星の墓標 ジュブナイル版
-小学校高学年用-

当麻[前隊長より上]峰子

 ジョーイはちっちゃなオルカでした。
 オルカはシャチとか、海のギャングともよばれる、とってもすばやく、かしこい海の哺乳類です。自分より何倍も大きいクジラもみんなで仲良く力をあわせて、たおします。
 でも、ジョーイは野性のオルカではありません。
 訓練士の長谷川さんに海底牧場を守れるようになるように訓練されている、りっぱでかしこいオルカなのです。
 そんなある日、ジョーイはとっても悲しい声をききました。
「キューイ」
 だれかが、傷ついてたすけを求めている声です。
 ざわざわ。ジョーイの胸が不安で波立ちます。
 なにかおかしい。そう、思いながらその声にむかって泳がずにはいられません。
 オルカは、傷ついた仲間をたすけずにはいられないのです。 
(おかしい、仲間の声とはちょっとちがうよ)
 仲間たちもそういいながら、声のするほうへと泳いでいきます。
「みんなもどってこい!」
 ジョーイたちが泳ぎだしたのに気づいた訓練士の長谷川さんが、大きな声でよびます。
 だけどジョーイたちはとまりません。
 仲間をたすけなきゃという思いがジョーイたちをつき動かします。
「キューイ」
 たすけを呼ぶ声がひときわ大きくなりました。その時です。
「ズドーン!」
 大きな音とともにジョーイの背中にやけつくような痛みがはしりました。熱い、鉄の棒をつっこまれたような、するどい痛みです。
(鉄砲だ!)
 仲間が悲鳴をあげてにげまどいます。
 海が、赤黒くにごりました。
 ツン、とさすような臭いがし、むかむかと はきそうなくらい気持ち悪い味が口のなかにひろがりました。
 血です。仲間のオルカがゆらゆらと血の糸をひきながら、ゆっくりと海底におちていきます。
 ジョーイはあわてて逃げました。
 スクリューのうなりをあげて船はジョーイをおってきます。
 安全な入江にかえろうとするジョーイのじゃまをして、鉄砲でうってきます。

 頭の中がまっしろになりました。
 もうヘトヘトです。このままでは、にげられなくなってしまいます。
 ジョーイは一声、大きくうなりました。
 大きな体が水をはねとばして、宙におどりました。
 キラキラと、しなやかな体から水滴がこぼれ夜の海にむかってすいこまれていきます。
 襲撃者の銃がジョーイにむかって火をふきました。
 熱いいたみが体をはしりました。
 ジョーイは思わず襲撃者の船にむかってつっこんでいきました。大きな体が船にのしかかります。
 海のなかでは、クジラもたおすオルカです。船は、ひとたまりもありませんでした。
 ほかの襲撃者たちはその間に逃げてしまっていたので、とうとうその正体はわかりませんでした。
 ジョーイは、自分と仲間をみごとに救けたのです。
 ところが、ジョーイは“処分”されることになってしまいました。
 バラバラにして、ジョーイの頭だけ宇宙船につみこんで、生きているかしこい宇宙船をつくるというのです。
「自分の身を守るためとはいえ人をおそったジョーイはあぶなすぎる」
 と、訓練所の所長が訓練士の長谷川さんにいいいました。
(ぜったい、いやだ)
 とジョーイをかわいがってくれた訓練士の長谷川さんは思って、ある暗い夜、傷のなおったジョーイをこっそり夜の海へとつれだしました。
 ジョーイはうれしくて、長谷川さんをのせたまま暗くうねる海をどんどん泳いでいきました。
 とおく、訓練所のほうから「かえれ!」という声がしましたが、長谷川さんはきにしません。
 ジョーイもはじめてみる広い海がとってもうれしく、どんどん遠くへ泳いでいきました。
「ジョーイ」
 訓練所から遠くはなれた所で長谷川さんがよびとめました。
 黒い夜の海よりもキラキラとかがやくジョーイのひとみが大好きな長谷川さんをみつめます。
「おまえは、ここからひとりで行くんだよ」ジョーイは目をふせました。だけど、動きません。
 大好きな長谷川さんと別れたくないのです。「ばかが」
 長谷川さんの瞳になみだがうかびました。そしていきなりポケットからナイフをだすとジョーイにきりかかったのです。
「キューイッ」
 驚きと痛みでとびあがったジョーイは長谷川さんをはねとばしました。
 さされた体より、心のほうが痛みました。うらぎられた、と思ったのです。
 長谷川さんにさされたジョーイは遠くににげました。そしてはるか遠くカナダという国の沖でおおきな群れをひきいる立派な大人のオルカになりました。
 そんなある日、仲間といっしょになかよくクジラを狩っているジョーイの耳に、聞き覚えのある嫌な音がひびいてきました。
 船のエンジンの音です。
「にげろ! 人間だっ」
 ジョーイは仲間にさけんで深く深く海にもぐりました。
 ところが今度は人間はヘリコプターをつかって爆弾を落としてきたのです。
 航空宇宙軍と外惑星連合が戦争をはじめたのでどうしても、かしこいオルカが必要なのです。
 人間は、オルカの脳をつかった生物宇宙戦艦をつくろうというのです。
 そして必死になって、オルカたちを爆弾をつかってでもつかまえようとしているのです。 ドォーンッ!
 海がうなりました。

