戦争と言うものはあまりに負けが続くと軍隊の組織そのものもだんだんとおかしくなってゆくものらしい。組織の連絡が円滑にいかないとか、仕事の重複が増えるといった形で組織崩壊の兆しは現れる。これは兵器開発にも言えることで、むしろ民間企業がからむ兵器開発の方が混乱がひどい場合すらある。
しかし、そういう混乱の中だからこそ登場できる人材と兵器というものもやはり存在するのである。
この「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん」を語るとき若き美貌の天文学者キャサリン博士を抜きには語れないだろう。彼女こそ、この外惑星連合軍の混乱のなか「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん開発計画」いわゆる「IZUMI計画」を発動させたキーパーソンであった。
そもそもこのキャサリン博士は軍人ではなく民間人であったらしい。
だが彼女は天文学者としての知識をもとにこのプロジェクトの原案をまとめ上げ自分の研究所を通して軍に提出、それが認められ彼女が責任者となったのだ。
いくら有望な計画とはいえ民間人を責任者にしてしまうとは軍という組織もかなり混乱していたことがみてとれるだろう。
さて、この「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん」はどんなものであろうか。キャサリン博士の案はこうであった。
航空宇宙軍の宇宙船は核融合によって動いている。そして核融合反応を利用する以上はニュートリノが発生するはずだ。もしこのニュートリノを補足することが出来たなら航空宇宙軍の艦隊の動きは外惑星領域にいながらにして把握できるだろう。
何者にも遮ることの出来ないニュートリノを利用する事が出来たなら航空宇宙軍の艦船が地球を出発した時点で我々は艦隊の動きを完全に把握できる。
もしそうなれば航空宇宙軍の艦隊を攻撃するのにもはや仮装巡洋艦すら必要としない。マスドライバーで機動爆雷を敵の交差機動に配置すれば航空宇宙軍の艦隊は壊滅できる。というのが彼女の案であった。
この最後の、仮装巡洋艦すら必要とせずに航空宇宙軍を壊滅できる、のくだりは連敗続きでそろそろ脳味噌に白いものが目立ちはじめた外惑星連合首脳にとってまさに救いの神であった。さらにこの「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん」の原理が単純とあってはこの計画を発動させない訳が無かった。
「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん」の原理は単純である。本体は直径500mの球形の水槽である。この水槽には水が入っており水槽の内部には高感度の光センサーが配置されていた。ようするに水槽の水とニュートリノが反応するときの光をキャッチすることでニュートリノの数と方向を関知するのである。この水槽の水は無重力状態では温度によりばらつきができる。これは屈折率に影響し、ひいては情報の精度にかかわるため水槽の水温に関しては細心の注意が払われていた。このため装置を駆動するためにかなりの放熱が必要となり、この球形の水槽に巨大な放熱板が尾鰭のように取り付けられた。放熱の問題は機会が設計通りの性能を示さないため最後まで問題となったが、根本的な解決ははかられず、尾鰭の他に背鰭、胸鰭のように放熱板を増設することで所期の目的を果たすこととなった。こうして完成した「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん」はまるで無重力状態で飼育した金魚のような姿になったという。
全軍の期待を一新に集めた「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん」であったが戦争には何等役にはたたなかった。考えてみればわかる。確かに宇宙船はニュートリノを出すだろう。しかし、太陽系で最大のニュートリノ発生源は太陽なのである。つまり太陽のバックグラウンドの方が圧倒的に強力であるため宇宙船のニュートリノをその中から検出するのは不可能である。むろん専門家のキャサリン博士がこの事を知らない訳はなかった。
戦争中、「空の戦略情報収集大要塞・ぎょぴちゃん」はただの一隻も宇宙船を関知することはできなかった。が、キャサリン博士自身は戦後、太陽ニュートリノに関する研究と、外惑星連合軍の国力を非軍事的分野に消耗させた功績でノーベル物理学賞と平和賞を両方授賞した最初の科学者となった。
外惑星動乱はすでに過去の歴史的な事実となったが、博士の名前は「戦争があった事も知らないで研究に打ち込んだ科学者」とか「キャサリン博士は死んでも望遠鏡を離しませんでした」と言うように修身の教科書には出ているらしい。また東京は本郷のキャサリン神社には、いまでも科学者を志す若い参拝者が絶えることが無いそうである。