており、自分の視界から姿が消えそうになるとあわてて飛んできたり鳴いて呼んだりしますが、それ以外の時は自分のやりたいことをやっています。手間がかからなくていいですが、ゴキブリホイホイに興味を示して踏みこむ、紐で遊んでいたらからまって緊縛状態になるなどで人知れず苦境に陥っていたり、インコが出ていることを忘れて窓を開けてしまい逃がしたりすることもあるので多少注意が必要です。
もうひとつは、人間にべったりくっついているタイプ。いつも肩の上にいるとか、人の後をひたすらついて歩くとか、片時も人のそばから離れようとしないインコたちです。手乗りの可愛さを思う存分味あわせてくれますが、とにかく常に人につきまとうため、たまに踏んだり上に座ってしまったりします。
どちらのタイプになるかはインコの性格や飼いかた次第ですし、またどちらが良いとも一概に言えません。ただ、人間が相手をしてやる密度が高いほうが、べったり型になることが多いようです。
飼育書などでは「キスなど口移しをしてはいけない」とよく書いてありますが、食べ物はともかくインコと口を接触させないでいるのは不可能に近いです。なぜなら、インコにとっては人間の唇の動きは妙に魅力的なものらしく、インコの前でしゃべったりすると彼らは必ず寄ってきてつつくからです。確かに衛生上あまり良いことではありませんが、インコを飼っている人の大部分はこれを経験しており、病気になったという話も聞かないのであまり気にすることもないようです。
ただ、たまに自分のフンをかじった直後にキスしにくることもあるので気を付けましょう。
そして……
昔、手乗りセキセイインコを親類にあずけて旅行に行ったことがありました。年老いて体が弱り、寝る時も止まり木ではバランスが取れずに床にうずくまって眠るようなインコだったので、旅行中に死んでいるかもしれないという覚悟であずけたものでした。
帰ってきて親類に連絡すると、インコは元気でした。家に戻された彼は大喜びで老骨もなんのそのと外に出て遊び回りました。そして次の日の朝、カゴの隅でいつものとおりうずくまり眠った姿のまま、もう思い残すことはないというかのように穏やかに死んでいたのでした。
いろいろとあやしい部分も多いですが、手乗りインコとはそういう生物です。人の存在が自分の生きる糧になっています。彼らを飼う時には、そしてなにかの原因で飼うのがいやになった時にはそれを思い出してください。
それでは、楽しいインコライフを!
おまけ
ここまで読んでも本気で飼おうとする人のためのまじめな資料一覧