「CB-8」も「ムルキラ」も山、山、山

中野[日本以外全部沈没]浩三

 甲州先生の『惑星CB-8越冬隊』と山について何か書けなんて言われていったい何を書けば良いのやら。一九八一年にカシミールヒマ-ルのクン峰(七〇七七メートル)にガイドレス登頂したようなヒマラヤンクライマーについて、日本を離れたことがないサラリーマンにどう書けというのだ。岩瀬さん、そんなんよう書かんで。
 ヒマラヤのイメージとは、ゴミの山、高い入山料、希薄な大気に岩と雪と氷と不安定な天候に弱層雪崩、高度障害、殺人的なジェットストリームに大名行列のようにポーターを雇い、ほとんどの隊員はサポーターで二、三名のサミッター、遭難死亡者の続出。無酸素登頂なんて薬(興奮剤あるいは麻薬に近い成分、またはそのもの)を使って登らないと無理。生きて帰った者が勝ち。そんな厳しい環境に普通の者ならあえて行きたいとは思わないでしょう。仮に行ったところで「来るんじゃなかった」と思い、トレッキングや下界見物をして帰国するのがいいところ。余人には想像できない。だからヒマラヤンクライマーはイカれていると言われる(失礼、あくまでもイメージです)。
 最近山と渓谷社のノンフィクション、登山家松田宏也の『ミニヤコンカ奇跡の生還』を読んだが、さて内容はというと、手足を凍傷で失い、パートナーを失い、仲間にも見捨てられて、食料や装備を失い、飢餓状態で凍り付いたザイルを口で解いて、孤立無援の瀕死状態で不可能とも思える下山を開始する。なんだか谷甲州の作品に何か共通した現実感が肌に伝わってきた。何だか『遥かなり神々の座』を思いだした。谷甲州の作品は行ったことも見たこともない世界を読者に鮮明な映像を観せてくれる。自然は厳しく、物にはビス一本に到まで単価がある。それが甲州作品だと思う。宇宙狭しとやられてもやられても湯水の如く武装恒星船が湧いて出るフィクション(誰の作品を言っているのか分かるでしょう)や、エッチでリッチでビューティフルなだけの近頃流行りの軽い読み物(ライトノベルと言うらしい)なんかと同じSFにするんじゃない。

 話が脱線した。『惑星CB-8越冬隊』と山の関係についての話だった。まずCB-8とムルキラからやってみる。
 ある日の大阪例会二次会で『惑星CB-8越冬隊』の話が出て、キャラクターが実名の登山家であるとの話になり、「それを言えばCB-8そのものが山の名前やろ」と言ったところ、意外にも誰も知らなかった。そうなってくると不安になってくる。もっとも週末ハイカーの筆者もヒマラヤやカラコルムには興味がないし(行こうにも体力も根性もテクニックも暇も金もない。ついでに語学にも難がある)、ボーッと山岳年間を見てたまたま記憶に残っていただけである。CB-8が山の名前であるのことを谷甲州に確認したことがある。確か名古屋で陰山夫妻の結婚を祝したコンヴェンションだったと思う。そのときCB-8がインドでの地籍測量番号で、地元ではムルキラと呼ばれていると谷甲州が教えてくれた。手元にある一九九二年度版の山岳年間で『 Mulkira(M4)』が出ている。このカッコ書きのM4がムルキラ4峰(はたしてそんな物があるかどうかも知らないが)を示すのかどうかは筆者には分かりません。それによるとピークは海抜六五一七メートルとなっている。
 この年にムルキラ川から遡った神戸中央ムルキラ登山隊によって登頂(初登ではないと思うがよく分かりません)されていたので、たまたま記録として記載されていた。甲州作品に登場するムルキラと呼ばれる恒星間を飛翔する鳥さんは、加藤保男が世界で初めてフィルムに収めたヒマラヤ越えをする鶴をイメージするのは考え過ぎだろうか。そんな気がしてならない。
 ラインハートとその弟、ギュンター。やはり超人ラインホルト・メスナー(Reinhold Messner イタリア人)と、一九七〇年にカラコルムのナンガ・パルバットから兄のラインホルトと下山中に消息を絶ったギュンター・メスナーだと言われている。ラインホルトについては著書が多くあるので本屋を漁ってみれば一〇冊位は出てくるだろう。暇とお金がある方は一読してみるのもよいかもしれない。この人も単独行が多い。八〇〇〇メートル峰全てに登頂した孤高の登山家。まさに超人ばけものです。
 カトウ、これは岩瀬[従軍魔法使い]隊員お気に入りの加藤文太郎だと言われている。確かに『惑星CB-8越冬隊』を読んだ限りでは『単独行』の加藤文太郎を思わせる。新田次郎の小説『孤高の人』のモデル(と言うよりも実名で登場している)になった登山家。RCC(ロッククライミングクラブ)同人で、山行のほとんどが単独行だった。兵庫県出身で三菱造船神戸造船所に勤めるサラリーマン(エンジニア)で、余暇を徹底的に利用し山行に費やした。昭和一一年一月に槍ヶ岳の北鎌尾根で三一才の若さで遭難死亡している。死後、遺稿集『単独行』が出版されている。これも本屋で見つけることが出来る(関係ないけれど社会人で余暇を利用して山行する場合、単独行が最も効率的だと思われる)。よもやカトウはかつてJECCにいた現在スイスで山岳ガイドをやっている加藤滝男やその弟で、一九八二年にチョモランマ登頂後消息を絶った天才クライマーの加藤保男だ。なんてことはないでしょうね。
 さてこうなってくると氾銀河人パルバティも怪しくなってくる。しかし日本を離れたことがない週末低山ハイカーの筆者には分かろうはずはなかった。
 なんだか『惑星CB−8越冬隊』を読んでいると登攀記録や登頂記を読んでいるような気がしてきた。

 岩瀬[従軍魔法使い]隊員の好意で『137機動旅団』のコピーを入手することができた。早速拝読するといきなりジャヌーときた。ネパールにジャヌー(クンバカルナ)って有名な山があったよなー。ジャヌー北壁について何か文献があったような気がする。アコンカグアといい、グルカといい初期の頃の甲州作品は山に関係した固有名詞や描写をよく見かける。固有名詞を見たら疑ってみるものいいかもしれない。
 甲州先生ごめんなさい。なんだか粗(でもないか)捜しみたいなことになってしまった。




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