地球光

佐藤[開拓班]泉

『−−地球を離れ、コロニーでの外惑星へ向かうタンカーの乗船手続を済ませた私は、展望台へ向かい、再び帰るであろう地球を、眺めるべきかと考えた。テレビジョンで、脳裏に細部までありありと再現できるほど見つめているし、今までも月やこのコロニーなどの取材旅行で、宇宙に浮ぶあの青く美しい姿は何度も見ているのだ。しかし、今度はいつ見られるかわからない、外惑星というはるかに遠い星からは、私のなじんだ地球は見えないのだ、航路の安全性が高くなった今日、馬鹿馬鹿しいと思われる諸兄もいるだろう。同行のカメラマンが、そんな私に「何処からでも地球の光は見えますよ」と、語った。私は、その言葉を反芻した。そして、地球を見ずに外惑星へ向かうことにしたのであった。地球は、ここにあるのである、私はここへ帰るのだと。地球光は私の視界にいつまでも輝き続けるのだと・・・・。』

(T・ヘビン著「外惑星訪問」の後書きより)


「作戦が失敗した? 一体どうしたんだ?」
 カミンスキィ中佐は、SPAの本部の一室で報告を、驚きと共に受けとった。
「このところ、続いているじゃないか」
「詳細は、まだわからないのですが、今のところ捕まったものはいないようです」
 中佐の秘書代わりの、ケネスが答える。
「内通者・・・・」
「可能性だな」
 カミンスキィ中佐は、彼の断定を確率に置き換える。
 中佐はSPAでも重要なポストのメンバーの一人だった。
 短絡な発言はできない。
「しかし、ほおってはおけません」
 中佐より幾分若い、ケネスは茶の瞳を不満げに向ける。
「当然だ」
 中佐は、報告書をもう一度取上げ読み直し始めた。作戦の失敗したポイントは何処だ?内通者の情報は、どの程度だったのか?
「?。航空宇宙軍の警務課ではないのか?」
 中佐は、報告書の疑問点に当たった。
「公安でもありません。ただの[お巡りさん]です」
 中佐の邪魔にならないように控えていたケネスは、返答した。
「たれ込みにしてはおかしいな」
 SPAだったら公安関係が出るはずだ。
「たれ込みは[泥棒が入るみたい]程度だったらしいです」
「公安の動きは?」
「事前に知ったような動きはあったらしいのですが、動く前に警察の手入れが入って、我々のほうが逃げたので・・・」
「なんだそれは」
 鳩(内通者)はどの部署にも、作ろうと思えば作れる。
 そういった政府機関にSPA側もラインをもっているのだ。
 そして鳩たちから、逆にどういった情報が回されたのかを掴むこともできる。
「このたれ込みで2度目ですから、今度同様のネタがあった時には、そのまま公安に回る可能性がたかいそうです」
「そうだろうな・・・」
 もう一度報告書に目を落とし、カミンスキィ中佐は口を開かなかった。

 エミリオ・パディスは、指の減った手を苛々と握っては、放していた。年を刻んだ顔は、難しげに歪んでいた。
「遅くなりました」
 アルトの少女の声が、彼の不安を追い払った。
 部屋に入ってきた、細い黒髪の少女にようやく生れた笑顔を向けた。
「すいません。進路指導の放しが長びいて」
 走ってきたのか、息を切らしながら話す。
「いや、無事ならいいんだジャムナ」
 笑顔のあとに、安堵のため息を吐く。
 いつもと違うパディスの様子に、ジャムナは言葉を選ぶ。
「何かあったんですか?」
「ダストンの作戦が失敗した」
 ジャムナも知っている、パディスの旧友の名が口から吐かれた。
「え? それで」
「捕まったものはいない、しかし、おかしいんだ」
 計画が洩れていたのは、事実なのだが、公安が動く前に、民間の警察が動き、それを察知したSPA側は計画を中止、撤退したのだと・・・・・・。
 歯切れの悪いパディスの言葉に、首をかしげる。
「・・・結果からいうと、炙り出しをする」
「パディスが?」
「実行者にはならない、2回の失敗の中で引っかかっていく細胞を洗い直す・・ジャムナは、知らないふりをしていなさい」
 十五才の少女はこ、こっくりとうなづいた。

