零おんな

岩瀬[従軍魔法使い]史明

 むかし、むかぁし。あらゆる物理法則も因果率も作品も無関係なほどむかし。
 ヴァレリア半島のあすとりあ村に、M作と鮫吉という、二人のすくぉった(不法滞在者)が住んでおった。
 毎日二人は、村の鎮守の電脳密林にじゃっく・いんして、せきゅりてぃの川を渡り、ろじっく・ぼむの罠を避け、まいにんぐにいそしんでおった。
 M作は乱暴な鮫吉に威されたり罵られたり射的の的にされたりしながらも、まぁまぁ二人はなかよう暮しておった。
 それはあるたいそうアイス(攻撃的せきゅりてぃぷろぐらむ)のきつい夜じゃった。
 いつもの侵入経路にせきゅりてぃぷろぐらむがきつぅい監視るーちんを走らせ、ろぐ・あうとしようにもできなくなってしもうたのぢゃ。
 二人はこういうときのためにつくっておいた待避えりあに、じゃっく・いんした意識を避難させたのぢゃった。
<こういう夜にはつい思い出しちまうな>
 待避えりあで、鮫吉はこうM作にゆうたそうな。
<よせよ、零おんなの話は。あんなの都市伝説に決まってるじゃないか>
 M作がそうゆうたのは、半分本気で脅えておったからぢゃった。
 しかしM作のウカツなところは、零おんなのなまえをつい口に出して(入力して)しもうたところぢゃ。電脳界では情報こそが唯一の真実。口に出しただけでそれは現実に一歩近付いてしまうのぢゃ。
 よせばよいのに鮫吉もさらに云いつのったそうぢゃ。
<零おんな。L女。零姪(れいてつ)。数多の名を持つあの伝説のまいなぁは、こういう夜に現われるというぞ。いったいどんな姿をしているのだろう。L女というからには、大柄でコケティッシュで野生的な美女に違いない>
<呼んだ?>
 何の前触れも無く、完璧な防壁に守られていたはずの待避えりあにうぃんどぅが開いた。
 そこにあらわれた姿こそは、伝説のまいなあ、零姪ぢゃった!
 その姿を一目見た鮫吉は、零姪をみたあらゆるまいなぁと同様、いってはならんことを思わずいってしもうたのぢゃ。
<ち、ちぃせぇ……>
 その瞬間、零姪はきりきり眉と黒髪を逆立てた。
<ちぃさくて悪かったわね! わたしはもう21よ! 大人よ!>
 そして、口からきらきらと輝く白い息を鮫吉に吐きかけたのぢゃ。
 その白い息は、よくみればぢつは無数の超小型の零姪ぢゃった。それはたちまちに鮫吉の脳内に侵入し、増殖し、鮫吉をあっというまにフリーズさせてしもうた。
 このフリーズ能力、あらゆる情報体を撹乱して情報量ゼロ・えんとろぴー無限大のほわいとのいずに変えてしまう能力こそ、「零おんな」の異名の由来なのぢゃ。
 M作はがたがたと震えながらその光景をただただ認識しておった。
<お前も、そう思うの? あたし、子供っぽい?>
 ここで零姪は意外な面を見せやった。ひどく頼りなげな、傷ついたような表情をしたのぢゃ。さすがの鈍いM作も、ちいさい、とか子供っぽい、とか云うことが、この伝説のまいなぁのこんぷれっくすぢゃということに気付いた。
 このとき、M作は不覚にもぽろりと呟いてしまったのぢゃな。
<可愛い……>
 後にも先にも、なぜそんなことを呟いてしもうたのか、当のM作にもとんとわからなんだ。
 次の瞬間、零おんなは待避えりあにぎゅん!と侵入し、M作の胸ぐらをぐい、とつかんでがたがた揺さぶった。
<何ですって? いま何て云ったの!?>
 M作は慌てた。零姪の機嫌をそこねてはいかん、そればかりが頭にあった。
<いや、その……大人っぽい、素敵な、美人だな、と……>
 次の瞬間、見事な音を立てて、零姪の平手打ちがM作の頬に炸裂した。
<嘘! ごまかす気ね! さっきはそんなこと云ってなかった!! ホントのことをおっしゃい!!!>
 脅えるM作。
<あ。あの。か。かわいい、と>
 びびびびん! 再び炸裂する平手打ち。
<やっぱりそうなのね! わたしがちっちゃくて子供っぽいというのね!!>
 正直にいったのに……M作は泣きそうになったが、この矛盾を強引に押し通す論理回路こそが伝説のまいなぁの超絶思考回路の秘密ではないか、おぼろげながらM作は気付くのぢゃった……

 奇妙なことに、M作はフリーズされずに済んだ(散々罵られ、頬を張られたが)。
 そればかりではない。
 ようやくM作がろぐ・あうとしてみると、生身の零おんながなぜか押し掛けてきていて手料理を作りはじめ、文句をいいかけると包丁が飛んできたりするのぢゃった。
 それからM作は、フリーズを解いてもらったが零おんなに逆らえなくなってしまった鮫吉とともに零おんなに従えられ、V姫の救出だのH・F狩りだのH・F狩られだの、様々な冒険に巻き込まれることになるのぢゃが、M作はぶつぶつ文句をいいながらも、愚痴るほどには不幸ではなかったということぢゃ。
 つるかめ、つるかめ。

零おんな




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