用意するもの:コップ
用意するもの:受講者が中に入れるサイズの冷蔵庫、気圧計
用意するもの:密閉し易い家屋、目張りのためのパテ、テープ等
注意:木造家屋は密閉が困難なだけでなく、大気圧に耐えるだけの構造強度を持たない場合があるので危険
上級訓練においても、やる事は基本的に中級とかわりません。
まず密閉空間をつくり、その中に入り、中の空気を吸って真空を造りだします。造りだされた真空と体内の高圧に耐えます。それだけです。
ただ、このとき、体内に納めるべき空気の量が中級よりも格段に大きくなります。そのため、上級訓練においては、中級訓練とは格段に異なった技能が必要になります。
ここでは連載開始を記念して、特に、訓練教官が秘中の秘としてきたコツをお教えしましょう。いいですか。
上級訓練を修了するためには、空気をちゅぱちゅぱ吸うだけでは駄目です。
ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ吸わなければならないのです。
この一聞した限りでは些細としか思えない秘訣を体得するのに払われた犠牲は、人類が音速の壁を越えようとする際に流した血と汗を上回っているのです。
十分間から初めて、毎日十パーセントずつ真空状態保持時間を増やしましょう。五十二日前後(端数の切り方で若干変わる)で二十四時間に達します。
それで遂に上級訓練修了です。
用意するもの:高地順応訓練済みカナリア
修了試験は人家の多いところで実施するわけにはいきません。
条件としては高山地帯で人口密度の希少なところということです。
ただしヒマラヤはやめましょう。本連載紙はあくまで谷甲州ファンクラブの機関紙であり、海外青年協力隊時代に、ネパールに深い愛着を抱かれるようになった甲州先生は、ネパール人民に危害が及ぶ可能性にいたく敏感であられるからです。そこでアンデス山脈の高原地帯などがよいかと思われます。
実施に当たっては充分な環境アセスメントを行うつもりですので、エコロジストの方もご安心下さい。
さて、試験です。
受験者は、人里離れた高山の上で、思いきり空気を吸います。
ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ吸います。
受験者から五キロメートル離れた地点に置かれた鳥かごの中のカナリア(ただし高地順応訓練済み)が酸素欠乏のため失神すれば、合格です。
おめでとう。
すぺーすまん
ここまで到達した貴方は、遂に宇宙棲息者への第一歩を踏み出したのです。
さて、ここで満足してはいけません。
ここまでの過酷な訓練に耐えた貴方は、確かにいつ真空に放り出されても、少なくとも二十四時間は耐えられるだけの耐圧・人間ボンベ能力(慧眼な読者諸兄は真空を造りだすために体内に大量の空気を納める技能が即ち酸素ボンベ不要の体質をも造っていたことにお気付きでしょう)を身に付けました。
しかし宇宙空間の過酷さは真空だけではありません。
宇宙線。太陽風。日向の炎熱と日陰の極寒。食糧は? 水は? 無重量状態に長期間耐えられるか? などなど。
真のスペースマンになるための訓練は、いま始まったばかりなのです。
次回予告 「正しい宇宙線のかわし方−−熱中性子をいかに冷ますか?」