オルカ 水しぶきがあがり、グラグラと波がゆさぶります。
 水がうずをまきジョーイをはねとばし、目の前が真っ暗になりました。意識がとおのいていきます。
 ダダダッ。
 機関銃がはね、仲間の血で海が真っ赤にそまりました。
 あの、嫌な味がまた口のなかに広がりました。
 海の底にゆっくりとしずんでいくジョーイは思いました。
「人間の正体は悪意にちがいない……」

 そして、気がついたときには、ジョーイは宇宙船になってしまっていました。
 最初は、わけがわからず、不安で不安でしょうがありませんでしたが、やがてジョーイは気がつきました。
 自分はいま、星の海にいるのです。

 殺されて体をバラバラにされ、頭だけ宇宙船につみこまれて、敵をやっつける戦艦にされてしまっていたのです。
 ですが、軍の人間になんと言われても、ジョーイは宇宙にでませんでした。
 暗い、寒い、こおりついた星がまたたきもせず白い目でじっとみつめてる星の海はジョーイの育ったあたたかい海とは似ても似つか
ぬものでした。
(ちがうちがう、ここはちがう)
 ジョーイはふかく自分のなかにしずんでいきました。
 母なる海の記憶をひっしにさがしだしてもぐりこみます。
 いろんな軍人がいれかわりたちかわりジョーイを宇宙に、戦争にだそうとしましたが、ジョーイは耳をかそうとしませんでした。
 そんなある日、すごくなつかしい声がジョーイによびかけたのです。
「ジョーイ……」
 ドッといろんな記憶がいっきによみがえりました。
 胸がいっぱになります。よびかけたのは、あまりにもなつかしい人間の声でした。
 まったく自分たちに反応しないジョーイにこまりはてた軍の人間たちは、とうとう長谷川さんを地球からつれてきたのです。
 かわいがってくれた長谷川さんの声に、なつかしい生まれ育った入江の波の音がかさなります。
 涙がでそうになるのをこらえながら、ジョーイは長谷川さんを見ました。
 最期に別れたのはさされた夜のことです。ジョーイはとってもかしこいオルカですから、今ではもう長谷川さんが自分を逃がすためにそんなことをしたんだと、わかっていました。
「ジョーイ……」
 期待と不安にみちて長谷川さんがよびます。ちいさいジョーイとその仲間をずっとかわいがってくれた声です。
 訓練所の小さな入江で仲間と遊んだ日々と、最期に長谷川さんにさされて逃げたあの暗い海の記憶が一辺にドッとよみがえってきてジョーイの胸がつまりました。
 思わず、ジョーイはききました。
「ぼくはまだ、あなたの友達ですか?」
「おまえはわしの子供だよ、子供以上だ」
 長谷川さんの声がつまっています。泣いているのです。
「おまえと別れてから、一日たりとおまえを忘れたことはなかったよ」
「ぼくもです」
 そういいながら、ジョーイはそれが本当であることをしりました。
 広いカナダの海で自由に泳ぎまわっている時も、ジョーイはずっと自分をかわいがってくれた長谷川さんを失ってしまったことを悲しく思っていたのです。
 反応をしめしたジョーイを軍は宇宙につれだしました。
 長谷川さんも軍には逆らえず、ジョーイは軍のいうままに星の海で、敵の船を爆撃していきました。

