第三講 宇宙負けしない
みずみずしいお肌の手入れ

臨時特別講師 天羽[司法行政卿]孔明

 一講、二講と続けて来られた受講生の皆様、はじめまして。これより講師入替わりましての第三講の始まりです。なを、本講座をもちまして最終講となりますので、どうぞ最後までおつきあい下さいませ。

 さて、酷環境宇宙空間では、宇宙空間の温度が、寒いところでは絶対零度から、暑い所では、実に一億四千万度にもなるといわれております。ちなみにこれは、太陽の中心温度にも匹敵するのです。
 さてそんな酷環境宇宙空間にあって、宇宙負けしない方法などがあるのでしょうか?!
 はい、あるのです。と言っても『体中にサランラップやアルミホイルを巻き付けて、傍若無人な宇宙線を跳ね返す』と言うような安易なものではありません。ましてや、まちがっても『体中にバンドエイドを貼り付ける』とか『お経を全身に書き込む』などと言う非科学的なものでもないのです。
 ではその方法はというと……、大きく分けて二つ。さらに、宇宙忍者学−−その正しいあり方と訓練法−−において博士号を持つわたくしがあみ出した方法が一つあります。

 まずひとつめは、
 宇宙空間初心者向けの方法で、お肌が荒れないように『宇宙負け止めパック剤』にて全身にパックを施す事です。
 日本の医学は進歩しているので、近くの皮膚科のお医者さんに相談すれば必ずやあなたの体にあったパック剤を調合してもらえることでしょう。
 実際この方法はとてもお手軽なので、誰でも簡単に試すことが出来て便利です。ただ、当講座の冒頭で『電脳はもう古い。おおいなる意志と執念の権化となって自らの体を鍛えることにより宇宙空間へ飛び出そう』と申し上げたように、この講座では区々たる物質文明に頼るのは外法とみなしております。
 そこで『それでは正当な方法とはなんだ?』とおっしゃるあなたのために、次の方法をおすすめします。

 ふたつめの方法。
 それは、酷環境宇宙空間に慣れることなのです。
 そのためには逞しい体力と、強靭な皮膚を作り上げるのが大切です。もちろん簡単なことではありません。でも、そこはそれ、当講座を受講なさっておられる皆様の事、なんとかなるものです。これまでの受講内容をよーーーく思い出して、この先へと進むようにしてください。忘れてしまった方はもう一度復習をするように。いかなる勉学においても、予習復習は大切なことです。
 さて訓練とは、簡単な方から始めるにこしたことはありません。そこでまず最初のステップは、低温に耐える訓練です。
 えーー、みなさんの家の近所に大きなお肉屋さんはないですか? なければ市場のお肉屋さんでも構いません。その店に行き、そこにある一番大きな冷蔵庫の中に入れてもらいます。あとは簡単。肉屋のおっちゃんかおばちゃんに冷蔵庫内の温度をめいっぱい下げてもらえばいいわけです。
 この時、最初は厚手のオーバーなどを身につけたまま入っても良いのですが、馴れてくるにしたがって、一枚づつ服を脱いでいき、最終的には裸で一ヶ月ほどその冷蔵庫内で生活できるようになってください。
 またこのとき、当講座一回目の『ちゅぱちゅぱ』を行う事によって、冷蔵庫内に疑似真空状態をおこし、古典的な断熱膨張の原理によってさらなる室温の低下を試みたならば、より効果的な訓練となるでしょう。
 では、つぎのステップです。こんどは高温に耐える訓練です。
 まず、人が楽に入れるほどの大きなお釜さんの中で油を沸騰させます。で、あとはそこへ飛び込むだけという、いたって簡単な訓練であります。
 このステップの注意事項としては、たとえほんのすこしでも体を油の外へ出してはいけないということです。体の一部が油の外に出ていることによって、そこから皮膚呼吸が出来るため、疑似真空状態が作り出せなくなるからです。はっきり言いましょう。「潜りなさい」と……。
 あっ、そうそう、もうひとつ注意事項がありました。それは、いきなり素潜りから始めると軽い火傷をおう可能性があるということです。そこでまずかるくかき揚などから始めるのがいいでしょう。続いて壷揚げ。さらにはから揚げへと進みます。この時、アイスクリームを持って入り、それが爆発しないようになれば一人前だと言うことです。最後は、当然素潜りです。
 以上の訓練が無事に終わったころには、暑さ寒さも彼岸まで、あなたの体は恐れるものが無くなっていることでしょう。

