トラスとラーメン

花原[まちゅあ]和之

 先日の大阪例会のときにふと思ったのですが、人外協の隊員の中にも、「トラス」という言葉をよく知らない人が結構いるようです。この「トラス」という専門用語については、「こうしゅうえいせい正」の66ページに解説が載っています。少し補足すれば、トラス構造というのは「構造物を構成する部材が軸力のみを受ける場合(の骨組み構造)」で、構造部材が曲げやねじりをうける場合はトラスとは言いません。ところで、「トラス」と対になっている言葉は「ラーメン」です。もちろん、このラーメンは中華麺とは全く関係ありませんが、専門用語の中には、知らない人がいるとずいぶん奇異に聞えるものもあります。そこで、そういう言葉のうち、私の知っているもの(主に機械系のエンジニアが使う言葉)をいくつか紹介してみようと思います。


 「…そやから、ここはトラスやのうてラーメンになると思うんや」
 「そらまあええけど、あそこやったらクリープの心配があるわな」
 「さやけど、疲労の心配はないやろ。これでええやん」
 「そんなん言うたかて、テンドンぐらいかましといたほうがええんとちゃうか。あそこの振動はネグったらえらいことになるで。ちゃんとなんか考えとかんと…」
 「ええい、ごちゃごちゃ言わんかてわかってるわい。わし、いま材料をどないするかでサチっとるさかい、あとにしてくれ……」


 この会話の中に登場する言葉を調べてみましょう。

 「ラーメン」
 これは、先程述べたように、トラスと対になっている言葉で、構造部材が軸力に加えて曲げやねじりを受ける場合にラーメン構造といいます。橋やタワーなどに用いられている骨組み構造物は、おおむね(力学的には)トラスと見なして差し支えないのですが、細かなことを言えば、部材を接続する部分(節点と言う)で接続のための板(ガゼット板という)が必要になるため実際にはラーメンです。トラス橋の部材のつなぎ目のあたりを見るとよくわかります。

 「クリープ」
 これも、コーヒーに入れる乳脂肪パウダーとは関係ありません。鉄鋼などの一般の構造材料は、通常の使用条件では弾性体と見なすことができます。つまり、加えられた荷重に釣り合うように変形し、除荷(荷重を取り去ること)した場合には変形前の状態に戻ります。ところが、荷重がかなり大きい場合や、高温環境の下で使用される場合には、釣り合った状態で変形が停止せずに、時間とともに変形が徐々に増大してゆく場合があります。この現象をクリープといいます。

 「疲労」
 85年の日航機の墜落の時に有名になった言葉です。あの時は新聞などによく「金属疲労」と書かれていましたが、機械屋さんは(というか、工学用語としては)単に「疲労」といいます(金属に限定しない)。構造部材に繰り返し変動荷重を加えると、通常の破損荷重よりかなり小さな荷重でも破壊に至ることがあります。こういった現象を疲労破壊と言って、航空機や列車などの設計は必ず考慮しなければならない現象です。

 「テンドン」
 もちろん、天丼とは全く関係ありません。これは腱(けん:アキレス腱の「腱」)を意味する英語から来ています。宇宙構造物などの柔軟な構造物では、振動が発生するとなかなか減衰しないことが大きな問題となりますが、「腱」(ピアノ線などの高張力ワイヤーを用いる)によって構造物に(いくつかの場所を引っ張って)力を加え、振動を抑制する研究が行なわれています。

 おまけとして、研究者がよく使う隠語を少し紹介しましょう。

 「ネグる」
 これは、英語の「neglect」(無視する)から来た言葉です。ある事象を取り扱うときに、影響の小さい(と考えられる)要因を無視する時に使います。

 「サチる」
 これはどちらかというと、化学屋さんがよく使います。英語の「saturate」(飽和させる)から来た言葉で、もともとは溶液を飽和状態にする時の言葉(「サチらせる」という)だったのですが、転じて、頭の中が何かの考えで一杯になっている状態を指すのに使います。


 他にも面白そうな言葉がいくらでもありそうなんですが、とりあえず思いつくだけ挙げてみました。たぶん、コンピュータ関係の言葉なら馴染んでいる人がたくさんいると思うので、きっと誰かが解説してくれるでしょう。では。




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