端くれ職人記

芦刈[仮称、つまんない、改名したい、他のにして]仁博

 人外協のパティオや甲州画報で一時スーパ職人さんの話が話題になったことがある。新幹線の顔をハンマーで叩いてなおす職人や齢 にして切り飴細工でポケモンを作る老職人など己の技に誇りを燃やす熱き魂の神話(?)である。
 一応国家試験資格を持つ(ワイヤーロープ加工技能士)職人の端くれとしてこういう話には血が騒ぐ(訳でもないが)、私にも自慢というほどではないのだがこの雑文のネタになる話がある。
 甲州画報で林隊員がレポートしたこともある米海軍強襲揚陸艦べローウッドの安全ネットを作った(ほんのちょっぴりだけ)のは私である。
 具体的な工程だが、図面を引くのは当然として実際の作業にかかるのに一番最初にやるべきこと、それは材木屋に行くことである。
 3930トンの軍艦の乗務員の安全を守るためにまず必要なのは長さ三メートルから四メートルの反りのない、できれば節などもない角材を購入することから始る、勿体ぶって書いたが大体仕事というのはこういうものだろう、別に意外でもないか。
 角材は外枠を作るのに使う、四角に組んで角に短く切ったものを斜めに打ち付ける、これは枠を固定すると同時に後の作業のため地面から十センチ程持ち上げるためでもある。ナイロンロープのネットを作るように升目を描いた板の上に直で置いては駄目なのだ。
 枠が出来たら升目の間隔に記をしてくぎを打つ、江戸のいなせな職人ならば捻り鉢巻きに印半纏、口の端に釘を一、二本くわえた格好で見得を切るのだが、地味にこつこつ打っていく。派手な手練を示すより単純作業を飽くなく積み重ねられるのが職人だと思っている。
 釘は印を挟むように二本ずつ等間隔で打っていく。圧縮止めのクランプ管を置いていくためにである。それが済むと外枠用の8 のワイヤーをクランプ管の中に通していき、端を釘で固定する。。長さはゆとりを見て長めに切断しておく。
 外側が出来ると、ここから中に張る6 のワイヤーを通していく。一番端から上のクランプ管、対になる下側のクランプ管また上という具合に一本の長いワイヤーをよりが入らないよう真っ直ぐ通していく。縦の分が終ったら横の分を同じように通す。これで一応ネットらしい形になる。次にネットの升目を止めていく。先述の下側に空間を作ったのはこのためである。
 十字の部分に円筒形の打ち器を差し入れて菱形の金具で上下を挟み固定する。鎚を当ててその頭をハンマーで思いっきりぶっ叩く。叩くとき職人魂を注入する。新幹線の顔を作る仕事といい、どうやらハンマーで叩くのは職人のスキルの基本らしい(切り飴は?)。
 引きつれが外側に逃げるように真ん中から打っていく。またそれを予測して升目を張る時やや弛みを入れておく。この辺は手加減。
 邪魔になるので端一列は打たずに空けておき、打ち終わったら枠から外して外周のクランプ管をロック加工で圧縮止めしていく。その後に端一列を打っていく。
 これで完成である。
 大体これだけに専念出来たとして二日半から三日かかる。これを納品するとき急に納期が縮まったのを覚えている。何でもえらいさんが急にヘリで来る事になって、ヘリが発着するには安全ネットが張っていないといけないという規則があるのだそうだ。時間に追われる職人さんには酷な規則である。無論事前に見積もりをしている以上、特別の割増しだのは出ない。
 うちのネットと関係ないところでヘリが墜落すればいい、ちびっとだけ呪いを込めながら職人は黙々と手を動かし続けたのであった。
 こうして世界の海を守る(解釈自由)米国海軍の栄えある(儲からない)仕事は完了するのであった。うちではこの他にドック型揚陸艦ジャーマンタウンや揚陸輸送艦ダビュークの仕事もやった。
 そのベローウッドもお役ご免になる。格段感慨もないがご苦労さんと言ってあげたい。
 新しく配属になるエセックスの注文は今のところ……ない。




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