 これでもまだまだ物足りないとおっしゃるあなたのために、わたしがお薦めするもっとも有効な究極の方法をお教え致しましょう。
 それは、宇宙忍者になることなのです。

 まず、訓練に入る前に、ワンポイント・アドバイスがあります。

 ≪すべての基本は、『よける』と『さける』≫

以上の事を、決して忘れないように……。
 では訓練を始めましょう。

【レッスン・1】

 先程もそうでしたが、まずは簡単なことから始めましょう。
 まず誰か適当な人と二人一組のペアになってください。そうしてペアになったら、非講習者の方から、受講者のあなたにむかってソフトボールなどをぶつけるように投げてもらいます。
 このときあなたはボールを捕まえずに、すべてよけられるようにするのです。ボールはどんどん投げてもらいます。
 投げてもらうスピードは始めはゆっくりと、そしてだんだん速くしてもらいます。投げる数も、一度に二個、三個と増やしていきます。
 もちろん、すべてよけます。
 どんなボールでもよけられるようになったら、つぎは目隠しをして同じ事を繰り返します。
 それもよけられるようになったらこんどは砂を握ってもらい、思いっきりぶつけるように投げてもらいます。当然あなたはすべての砂粒をよけなければなりません。これはソフトボールのようなわけにはいかないかも知れませんが、何事も努力です。
 無事、すべての砂粒がよけられるようになったあかつきには、少々の小雨ぐらいなら傘なんかささなくったって体を濡らさずに歩くことが出来るようになっているはずです。
 訓練は、さらに続きます。
 次は、自宅ないしお風呂屋さんへ行き、シャワーを全身に浴びてください。ただし、体が濡れないように浴びてください。
 簡単ですよね、よけて・さければいいだけですから……。
 ここまで終了したあなたは、梅雨がきても、傘を持ち歩く必要がなくなっているはずです。
 どんどん過激に訓練を続けてください。
 さらなる激しい風雨といっしょにカミナリや竜巻をもよけるようにすれば、台風が来って平気ですし、熱帯名物のスコールの中だって、くわえタバコで通り抜けられるようになるでしょう。
 さぁ、以上がレッスン・1の内容です。ここまでを約一年間で無事終了するようにしてください。できましたでしょうか。どんな風雨の中でも傘をささずに歩き、体が濡れなくなったら一人前です。
 では、レッスン・2へと移りましょう。

【レッスン・2】

 レッスン・2の開始です。
 まずは、ハワイへと行っていただきましょうか。ただし、船だとか、飛行機だとかの交通機関に頼ってはいけません。自分の体力と、レッスン・1での経験を活かすのです。
 どうするかというと、日本とハワイの間に横たわる海を泳いで渡ってもらうのです。もっとも、ただ泳ぐだけでは体力が鍛えられるだけですので、この訓練の意味が無くなりますよね。そこで、ハワイに着くまでの間、一切体を濡らさないようにしてください。もちろん日本からハワイまでの距離は一日で泳ぎきるには遠すぎますので、途中何度か海面でビバークすることになると思います。そんな時でも体を濡らしてはいけません。
 もし、万が一、体を濡らしてしまった時には、ふりだしにもどれ、っと言うわけで、日本に戻って最初からやり直してください。
 −−さて、ここを読んでいるみなさんは、『そんなばかな!』と思っていることでしょう。雨やカミナリやスコールくらいなら訓練次第でなんとかよけたり避けたりできても、すばり液体となってしまってはよけることも避けることもできないじゃないか! と、憤慨している姿がわたしには目に見えるようです。
 でもみなさん。よく考えてみてください。それが訓練の訓練たる由縁です。海は、一見つけいる隙がないように思われるかも知れませんが、所詮は物質です。認識のスケールをほんの少しミクロにずらせば、様々な分子や原子、電子を始めとする素粒子によって構成されているものにすぎません。そこでこれを巧みによけて避ければよいのです。あくまでも、今までの訓練の延長上にすぎません。これまで一年以上も訓練を続けてこられた皆さんに、できないはずは無いのです。わたしは不退転の決意に燃えたみなさんがこの訓練を見事修了されることに、一点の疑いも抱いてはおりません。

 ついにハワイに到着したあなた。これまで休み無く訓練を続けてこられてお疲れでしょう。非合理的な特訓は本講座の忌むところです。そこでこのハワイにて一週間の休息を取ってもらい、その後、レッスン・3へと進んでいただきます。

