翼手目の誘惑翼手目の誘惑翼手目の誘惑

伊藤[書籍小包]俊治

 世の中には色々変わった人たちがいる。・・・確か前号の原稿でもこう書き始めたよなあ・・・。インターネットが普及して、世の中探せばどんな趣味の世界でも見つかるようになった。が、そのほとんどは圧倒的に少数派だけど。
 私は、その趣味の「対象」にさほど興味がなくても、その「濃さ」や「深さ」にはすごく興味が湧く。マニアやオタクと呼ばれている人々が濃くなっていくポイントは「へ〜、こういう見方があるのか」と感心することが結構あるからだ。まして対象に興味が有る場合はなおさらだ。ミイラ取りがミイラに、という言い回しをよくするけど、最初からミイラになりに行っているようなもんである。
 ここでは、最近私が見つけて「ミイラになろうかな」と思っている「趣味」について書いてみたいと思う。
 世の中には色々変わった人たちがいる。そのパターンは複雑で簡単に分類できるようなものじゃないけど、明らかに類型みたいなものはある。SFやアニメやミステリなどの「フィクション系」、前号で紹介した城郭ファンや第二次大戦マニアを含む「歴史系」などと並ぶ大勢力(?)に「自然系」がある。
 有名どころでは「日本野鳥の会」みたいなとこから、昆虫採集(特に蝶)、貝、植物では蘭に高山植物、最近よく見かけるのはダイビング人口が増えてきたせいか「海洋生物系」とイルカ関係。正直、今まではあんまり興味がなかった。もちろん生き物は好きなんだけど、この手のマニアで目立つ人と言うのは「貴重な蝶の標本が手に入るならその種が滅んでも、他人に迷惑がかかってもどうでもいい」てな奴か、その180度逆のグリーンピースもどきみたいな人で、あんまりおつきあいしたくないという偏見があったからだ。
 そういう偏見を吹き飛ばして、仲間に入りたい(というか自分でやってみたい)と思うようになったのは・・・コウモリである。

蝙蝠

 コウモリ。漢字で書けば蝙蝠だが、私はつい最近まで読めても書けなかった。別に珍しい動物というわけじゃないが、詳しくは知らないということである(ちなみに、この原稿のタイトルの「翼手目」ちゅうのはコウモリの分類学上の名前である)。
 でも考えてみればコウモリってSFっぽい生き物ではないだろうか。まあ、もともとSF者やファンタジー者にはバットマンや吸血鬼でおなじみだが。
 SF大会などで地球の生物とは違った生物を考えるというような企画をやると必ず挙がるものに「超音波の知覚」(エコーロケーションというそうな)がある。コウモリは、これができるのである。しかもエコーロケーション能力を持つコウモリの顔には、とても私らと同じ哺乳類とは思えないものがある。写真に紹介したのはキクガシラコウモリという日本中どこにでもいる小さなコウモリだが、顔の中央のパラボラ型のものは超音波を発信する「鼻」である。そして巨大な耳と口。とても「異星的」でしょ。
 しかも彼らは「飛ぶ」のだ。同じ飛行生物でもムササビは何となく仲間のように思えるけど、コウモリはちょっと違うような気がする。何せコウモリの翼を支えているの(傘の骨に当たる部分)は長ーく伸びた指なのだ。
 他にも異様な特徴がてんこ盛りだ。ほとんどのコウモリは歩く能力がほとんどなくぶら下がって生活している。膝の関節が人間(及び他の陸上脊椎動物)とは逆に曲がる。哺乳類なので恒温性なんだけど、保たれる温度の設定を自由に(気温+1度くらいまで)変えられる(異温性動物というらしい)・・etc。
 こんなけったいな動物が、春先になると家の近所を飛びまわりはじめるのだ。いわゆるSOWを感じてしまうではないか。
 私がコウモリに興味を持ったのは、インターネット上で「コウモリの会」という団体のサイトを見つけたからだけど、そのときは「へー、変わった団体もあるなあ」と思っただけだった。本格的に「をを、これは濃ゆいぞ」と思ったのは、そこで紹介されていた「コウモリ観察ブック」(人類文化社)という本を近所の図書館で見つけてからである。
 この本、最初は最近よく出ている新書サイズでオールカラーの図鑑かと思った(余談ですが、TBSブリタニカから出ている「XXガイドブック」のシリーズはいいですよね。見かけると必ず手に取ってしまう)。でもこの本はもっと濃ゆかった。
 上に書いたようなコウモリについての解説や図鑑的なことが書いてあるのは、まあ当然として(そういう項目についても、飛び方の説明で零戦を使って翼面加重の話をするなど、濃ゆい解説がいっぱいだが)それ以外に「剥製標本の作り方」「コウモリのフンを採集しよう」「離島への行き方(オオコウモリ類は小笠原や沖縄にいる)」というような頁が並んでいるのだ。私が一番気に入ったのはコウモリの飛び方のペラペラマンガ。
 さらにこの本が「マニア向け」であることを示すのは随所に見られる注意書きである。「世間の人には変人と思われることは請け合いなので、なるべく不審を抱かれないようにしよう」とか「剥製標本は素人に見せても引かれるよ」とか「仲間を増やそう」「仲間の連絡先はここだ」とか、どこかで聞いたようなことが書いてあって笑ってしまう。
 オフ会ならぬ「観察会」も各地で開かれているようだし、年に1回、SF大会みたく「コウモリフェスタ」というのも開かれているらしい。今日もどこかで夕暮れ時に、怪しげ(に見える)人々がオフ会・・じゃなくって「観察会」を開いているに違いない。(残念ながら「観察会」の多くは関東圏で開かれているので、私はまだ参加したことはないのだが)。
 もう一つ私の心をくすぐったのは、変なガジェットである。例えばバットロッド。コウモリをおびき寄せる為の疑似餌みたいなもので、釣り竿を改造して自作する。それに「コウモリ用巣箱」。小鳥用巣箱と違って、巣箱の下側に入り口があり、ぶら下がりやすいように、内側にコルクが張ってある。
バット・ディテクター もっとも心をくすぐったのは「バット・ディテクター」である。コウモリは上にも書いたが超音波でエコーロケーションをする。彼らが発信しているその超音波を、人が聞いても分かるように変調する機械というのがあるのである。それが「バット・ディテクター」(バットロッドもそうだけど、バットマンの秘密武器みたいなネーミングだ)。驚くべき事に市販されている。しかも数種類ある。そんなに市場というか需要があるのだろうか? バット・ディテクターはトランシーバーかラジオみたいな見た目をしている(写真はMini-3と言う機種)。この機械をコウモリが飛んでいるとおぼしき方向に向けると、彼らの発する超音波が短い断続音として聞こえる(らしい。私もまだ実物は見たことがない)。その音やパターンは、餌を見つけたときか、前方を単に警戒しているかで違うという。しかもそのパターンの違いで、ある程度コウモリの種類の推定も出来るそうだ。うう・・・ほしいっ! 私はこういう「他の役には立たない機械」っちゅうのにヨワいのだ。
 何とか奥さんに「バット・ディテクター買ってもいいよ」と言わせる方法はないものであろうか。そのことが頭を離れない毎日だ。また金と時間を食う「趣味」が増えてしまうのだろうか・・・ああ、早く「観察会」デビューしたいなあ。




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