 ある日、激戦のすえ、すごくかしこい敵の戦艦を自分もボロボロになりながら、たおしたその時です。
 ジョーイはこおりつきました。
『キューイ』
 仲間をよぶオルカの声がします。
 目の前がぐるぐるとまわりました。
 頭が、変になったのかと思いました。
 宇宙の景色と海が、かさなりました。とおい記憶が一気によみがえります。
 空耳かとも思いましたが、たしかに、悲しいオルカの声がします。仲間の助けを求めるオルカの声です。
「どうした? ジョーイだ、返事をしろ!」「ジョーイ、きみか?」
 きれぎれな声が通信機からきこえました。ジョーイがこおりつきました。
 宇宙船のうごきがとまります。
「ジョーイ、ほんとうにきみなのか……?」それは、ちいさいころ一緒に遊んだ仲間の声でした。
 あの、入江の訓練所の襲撃事件でつれさられた仲間が、いまジョーイのやっつけた戦艦を動かしていたのです。
 仲間はあの襲撃事件の後、敵の手によって宇宙船にさせられていたのです。
「たすけにきてくれたのか、ジョーイ……ここから……あの海へ、ぼくをつれてかえってくれるんだね……」
 仲間の声がきれぎれに、通信機からきこえます。
 ジョーイは何もいえませんでした。
 ようやくおずおずといえたのは、
「ぼくの基地にきたらきみをなおしてあげられるよ……」
「いやだ!」
 ジョーイの言葉に仲間ははげしく抵抗しました。
「なおったらまた仲間を倒しにいかなきゃいけない。海へ帰ろうよジョーイ。ここは暗くてとっても寒いよ……」
 どんどんかすかになっていく、傷ついた仲間の声をききながら、ジョーイは泣きたくなりました。
 でも、もう宇宙船になってしまったジョーイは涙をこぼすこともできませんでした。
 たとえ涙を流したとしても、この寒く暗い宇宙空間では、涙は流れた瞬間に、キラキラ硬くかがやく透明な氷のつぶになってしまうでしょう。
「……ジョー……イ……」
 仲間の声がちいさくなっていきます。
 ジョーイが、傷つけたからなのです。この暗く寒い宇宙で仲間は死にかけてるのです。
「ジョーイ、海へかえろうよ……」

「わかった。かえろう」
 ようやく、ジョーイはいいました。
 人間は海の温度をかえました。魚の数をふやし、自分のつごうのいいようにいろんな物事を、世界をかえ、とうとう宇宙にまででていきました。
 そしてオルカまでかえてしまったのです。どうしてジョーイたちまでまきこむのでしょうか?
 かってに宇宙にでて、人間は殺しあいをすればいいのです。
 いちど陸にでても、海にかえったジョーイたちオルカは海でじゅうぶんしあわせなのです。
 海を愛せずに陸にで、やがて宇宙まででていく人間はこのままどこまでいくのでしょうか。
「海へかえろうね……」
 ジョーイは仲間も自分も爆発するように機械をセットしました。

 爆発したジョーイのはなった、まばゆいばかりの最期の白い光をみながら、宇宙基地で長谷川さんは泣いていました。
 星の海へとかえっていったジョーイの最後の言葉が耳についてはなれません。
『海へかえろう……』
 ちいさなジョーイは、あたたかいあの地球の海からつれだされて、この広く寒い星の海のちいさな星になってしまったのです。




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