カリスト迄は何マイル?

佐藤[開拓班]泉


 「ランスはどこだーっ?」
 遠くてダンテの怒号が響く。
広そうで狭いタンカーの中、隠れられる処などたかが知れている。
 「見つかるのも時間の問題か」 ランスは低く呻いた。
 「ふくたいちょぉぉぉっ」 ラムの明るい声が響く。
 「のみましょうよぉぉぉっ」
 「あ !」 整った指で顔を覆う。

 タナトス・コマンド  今や航空宇宙軍にもその名を知らしめた陸戦隊。二、三日前に彼らはタイタン軍のエイライトベースから軍事機密(こいつが曲者だったのだが)を接収してカリストへこれから帰還する道行きの最中だった。

 「あっ! 副隊長めっけ〜っ」 赤い顔でランスの前に立ちふさがった隊長は笑ったままランスのアックスボンバーの餌食になった。
 「戦争の戦争の真ん中通って行くってのに」 物音で現れたもう一人の隊員も倒してランスは人のいなさそうな方へ走り出した。
 「だれだ」 抱えていた頭を話してランスは恨めしげに宇宙を仰いだ。
 「誰だ、タンカーなんぞに酒ば〜っかし積んだ奴はーっ」
 「カリスト・ラザルスのお持ちかえりおめでとう宴会」は三日目に入った。

 「あ〜らランスさん、こんな処にいらっしゃったの」 女の声がした。
 「女?」 ランスが驚いて降りかえると、立っていた。 女優のメリンダ・モンローが立っていた。
 頬をつねる。痛い。
 メリンダ・モンローはもう一度口を閉じたまま言った。
 「あっちで楽しく飲みましょうよ〜っ」
 甘い声が、頭に響いてくる。
 「頭に 声が?」 ランスが動けないでいると声がした。
 「おぅランスくん、こんな処に居たのか」 オレリー博士がにこにこしながらやって来た。モンローの向こうに見える。
 「博士っ!危ない」腐っても陸戦隊、あっという間にオレリー博士の前に回り込み腰の銃を抜いた。背中に銃口が向いていたはず、なのだがメリンダ・モンローは前を向いていた。
 「う っ!」
 オレリー博士がポンポンとランスの肩をたたく。
 「ランスくん、ランスくん、彼女だよ、ラザルスのマリア・シソン博士だよ」
 「〜〜〜」
 「宴会していたろ? そしたら『ラザルス』の連中も『飲みたい』って言ってな」 にこにこ二人の博士は話している。
 ランスはぐらぐらする頭と、胃からこみあげてくる物を押えながらやっとこさ言った。
 「わかりました、博士。行きます」
 「やっぱりランスくんも男だな、きれいどころが声をかければやって来るもんな」 一人でうんうんと頷いている。
 「博士」 声が震える。
 「ああ彼女か? 何『ラザルス』の連中に酒飲ましたら何か精神力が増してな、いやいや 3DTV見ているみたいだろ? ただ触れられないのが残念でな」 すかすかモンローのビジョンに手を振っている。

 「いやぁー私も後十年若かったら」
 「嫌ですわ、オレリー博士、まだお若いじゃないですか」 嬉しそうな声が、頭に響く。
 ランスは必死になって言った。
 「博士! はやく飲みにいきましょう!!」 楽しげに話す二人の横でランスは口を押さえて歩くのが精一杯だった。
 「誰でもいい、この船を吹っ飛ばしてくれ!」 ランスは今ほど戦闘がしたいと思ったことはなかった。

