外惑星動乱は航空宇宙軍の勝利に終った。この結果、旧外惑星連合は航空宇宙軍の軍政下におかれおびただしい量の機密文書が押収された。
文書の中には開発中の兵器関連の物もあったがその多くは航空宇宙軍にとってさほど興味をそそられるようなものではなかった。技術的に時代遅れであったり、原理的にかなりの問題があったりと、外惑星連合の技術水準を知る資料としてしか価値のないものばかりであった。
逆に価値がないからこそ外惑星連合軍も資料を残したとも言うことが出来るかもしれない。これは今日に至もいまだ襲撃艦ヴァルキリーの技術的詳細が解明されていないことからもうかがえよう。
そのような失われた資料の中にガニメデのサイボーグ兵士開発計画があった。これはヒマリアで行われた人体実験などショッキングな内容から記憶に残っている方も多いだろう。
この資料は後に戦争犯罪人追求の証拠とされたが同時に航空宇宙軍の一部にも大きな波紋を投げかけていた。航空宇宙軍外宇宙艦隊ではこの時代に早くも将来予想されるであろう地球外生物との戦闘に備え地上兵力の研究にかかっていた。
この系統の中にあってもっとも期待を集めていたのは戦闘要員の量産クローン計画である。しかし、これは初期のヴォルテと呼ばれるタイプが脱走し開発担当の科学者を殺した(これについては異論を唱える専門家も多い)ことにより事実上計画はストップしてしまった(プロトタイプをすべてヴォルテが破壊してしまっからだと言う研究者も少なくない)と言う。
ここで開発計画の前面に浮かび上がってきたのがパワードスーツ・ガイアくん計画である。ガイアくんの基本的なコンセプトは民間のある研究所によって重力の研究中に生まれたとされる(文献によってはメビウスの環の研究とも言われる)。
当時の資料によれば人間と生態系の融合を模索するこの兵器のコンセプトにこのときの軍側の責任者である紺野准将はそうとう強い印象を受けたと記されている。じっさいこれ以降、パワードスーツの開発計画はガイアくん以外すべて中止されたという。
もちろん紺野准将の感性だけに支えられたこの決定に対して反論は多かった。実績のない計画にすべての労力を費やす危険性を具体的な数字をあげて論証する佐官級の人間も多かった。しかし准将はそのような意見に耳を貸さず「数字を信じるのは馬鹿だけだ」と言い放ったと伝えられている。
ガイアくんの原理を一言で説明するなら、それは人間をその中心に据えた地衣類の開発である。過酷な外宇宙環境から人間を護るために複数の生物群を使用すると言うのが中心となるコンセプトだ。
地衣類とは言うもののその実際は寄生虫に近かったと当時の文献は伝えている。まずガイアくんを着る人間はあらかじめいくつかの動植物の種子を植え付けられる。それらはすぐに性質の違いによって機能分化を起こす。ガイアくんの骨格を形成する生物群が人間を包み込む。そしてその生物の間を筋肉だけで生きているような寄生生物がさらに取り囲む。
筋肉生物に寄生する形でさらに数多くの原性生物がその表面に巣食っていたと言う。これらの原性生物は筋肉生物から栄養などを受け取るみかえりに筋肉生物が真空や過酷な惑星大気と直接接することがないように皮膚として機能する。これらの中には赤外線にのみ特異的に反応する生物や大気の振動に敏感な生物などが多数存在したと言われる。
これらの生物群と人間に共通に寄生する生物も存在した。これらは人間の物質代謝を支援し、また直接人間の神経に寄生することで外界の情報を人間に伝えた。つまりセンサーとして機能する原性生物によってガイアくんの人間はいままでにない強力な視覚情報と聴覚情報を得ることができたわけである。
人間の身体は骨格生物によって繭のように包まれており、自分の四肢や感覚を使うことはない。そうしないでもガイアくんの生物がすべての人体機能を代行してくれるのだ。しかもその能力は人間のそれを数等倍は優れていた。
ガイアくんのもっとも優れていたのは過酷な環境へのその柔軟な適応性だったと言う。例えばメタンの大気でもっとも効率が良かったガイアくんをアンモニアの大気の中に送り込んだとする。とうぜん環境の変化によって幾つかの生物は衰退する。しかし、こんどは逆にアンモニア大気に適応できる生物群が生態系の主流になるのである。このような新陳代謝によって人間はつねに快適な環境を約束されていた。
この場合の人間の存在は常に問題となるところである。じつは人間は神経生物を媒介に生態系の情報処理にあたっていたのである。生態系としては人間の指示に従うのがもっとも生き残る可能性が高いと言う戦略の下に人間と共生を行っていたわけだろう。
しかしながら紺野准将がはたしてこのことを理解していたかどうかについては多くの研究者が疑問を投げかけている。いくつかの資料によればどうやら彼はガイアくんは人間に奉仕するために存在していると思っていたらしい。つまりガイアくんの関心は人間にだけあると解釈したわけなのだ。悲劇はここから生まれた。
ガイアくんのテストは陸戦隊の大川大尉によって行われた。月からはじまり火星、イオ、タイタンと大川大尉とガイアくんは順調にプログラムをこなしていった。そしてついに実戦試験の時が来た。
実戦試験は太陽系からさほど遠くないG型恒星をまわる地球型惑星で行われた。未知の生物との戦場とは言え惑星の環境はいままでの過酷なそれと比較したとき天国と言ってもよかった。事件が起きたのはこの時だった。 惑星に到着した途端、ガイアくんが突如暴走をはじめたのである。一つの地衣類の塊はすぐに地衣類の山になり、航空宇宙軍が事態の異常さに気がついたときには戦場には敵味方もなく、あるのは地衣類の山脈だけであった。地衣類にしてみれば大川大尉とはギブ・アント・テイクの関係でしかなく、けっして奉仕の対象ではなかった。環境が劣悪だったから大川大尉の話も聞いたが環境さえよくなればそんな必要などないのである。
結局、中性子爆弾まで使用してガイアくんの暴走は食い止められた。また大川大尉も奇跡的に救出されたと言われる。この事件によりガイアくんプロジェクトはすべて中止された。関係者もすべて何等かの処分を受けたといわれるが、肝腎の紺野准将については理屈に合わない理屈により特に処分は受けなかったと言う。
事件の被害者大川大尉のその後は定かではない。一説によれば彼は事件後アトランチス人の霊が乗り移って予言者を自称したが、それ故に一生を航空宇宙軍のある種の施設で送ったと言われる。また別の説では彼は税金のかからないある特殊法人を設立し、一生金に不自由することなく幸福な余生を送ったと言われている。