むかし、むかぁし。あらゆる物理法則も因果率も作品も無関係なほどむかし。
航空宇宙群山に、『ばしりすく』っちゅう船がおった。
山に船とはこれいかに?などと他所もンは思うかもしれんのぉ。
そこがそれ、甲州の凄いところでの。甲州を南北に貫く航空宇宙群山はの、山容の大部分が大気圏を越えておっての。月はおろか火星・あすてろいどや木星・土星・海王星にまで楽々届いておる。そのもっとも高い峰は太陽系を遥かに越えて、銀河系をすらはみでてしまっておるということなのぢゃ。さすがはあらゆる物理法則とは無関係を称するだけのことはあろうのう。そんなところをゆききするには、ろけっとを備えた船でのうては、たちゆかんのぢゃよ。
さて、『ばしりすく』のことぢゃ。
『ばしりすく』は戸留奈(へるな)っちゅう可憐な名前とは裏腹に勇猛にして沈着な船長に率いられた歴戦の船ぢゃったが、あるとき、縄張り争いがこじれたいくさの果てに、深いふかぁい山奥に、迷い込んでしもうた。
なにしろ、その果ては銀河を越えるっちゅう航空宇宙群山ぢゃ。その山奥ときたら、
何十里いこうと水素原子一つありはせん、虚ろな闇ばかり。灯りはといえば、ゆけどもゆけども少しも位置を変えてはくれず徒労感をかきたてるばかりの星の光だけぢゃった。
果てなき虚空をあてなくゆく『ばしりすく』のぶりっじで、さしもの勇猛な戸留奈船長も憂色の深さ窮まろうとするまさにそのとき。
「船だ! 船だぁ!!」
見張りの声は、喜びよりも驚きの方が大きいようぢゃった。それというのも、これほど深い山奥に、ひとりぼっちでゆく船など、そうそうあるものではなかったからぢゃ。
それだけぢゃのぅてな。
その船が発する光は、いくら追うても追うてもさっぱり近付かん。
「お頭ぁ! あの船、光速を越えてますぜ!?」
ばしりすくのおるあたりでは、光速を越える物体はありえないとされておったのぢゃ。 甲州に深い知識をもつものならば、光速をも越えて飛ぶ謎の星間生物ムルキラや、空間の性質を変えて光速度そのものを変えることによってみかけの超光速を実現する船の存在も知っておろうがのう。しかしそういうことは、他所もンの方がかえって知っておることで、地元のものは知らんもんなんぢゃよ。
「ふぅむ。……これはどうやら、あの船の付近に、帯状に空間の性質が異なるところがあるのだな。そのあたりでは空間自体が移動しているので、外から見ると光速を越えているようにみえるのだ」
さすがは歴戦の戸留奈船長、しばらくの観測と分析ののち、正しく事態をみきわめたのぢゃった。
「こんな怪現象はきいたことがない。しかしこんな山奥でもはや食糧も推進剤もないのだから、危険でもあの船をたずねるほかはないだろう」
船長の決断によって、『ばしりすく』はその超光速空間の中の船をたずねることにしたのぢゃった。
『ばしりすく』は超光速空間に自ら入ることによって、ようやく謎の船に追い付けそうになってきた、ところが。
「大変です、お頭。この超光速空間流内では情報伝播速度が場所によって違うので、近付くと船が引き裂かれてしまいます」
さしもの戸留奈船長も途方に暮れたそのとき、なんと「外」から『ばしりすく』に声をかけてきたものがおる。
「ぼく、びしゅぬ・しまざき。そっちじゃなくてこっちだよ」
船の外から声をかけてきたのは、なんと小さな船ぢゃった。
しかも喋る船ぢゃ。
まるで昔話、お伽ばなしの世界ではないか。そのとき、一同の胸に謎の船の正体を語るかもしれぬ不吉な伝説が思い浮んだ。しかしここまできてはもはや引き返すわけにはゆかぬ。
喋る船びしゅぬは、みごとに水先案内をつとめてくれた。たどり着いた巨大な船を前に、『ばしりすく』の面々はびしゅぬに丁重な礼を述べ、おっかなびっくり謎の船に乗船したのぢゃった。
