戦争が総力戦の時代になるとおよそ戦争とはまるで無縁とも思えるまで戦争に駆り出されることが多い。今回紹介するガニメデ中央園芸研究所などもそんな中の一つである。
本来このガニメデ中央園芸研究所は園芸の名前からも解るように、直接の食料生産を目的としたものではない。植物による閉鎖生態系の研究およびテラフォーミングの担い手となるべき植物の研究にあったのである。
特に彗星の巣、いわゆるオールト雲を人類の生存が可能な環境にする研究ではトップレベルにあった。そんな中で不幸にも外惑星動乱が勃発したのであった。
このガニメデ中央園芸研究所がどのような経緯からこの木造宇宙船開発プロジェクトを進めるようになったかは解っていない。おそらく開戦直前の緊迫した空気の中で非軍事的研究を続けることは研究所そのものの存続さえも危うくすると言う判断が働いたのだろう。
それではこのガニメデ中央園芸研究所の木造宇宙船開発プロジェクト・いわゆるメロンデストロイヤーとはどんなものであろうか。
一言で説明するなら林檎の木に林檎がなるように、宇宙船が実る木を開発すると言うおそるべき計画なのである。
ガニメデ中央園芸研究所の長年の研究により宇宙空間でも発育する植物はすでに幾つかの種で成功していた。しかし言うまでもなく、最大の問題はそれをいかにすれば宇宙船とすることが出来るかと言うことである。
ガニメデ中央園芸研究所では建造すべき木造宇宙船の種類を掃海艇にすることで問題の幾つかを解決しようとした。
掃海艇なら木造にするメリットもあり、また大きさも小型のため建造も容易と考えられたためである。また宇宙船は原則として無人宇宙船を想定しており、掃海作業のような危険な任務に最適とも判断されたらしい。
それではもう少し具体的に見てみよう。木造宇宙船を考える場合に特に重要なのはエンジンと慣性誘導の二つだろう。
当然ながらエンジンは化学推進方式が採用された。幾つかの案の中から過酸化水素とヒドラジンが燃料として選ばれた。この二つは植物の細胞内部で水と二酸化炭素から合成できるからである。それを目的とした植物組織で作られた過酸化水素とヒドラジンは、各々が専用の貯蔵組織(導管を変形させたらしい)に蓄えられ点火時には導管によって反応室(やはり導管が変形した組織)に送られ燃焼する。この時に問題となるのは熱である。が、ガニメデ中央園芸研究所技術陣はこの問題を難なく解決することができた。セルロースを合成する遺伝子を操作し、この植物の反応室は炭素繊維でできているのである。炭素繊維が熱に強い素材であるのは言うまでもない。
また反応室表面の細胞は樹脂(プラスチック)を分泌する。この樹脂が燃焼するさいには多量の熱を吸収する。こうして反応室は立派にロケットノズルの役割を果たすことができるのである。
メロンデストロイヤーはその遺伝子の源流を瓜まで遡るらしい。したがってメロンデストロイヤーは紡錘形をしている。紡錘の端に多数のロケットノズルがあり、それらの出力を変化させることでジンバルの無い不備をカバーしていたらしい。それらの出力の調節は導管の繊維の運動によって行われていた。管を緩めれば出力があがり、閉めれば下がる。燃料タンクも同様の繊維で作られているため、燃料には常に最適の圧力が加えられていた。
ところでジンバルがあるにしろ無いにしろ、慣性誘導装置がなければ宇宙船が進むのは不可能である。生物学的にどうやって慣性誘導装置を作りあげるか?ガニメデ中央園芸研究所にとって最大の難問はこれであった。受光組織をつくり星を見ながら進むなどの案が提出されたが、これも分子生物学的方法で解決された。
分子レベル、ファンデルワールス力で支えられた軸受けは、対象に接触することなく事実上、摩擦ゼロで物体を潤滑することが可能となる。この分子ベアリングに球状の分子を乗せ、回転させる。つまり分子レベルのジャイロコンパスである。この分子は分極しており加速運動によるジャイロの変化は細胞内での電荷の変化となり、これは細胞膜の電位差となって神経の働きをする超伝導高分子繊維によって伝えられる。
この情報はこの超伝導高分子繊維のかたまりである情報処理中枢で適切な判断をされたのち燃料導管へ導かれる。
分子ジャイロは必ずしも精度の点で優れてはいないが、分子レベルと言う利点を生かして無数ともいえる数だけ用意されている。つまり分子ジャイロの情報は正規分布として扱うことができる。情報処理中枢ではもっとも多い値を真値と判断するのである。
掃海宙域に置かれたメロンデストロイヤーはエンジンを作動させることで機雷に目標接近と誤認させ掃海作業をすすめる事が期待された。だが掃海作業のための能力については残念ながらわかっていない。メロンデストロイヤーの第一号が完成したとき、それ自体が原因不明の爆発を起こし瓜にもかかわらず芋蔓式に誘爆をした結果、研究施設および主要スタッフ全てが失われたためである。
現在、我々は残されたコンピューターの記録からこの木造宇宙船計画の片鱗を知ることができるにすぎない。その多くはいまだ謎につつまれている。
戦後、このガニメデ中央園芸研究所の残された資料は航空宇宙軍に没収されたとの記録もあるが詳細は不明である。
テラフォーミング能力を持つ植物に高分子ポリマーでソーラーセイルをつくらせるなら数世紀のうちに人類は無数の地球型惑星を所有するだろうとの計画が航空宇宙軍の一部で立てられたことがある。しかし、これとメロンデストロイヤーとの関係は定かではない。
だがそれがメロンデストロイヤーであっても不思議はなかったのは確かであろう。