【レッスン・3】

 休暇はいかがでしたか? 日本へのオミヤゲはお買いになりましたか? 一言いわせていただけるなら、身につけて帰る事のできるものがよいかと思います。
 もうしばらく訓練はそのままハワイで続けますから、ゆっくり選んでください。
 さて、訓練再開です。
 まずは手近な浜辺へと向ってください。場所には特に条件はありません。
 ここで、水面を歩く訓練をします。
 いわずもがなの事ですが、日本からこのハワイ諸島までを体を濡らさずに泳ぎきったあなたは、知らず知らずのうちに海水のあらゆる構成成分をよけたり避けたりしているはずなのです。ですから、それらの構成成分の上に、避けるのと逆にうまく体重をのせていきさえすれば、水面を歩く事ができるわけです。ちなみにこの訓練は、宇宙に飛び出す時にとても重要になってきますので、決して軽んじたり怠ったりしないように。最低二ケ月は訓練をしてください。
 さぁ、それでは日本へ帰りましょう。
 賢明な受講者はとうにお気付きでしょうが、復路もまた訓練です。(オミヤゲは身につけられるものがよいと申し上げたのはそのためです)
 日本までの復路は、地面の中を歩いて帰りましょう。そうです。海水の構成成分をよけてきたあなたには、地中を歩き回る事ぐらい、ぞうさもないことですよね。現に、地底人はやっている事ですし。
 重ねていいます。たかが(と敢えていわせていただきます)地底人にできて、われらが宇宙をめざす志高き人間にできないはずはないのです。

 と言うわけで、日本へ帰ってこれたことと思います。
 これで、酷環境生活への順応は九十パーセントまできました。
 さぁ、いよいよ最後の十パーセントへ向いましょう。
 海、そして地底。それらのあらゆる構成物質を見分け、かつよけて、避けてきたあなた。ご存じですね。わたし達を大地に縛りつけている見えない鎖である重力も、じつは量子であり、粒子であることを。
 電脳な科学ではいまだに確認できていない重力子も、きびしい訓練に耐えてきたあなたには生き生きと認識できているはずです。これもまた、よけてください。避けてください。
 あなたの体は地面を離れ、果てしない大空へ……。そして遂には、ロケットもスペ−スシャトルもなにも使わずに、地球圏を離脱し、宇宙空間へと出ていけるのです。
 そればかりではありません。時間も量子であることは多くの科学者が言明している通りです。よけましょう。避けましょう。あるいはその逆に、量子を踏台にして進みましょう。
 時をかける事だって、宇宙忍者にとっては夢物語ではないのです。 

 以上で修了です。おめでとうございます。
 ここまでくればあなたは立派な宇宙忍者です。そして宇宙忍者こそが究極のアストロノーツであることは、あなたにはもはや自明でありましょう。
 参考までに申し上げておきますと、今回、宇宙忍者学の中から、静・動二巻の秘伝の書より、『動の書・移動の部』を抜粋させていただきました。ちなみに『静の書』では、心と体を無にしてしまう所からすべてが始るのですが、それはまた別の機会に講義させてもらえれば、と思っています。
 この静・動ふたつの秘伝書をすべて体得すれば、森羅万象を越えた存在になる事ができると言います。このわたしでさえ、それはまだ無理なのですがね−。

【付録】

=宇宙空間での酸素および食物の供給法=

  1. 第1回の訓練を修了した皆さんは、人間酸素ボンベとなる術をすでに会得しておられます。
  2. また、今回の訓練を応用すると、酸素分子の動きを徹底的に見切る事によって、保有した酸素を完全に無駄なく利用する事ができ、宇宙での滞在時間はまたまた飛躍的に跳ね上がります。 しかし、1及び2の方法では、宇宙にいられる時間はしょせん有限です。そこで、もう一段高度な技をお教えしておきましょう。

 しかし、1及び2の方法では、宇宙にいられる時間はしょせん有限です。そこで、もう一段高度な技をお教えしておきましょう。

 もうすでに、どのような場所でも、分子・原子・素粒子レベルでの認識が可能なあなたなのですから、宇宙空間に漂う星間物質−−その大半は水素原子ですね−−を見分け、口中に取り込む事は容易ですね。それを注意深く、そして思い切り良く噛み絞めると、低温核融合が生じます。賢明な受講者はお気付きでしょうが、これは暖をとるのが目的ではありません(そうも使えますが)。重水素8つを融合させる事によって、酸素を作り出すためなのです。
 このようにして、できたてのほやほやの酸素を吸込み続ければ体にもいいし、第一、事実上無尽蔵といえる星間物質を利用するわけですから、反永久的に宇宙空間での生存が可能となるのです。
 食物の供給についても同様の事がいえます。要は、うまく噛む事です。思い切り良く噛んでは低温核融合で種々の元素を生み出し、軽く噛んでは化学反応であらゆる種類の分子をつくりだし、ついばむように優しく噛んでは食物を成型するのです。
 今、宇宙忍者として活躍している諸先輩方は、無意識にこれをおこなっているのです。技を磨けば、お好み通りの美食も可能です。克己質朴を旨とする忍者道の立場からは必ずしもお薦めできませんけれど、ね。




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