船内には、人っこ一人おらんかった。広漠たる無人の船内は、一同の不安をさらにかきたてた。
一同は、船室を一つ一つ見て回ることにした。ほかにどうしようもないし、分散しては危険と思われたからぢゃ。
ある船室にはずらりと御馳走が並んでおった。
思わず生唾を飲み込む一同。
しかし船長はこういって、一同を押しとどめた。
「これを一口食べるともう二度とシャバに帰れなくなるぞ」
ある船室には、昏々と眠り続ける男がいた。この男は見ているうちに、若い男から壮年の男にかわり、さらに半分機械の鬼のような姿に変わり、またもとの若い男に戻っていった。
またある船室には重水素が、またある船室にはレーションパックや二酸化炭素吸着剤が、またある船室には機動爆雷がぎっしり詰められておった。機動爆雷はともかく、重水素やレーションパックは喉から手が出るほど欲しい。それさえあれば帰れるかもしれないのぢゃ。しかし一同は既に気付いておった。
ここはマヨイガ(迷い家)ぢゃった。
山奥で道に迷った人々を引き寄せる一軒屋。一見無人のように見え、広大な屋敷の無数とも思える部屋々々は様々な御馳走と無尽蔵の宝物に満ち溢れておるが、その主は山神サマとも山姥とも、また山神である山姥であるともいわれておって……
「気付かれたら食われちまう。こっそり持出すしかない!」
戸留奈船長がそう命をくだした途端、船内は暗転した!
闇からふ、とほの白く現われた姿は、航空宇宙軍の制服を着たアジア系の美女……
「マヤさまだぁぁぁぁ!」
一同は魂消て、われがちに逃げ出した!歴戦の勇者・戸留奈船長まで!!
なぜなら、マヤ・シマザキこそ、甲州最強の山姥にして山神、時空を操る究極最強の存在であることは、『ばしりすく』の面々も知っておったからぢゃ。
もはや船は船の形をしておらず、闇と金属と無数のねじまがった機械とプラズマ炎がごちゃごちゃにいりまじった混沌ぢゃった! その中を蛍のように明滅しつつ飛翔する無数の光の塊……
その一つは、今しも夢中で逃げる戸留奈船長にぶちあたり、こんな台詞を遺して、ぎゅんん!と飛び去っていったのだった……
「ま、また会っちまった! どうしてこんなところまでぇぇぇ!!」
え?待てよ?聞き覚えがあるぞ、今の声……といぶかる戸留奈船長の肩を、ぽん!と叩くものがいた!!
「や、ヘルナー船長、お久しぶり。何遊んでるんですかぁ?」
「お。お前はランス。なぜこんなところにいるんだ? お前は……お前は、はて……確かまだカリストにいたはずぢゃあ……」
「何寝惚けてんです? わたしらのほうがここに来るのがちょっと遅かったけど、皆さんのほうが先輩でしょ? ははぁ。また船ムルキラの姿になって、『ばしりすく』のクルーと『外』に遊びにいってたんですな。航海に出るのは船乗りの性ですからしかたないですけど、そのたびに記憶なくすの、なんとかなりませんかねぇ」
そういわれてようやく、ヘルナー船長はなにもかも思い出したのだった……
「すまん、すまん。しかしそればかりは、超光速シャフトの情報ギャップのせいだからどうにもなるまい。しかしマヤさんもビシュヌくんも、毎度付きあいがいいなあ」
「うちの隊長も、こんなになってもまだヘルナー船長みて逃げるんですからね。そーゆうもんですよ」
なにがどういうもんか判らんままに、『ばしりすく』のクルー一同は、帰還祝いのどしゃめしゃな人外魔境な大宴会に巻き込まれ……いや、進んで参加したのぢゃった。
それがどれほど外道なものかを再現しようというのが、ジンガイ教の祭典の起源なのぢゃそうぢゃ。
つるかめ、つるかめ。