 ダストンの家は表向きは、パン屋であった。
 様々な人が出入りしても、不審には思われない。
 大抵の人は、恰幅のよい主人をSPAなどとは思わないだろう。
「おじさん、このパン幾ら?」
 ジャムナは、ケースの上のフランスパンを指した。
 ダストンの返答に、財布から小銭を出す。
「今ちょっと、娘が帰ってきていてね・・・」
 ちらりと、店の奥を目でみやる。
「じゃあ、お菓子はまた今度ね」
 香ばしいパンの匂いの中、ジャムナはドアの鈴を鳴らして出ていった。
 ダストンは疲れたように、薄くはなった赤毛の頭から、帽子を取った。ジャムナの出た後、クローズの看板をドアにかける。
 店舗権家の店の奥に入れば、ダストンは父親の顔に帰っていった。白い前掛けを外す。
「アンブローシア。わたしだ、父さんだよ」
 二十は越えているだろう女性が、ぼんやりと座り込んでいた。
 薄暗い部屋の中で、綺麗だが、生気のない顔で・・・・。
「アンブローシア・・・ご飯はシチューだからな」
「ぱぱあ」
 焦点のない瞳ででも、ダストンを追う。しかし、言葉は幼い。
「パパだよ、さあご飯だ、おっきしておいで」
 ダストンは精一杯の、優しい声を絞り出す。
 変り果てた愛娘に、精一杯のやさしさを向ける。アンブローシアの腕には、自分で命を絶とうとした跡が真新しく残っていた。ダストンはこらえ切れず、アンウローシアを、抱きしめた。
「アンブ・・・パパと、地球に行こう、地球に行けばお前はきっとよくなる・・・アンブローシア、ママのいる地球へ行こう」
「ちきゅう?」
 抱きしめられたのだが、父親を感じ、嬉しそうにアンブローシアは笑う。
「地球だ、地球だとも・・・馬鹿な若僧もいない地球だ」
 ダストンは、アンブローシアがロースクールの頃に妻と離婚した。外惑星動乱の勃発と、もともと、地球生まれの地球育ちの妻は、やはり外惑星には合わなかったのだ。その後、ダストンはアンブローシアを育てながら、SPAの細胞の一つとして活動した。自分と、娘の外惑星を守るために…。
 理想だった、自分の守った星の中に、自分の大事な娘を傷つける物が育つとは思わなかったのだ。
 アンブローシアは、彼が守った星の中の、戦争を過去とする若者に傷つけられ、精神まで壊れた。復旧中の外惑星には、十分な精神医療施設が少ない。何より、ダストンはもう外惑星には居たくなかった。理想も、SPAも、思想も、受け継ぐべき次代に絶望したのだ。
 ジャムナが、支払いのときに紛れ込ませたメモのBBSにアクセスする。
「次の作戦か」
 絶望し、怒りがある彼も、まだためらいがあった。しかし、彼にはSPAより娘の方が大切だった。
 娘を救う手立てを提示された彼は、既に売り渡しているのだ。

 SPA細胞の一つ、エミリオ・パディスなる人物から、カミンスキィ中佐は、炙り出し作戦の全容を聞き前任した。
 ゲリラのお互いが信用できなくなった時、それは空中分解を意味する。内密に、終わらせるに越したことはない。
「すべてが終わってから報告する」という条件も、カミンスキィ中佐は飲んだ。