怒るランス


 「おーっ! ランスっこのスケベっグラマー美人が呼びにいったらすぐこれかーっ!!」 ダンテが宴会場の奥から声をかける。
 眠っている者、酒を飲む者、ついでいる者。横になったり、船をこいだり、話こんだり、思い思いに騒いでいた。ダンテは酒が注がれたグラスを持って嬉しそうだ。
 「『隊長』アンタ気持ち悪くないんですか?」とランスは言いたかったが口にしなかった。普段が普通でないダンテが、酒が入ればどうなるか。チャンの気持ちがよくわかる、今のランスであった。
 「副隊長、何しけてるんですか飲みましょうよ」 ブローが瓶ごと差し出す。
 「ああ」腹を決めてランスは座込む。
 さっきのモンローみたいな[幽霊]が何体(?)か見える。ランスは目を伏せた。
 「それではっランス副隊長の宴会復帰を祝って、お慰めする歌を歌いまスっ!!」 ロッドとラムが、すっくと立って名乗りをあげる。おおっと盛上がる宴会。二人の手には、キラキラ光るマイクが握られている。
 「どこから持って来たんだ?」
 ランスの疑問に側にいるブローが答える。
 「酒と一緒においてあったんですよ」
 前奏が流れはじめ、やんやの喝采が盛上がる。
 「では不肖私、バートラム・ラッセルとエミリオ・ロドリゲスが捧げさせていただきます」
 何の曲だったか俯いたランスの耳にラムのナレーションが響いた。
 「お前だけだと、心に決めた、熱い思いが伝わらぬ。雨のカリストに紅薔薇揺れて、男心に泣いた愛。参りますわれらが副隊長ローレンス・ブライアント少佐に贈る歌!!」
 『別れても好きな人』

 おおーっ! どよめきとかけ声が溢れる。

 「別れた人にああった〜別れたカリストでああった〜

 別れた時と同じ雨の夜だあったああ」


「ラ、、ランス副隊長」 ブローが横の男のをのぞく。怖かった。
 ランスは目の前にあった酒瓶をロッドとラムに向かって投付けた。

 「こんのばっかやろおおっ!!」

 影が光っていた。自分のくじ運の悪さがこんな処まできたかと、若い隊員は思った。
 タンカー内に警報が鳴り響いた。乱闘大会になっていた宴会は、正気になったランスとダンテがぬけておさまった。
 「どうした」
 「航空宇宙軍か?」 ブリッジに飛び込んで来た二人に若い隊員は所属を知らせるように通信が入っていることなどを伝えた。
 「コースから外れているから大丈夫だと安心していたんだがな」 ランスが舌をかむ。
 「どうする隊長?」
 「また俺達を使えばいいじゃないか」
 ダンテとランスが振り返ると十二人の[幽霊]が立っていた。
 「オレリー博士は可能だと言った、ただダンテ隊長だけじゃなく他の連中にも手伝ってもらわんと」 ちらりとランスを見る。ダンテも振り返る。
 「そうだな、俺くらい肝が据わっていればいいんだよな?」
 「なっ、何を言っているんだ隊長!」
 「捕まりたくないよなランス」
 「ああ当り前ですよ」
 「巡洋艦相手だ、わかるな」 ダンテが楽しそうに喋る。
 「おおおぉ俺じゃなくたって」 じりじりとさがる。
 「安心しろ」
 「いっいいんですか?」 ランスの顔がぱっと明るくなった。
 「他の連中も一緒だ」 物凄く嬉しそうにダンテは言い切った。
 言葉も無いランスを置去りにして「他の連中」を選びにダンテは飛び出していった。たぶんこの作戦は成功するだろう、ランスは確信した。

 数日後消息不明だった航空宇宙軍の巡洋艦が発見され、回収された。乗員は揃って[幽霊]に会ったと言った。
 あるものは男の、あるものは女の。
 兵士Aが語るところの[幽霊]は、
 「いやぁ、見慣れない奴が通路に立っていてよ、声かけたらくるりと振り向いて『大嫌いだ!! 白い雲なんて あおぉぃ宇宙なんて、どぅわいっ嫌いどわああ!!』と叫ぶと、な、泣きながら向かってくるんだ。もう驚いたのなんのって」
 この事件に関して航空宇宙軍は関係者に口止めさせ、志気低下を防いだと言われる。

 コマンダー・ダンテ率いる「タナトス」は無事カリストに帰航した。

自閉するランス




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