第一次外惑星動乱。主力艦において圧倒的に劣勢な外惑星連合はシャチの脳を利用した戦闘用宇宙船群いわゆるオルカ戦隊を通称破壊の秘密兵器として投入した。これに対して航空宇宙軍はやはりシャチの脳を利用したオルカキラーを実戦配備することでオルカ戦隊の壊滅をはかった。
だがこのオルカキラーには兵器として重大な問題点があった。それはシャチの供給が限られていることである。太陽系でこそ外惑星動乱は大事件ではあったが地球に生活している人類にとっては対岸の火事にすぎない。それよりも絶滅寸前のシャチを保護するほうに人々の関心はむいていた。下手にシャチを兵器に使用したりすれば地球の世論を反航空宇宙軍にしてしまいかねない雰囲気があったのである。
そこでシャチを使用しないオルカキラー兵器としてこのキングサーモン計画が発動した。オルカ戦隊がシャチの脳を利用するのは脳において記憶、判断、認識などがじっさいにどのように行われているか解明されていないために他ならない。もしもそれらのメカニズムが判明していたならば生体脳を使用せずにもっと過酷な仕様に耐えられる機械脳を制作したはずだからである。
したがってこれらの技術は外惑星連合・航空宇宙軍共に仮想現実技術の延長として行われていた。シャチにしてみれば宇宙を飛ぶのも海を泳ぐのも本質的な部分では区別がつかないのである。
そこでキングサーモン計画ではオルカ戦隊に彼らの餌であるキングサーモンのイメージを仮想現実において惹起するようなパターンを開発し、それをオルカ戦隊のセンサーに送信することで輸送船攻撃を回避することが目標とされた。
だがここで新たな問題が生じた。キングサーモンのイメージ開発にはやはりシャチが必要なのである。結局このためのシャチの供給ができずにこの計画はキャンセルされるかに思われた。しかし、好運にもここに一匹のシャチが現れた。
このシャチは雌であった。彼女の群がどうやら外惑星連合の親派に襲われ、それが原因でこのシャチは死にかけていたのであった。外傷こそ無いものの群が捕獲された時のショックが大きかったらしい。
ともかくこのシャチの脳をテストベンチとしてキングサーモン計画は動き出した。が、好事魔多し。この生きる気力を失ったシャチ(別に体がぐにゃぐにゃになったわけではない)はそもそも食欲が無く、餌を見せても何の反応も示そうとはしなかった。ここへきてキングサーモン計画は目標の変更を余儀なくされた。
生きていたくないなら死なせてやろう。この雌のシャチの脳は高機動宇宙艇に載せられ輸送船団からオルカ戦隊の注意をそらすためのおとりとして使われることとなった。
キングサーモンの最初で最後の実戦は意外にはやくやってきた。
アステロイドベルトにある航空宇宙軍のある駐屯地に大規模な工廠を建設することになりそのための工作機械などを輸送することになったのだ。場合によっては戦局を左右しかねない重要資材だけにこのキングサーモンも投入されたのだ。
信じられない事態が生じたのはオルカ部隊と接触した時だった。幾多の防御装置をかいくぐり船団を攻撃するもっともいい地点をオルカ戦隊がまさにおさえようというその時にキングサーモンは現れた。予想どおりオルカ戦隊は攻撃を中断したが、キングサーモンと輸送船団の通信回線を経由して船団のコンピューターを支配下においてしまったのである。キングサーモンは船団の通信には反応せず、むしろ積極的にオルカ戦隊に通信プロトコルを解放していった。この異常事態に乗組員は緊急脱出を行ったが船団は何事もなかったかのようにオルカ戦隊とキングサーモンに先導されかのようにそのまま銀河系の中心目指して飛んで行った。
戦後の外惑星連合の資料からこのときのオルカ戦隊のシャチは雄であり、キングサーモンと同じ群の個体であることが確認された。またその後の研究資料の分析からこの雄には妻がいたことが判明した。以上がキングサーモン計画の全てである。
ただ航空宇宙軍外宇宙艦隊の乗組員の中で超光速シャフト周辺で所属不明の宇宙船群−まるで親子か、シャチか何かの群のような−を目撃するものがいるという。むろん、これとキングサーモンとの関係は定かではない。
アステロイドベルト域を回遊する 対オルカ戦隊用陽動艦隊キングサーモン所属・仮装おとりサケ艦「マスノスケ」 |