「報告されていた、作戦はおこらなかったな。おかげで、大恥をかいたぞ」
 クローズドのパン屋のなかで、私服の…しかし、見た者によっては、危険な匂いを感じる若い男性が、ダストンに銃を突きつけていた。
「このところたてつづきだったからな」
 諦めたような表情で、ダストンは答える。
 アンブローシアが、ダストンの家に帰ってきてから、程なくして公安のこの青年が、ダストンにSPAの情報を流すように持ちかけていたのだった。自信と、高慢さが臭うように立ちのぼっている。
「折角、総動員をかけていたのに、こんなのでは手柄にならない、疑われてるのではないのか?」
「さあね」
「いいのか?地球の市民権がなくなるぞ」
 びくっと、ダストンの表情が強張った。
 それを、自分の言葉の影響力と勘違いした青年は、嬉しそうに言葉を続ける。
「私の実家の力をすれば市民権など簡単だ、欲しくないのか?」
「欲しくはないなあ」
 青年の背中に、パディスが銃を突きつける。
「貴様!何者だ!」
「それは、こちらの台詞だ。馴染みのパン屋に腹が減ってきてみれば、変な奴が演説ぶってるんだものな」
「銃を捨てろ」
 パディスの登場で、緩んだダストンの顔が再び別の緊張に張り詰める。青年からもぎ取った銃を、持ち直す。
「私は、航空宇宙軍だぞ!」
「若造、場所を考えろ、ここは外惑星だ」
「パディス!お前もだ!」
 ダストンは、目をつぶり苦しげに言葉を吐く。
「ダストン?」
 旧友の態度に、パディスは目をむく。
「彼は、SPAの主要メンバーの一人だ。彼と市民権を交換だ」
「そ…そうか」
 さっきまでの、態度は何処へ行ったやら、おどおどと青年がうなづく。
「ダストン!正気か?」
「悪く思うな、パディス」
「ぱぱあ、おなかへったあ」
 店の奥から、アンブローシアが、ふらふらとさまよい出てきた。
「アンブローシア!奥に居なさい!」
 ピタと銃は動かさず、ダストンは後ろを向く。
 アンブローシアは、父親と、2人の男性に目を留めた。そして、目にわかるほど、表情が変わっていく。
「アンブ?」
 娘が凝視しているほうを、見る。青年が舌打ちをする。
「アナタ!アナタよ!」
 甲高い声で、アンブローシアが青年に向かっていこうとする。
「アンブローシア危ない!どうしたんだ」
 銃をおいて、ダストンは娘を抱きとめる。
「貴方よ!私に酷いことをしたのは!大嫌い!」
 暴れるアンブローシアの言葉に全てを理解し、ダストンは青年を睨む。
「貴様!」
「おっと動くな」
 パディスの置いた銃を取り上げ、ダストンに奪われた銃を取り戻し、青年は元の口調に戻る。
「さあ、一緒にきてもらおうか、パディスさんとやら」
「若造…」
「貴様がアンブローシアを…」
 娘を抱きしめたまま、ダストンは茫然と呟く。
「地球に行くつもりになってくれてありがたかったよ」
 パンッ!と音がし、ガラス張りの店のドアが割れる。
 誰かが、石を投げたのだ。
 一瞬、青年に隙ができた。パディスが動く。白兵戦は得意だ。
 銃を持つ手を殴り、落とさせる。次に、頭をねらう。しかし、青年のほうも一応軍人だった。ぎりぎりで頭をそらせ、反撃する。狭い店内に、男性二人の殴り合いはきつかった。
「ちっ!」
 殴り飛ばされて転がった先に、銃があった。
「死体でも構わん!」
「アンブローシア!」
 青年が銃を握った。狙いを定めた時、ダストンの腕からアンブローシアが、もがき出て青年に向かっていった。
 アンブローシアの腕を、ダストンは掴み引き寄せる。背に庇うとちょうど、パディスと青年の間に挟まれる形になった。
 乾いた音がし、ダストンは自分が撃たれたことを、痛みで知った。
「ダストン!」
 アンブローシアを押しやるように、ダストンは倒れた。
「貴様もだ!」
 パディスがダストンに気を取られて、無防備になった時、青年はもう一度狙いを定めた。
 銃声がした。パディスは自分が撃たれたと思った。が、呻いたのは青年だった。
「パディス、無事ですか?」
 割ったドアを上手に開けて、ジャムナが入ってきていた。
「ジャムナ!」
「貴様っ!」
 呻き声の中から憎しみを絞り出して、青年はジャムナに銃口を向ける。引き金が引かれるより早く、ジャムナは止めを撃った。パディスは自分の教えたことを、少女が吸収しているのを確認した。
「パディス…すまん」
「ダストン、今、手当てをする。ジャムナ!キットを」
「はいっ!」
「無駄だ…」
「口を聞くな!」
 ダストンの手当てを、てきぱきとしながらパディスは、側に座り込んでいるアンブローシアを見る。
「彼女の…為か?」
 手当てしたさきから、血が溢れていく。
「パディス無駄だ…それよりアンブローシアを…」
「ダストン!」
「アンブを、地球に…連れていってくれ」
 自分の側に座り込んだ娘の手を引く。
「これの母親が、地球にいる。送ってやってくれ」
 息が上がる。
「ダストン、しっかりしろ!」
 無駄だということは、パディスもわかっていた。胸を打抜いた銃弾が、肺を傷付けているのだ。
「SPAを裏切ったのは私だ…だが、この子ではない」
「わかっているとも」
「俺達は…俺は何をやってきたんだろうな」
 ぐぶっと、血を吐き出した。
「しかし…俺は、思ってしまったんだ。SPAでなければ、この娘はこんな目に逢わなかった。動乱がなかったら、こんなことはなかった…外惑星が独立しようなんて考えなければ…」
 苦しい息の下から、悔しそうに言葉を吐き出す。
「わかったから、ダストン」
 パディスは、旧友の手を握る。
「俺たちは、何の為に…戦ったんだろうな、パディス。地球を憎んで、外惑星のために…」
アンブローシアは、死にかけた父親にも反応しない。
「いつも、地球の夢を見るんだ。追いかけてくる、どこに居ても、あの光が…俺を…追い立てる…」
 あとわずかだ、何人となく見送ったパディスは感じた。
 サイレンが聞こえてきた。銃声を聞きつけた者が通報したのだろう。
「パディス」
「逝ったよ」
 ゆっくりとパディスは、友であった死体からはなれ、立ち上がる。アンブローシアの肩を抱えるように、裏手へ向かう。
「どうするんですか?」
 ジャムナが、先導してドアを開けていく。
「ダストンの頼みだ。彼女を地球行きに乗せる」
 警察がダストンの店についたとき、彼と青年の死体だけが、無言で転がっていた。

