アメリカ合衆国海軍横須賀基地
足立[ベンジャミン]慎一
- 18th Friendship Day 見学レポート
去る1994年8月28日(日)、アメリカ合衆国海軍横須賀基地 18th Friendship Day が開催され、残暑厳しい中横須賀基地突入を果しましたので、以下にその報告をいたします。
- 1.開門(オープニング)
- 8月26日に主が入れ替わったばかりの横須賀米軍基地には開門の約20分前、日本時間の午前9時40分に到着した。既に多くの人々が行列をなしており、厳しい暑さも相まって熱気に満ちあふれている。昨年までの見学では特に気付かなかったのであるが、軍事マニアや旧日本軍関係者とおぼしきご老人の方々以外に、家族連れやおばさまがた連れという一見意外に思われる方々がかなりの数並んでおられることに気付いた。米軍の
Community Fair
の横須賀基地版という観を呈しているこの行事も既に18回を数え、付近の住民の方々に定着し、「Community
Fair の横須賀市版」となっているのかもしれない。
開門直前より、「第7艦隊軍楽隊」と紹介されたブラスバンドによる演奏が門前で始まり、このアメリカ流の演出により門前で末人々の興奮も、折りからの猛暑に相まって、益々高まっていく様だ。
10時ちょうどに、基地ゲート前に着任されたばかりの横須賀基地の新たな主、キャプテン・リンチが現われ、日本語で短い謝辞の後、彼の手によりテープカット。ゲートが開かれた。極東の島国に着任2日目の日曜日、うだるような暑さの中日本語にてスピーチを行なう羽目になったリンチさん、おつかれさまでした。
追記:Opening
を見たかったという理由でFSFのOFFには参加せず単独行動を実施した訳ですが、着任したばかりの基地司令が挨拶するとは思いませんでした。
- 2.The Island of the Independence
- 今年も空母インディペンデンスは横須賀に停泊しており、見学することができた。今回の見学では、偶然インディの艦橋に入ることができた。
甲板を一通り見学したあと、私と一緒に見学していた○○先生が、「ほら、あそこの人の流れについて行くと、艦橋に入れそうだよ。」とおっしゃるので、列についていくと確かに艦橋(彼等は
“Island”と読んでいた。)の一階部分に入ることができた。中では水兵さんが二人おり、一人は軍務を遂行中で業務連絡の受け答えをしており、もう一人がインディペンデンスの甲板図にたくさんの飛行機や飛行機の部品を並べ、作戦時の行動について、たとえば飛行機を出す順序や非常時の対処方法を英語で説明していた。
一通りの説明を聞いた後、写真撮影の許可を求めるたところ快く了承されたので、2枚ほど写真を撮った後、礼を言ってその場を辞したが、私と入れ違いに体格の良い士官と思われる方が2名入ってきた直後、艦橋のドアは固く閉ざされ、誰も入れなくなってしまった。
私は何も言われなかった、あまりのタイミングの良さに驚き、先ほどの水兵さんに迷惑をかける結果になったのでないかと少し心配になったので、窓がある側に回って中を少し覗いてみたが、水兵さん2名と私と入れ違いに入ってきた士官2名で打ち合わせをしているようであり、少し安心した。後でカーリーさんから「これは○○先生のご利益によるものでは」との説が出されたが、まんざら誤りではないかもしれない。
- 3.Curts(FFG-38)
- カーリーさんをして「横須賀で最もサービスの良い艦」と言わしめた艦であるが、今年もこのサービス精神がいかんなく発揮された。入艦時には、中年の上品な水兵さんから荷物検査への協力を要望され、検査に応じ問題ないことがわかると非常に礼儀正しい挨拶をうけ、入艦するように促された。今回見学した艦の中ではこの艦が唯一入艦前の荷物検査があったが、検査の後きちんと礼を尽してもらうと、本来あたりまえのことなのであろうが、こちらとしても非常に気持ちが良い。一般市民としては成田空港の荷物検査担当者や日本の警察官も見習ってほしいものだと思う。
順路に従って見学する。入り口で渡されたパンフレットは、当日あちこちで配られていたどのパンフレットよりも立派なものであり、艦の由来、歴史が8頁に渡って記述され、白黒写真が3枚も掲載されている。惜しむらくは日本語の記述がないことであろう。
艦橋の見学で、「サービス精神の塊」の様な水兵さんに遭遇する。艦で実際に使用している米軍制式の横須賀基地の海図を示しながら(おいおい)カリフォルニアアクセントの、しかし非常にきちんとした英語で説明してくれた。横須賀基地の石川島播磨製昭和ひとケタ生れの現役巨大クレーンが、米軍の海図にはちゃんと
“Crane”
と銘記されているなどとは知らなかった。しかしこの水兵さん、こっちが興味をもって聞いているとどんどんエスカレートして、「では海図の基本的な見方を教えてあげよう。」といって、引き出しから米軍制式のマレーシア・シンガポールの国境付近の大きな海図を広げてとうとうと説明し始めた。丁重に礼を言ってその場を辞したが、本当にサービスのよい艦である。
- 4.ペンギン村のオフィサーズ・クラブ
- 横須賀基地の居住区のことを○○先生は予てより「ペンギン村」とお呼びになっておられるので、ここでもペンギン村と呼ぶことにする。
艦艇見学後、食事やバザーの見学のためにペンギン村に入る。久しぶりにアメリカのサンドウィッチやラザニアを食し、幾許かの懐かしさに浸った後、偶然
Officers Club
を見つけ、何食わぬ顔で入館した。外の喧騒とはうってかわって、静かな空間と上品な調度を楽しむことができたが、一つ残念であったのは
Quarter
を持っていなかったので、館内のカジノでスロットマシンができなかったことである。クラブの館の前庭はきれいに手入れされた日本庭園である。「皇紀2600年記念」と銘記された庭石や、「皇后陛下御行啓記念」と記された石碑が立っており、戦前の横須賀鎮守府時代から残され、前後は米軍の手で守られてきた庭園なのであろう。
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