 地球行きへ接続するシャトルが、アンブローシアを乗せゆっくりと発進していく。送迎ゲートの大窓からパディスは、その様を眺めていた。付添いを専門とする会社に頼み、彼女が母親と対面した頃、問い合わせがあったとしても、パディスは知られないはずだ。すべて、ダストンの名義で行なっているのだから。
 振り返ると、宙港の人込みの中に、目立たないように彼を待つ少女がいた。窓から離れ、人込みの中ジャムナに向かって歩いていく。途中、ジャムナは見ていた雑誌から目を上げて、パディスを迎えた。いつもは表情の見えない瞳に、不安が浮かんでいた。
「私は、大丈夫だよ。ジャムナ」
 口の端で笑い、目で頷く。
 また普段の瞳に戻った少女は立ち上がり、彼の横に立つ。
 宙港の出口に向かい、彼らは歩き出した。
 パディスは、もう一度振り返りシャトルのいなくなった風景を見た。そして旧友の死を、出口に着くまでに過去の事とした。
 それは、彼にとっては馴染みの深すぎることだった。

後書き『外惑星の人々は、旧政府によって、地球との戦争に突入し敗北した。敗戦後、軍や政府首脳部を、地球が粛正し健全な政府を樹立したというのは、あまりにも、地球側見方過ぎると思う。なぜなら、私が外惑星訪問中に聞いた言葉の中には、旧政府へのと同等の憎しみを以って、地球への呪詛を語る人が少なくないからだ。
 彼らにとって、外惑星動乱は終わってはいない。終わるのは、彼らが見つめる「地球」という星の光が、他の星空と同様に、ただ空に浮かぶ惑星光となる時である−−』




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