第二部 天翔ける大砲王

陰山[空の要塞]琢磨

 我々が先史文明を讃えるためのモニュメントと推測していたマス・ドライバー脇の線状構造物は、全長数キロに及ぶ巨砲であった。しかし、ただ巨大な大砲では物体に軌道速度を与えることは出来ない。我々の操作班は飛翔体の乗組員との意志の疎通をはかるうち、原住民達の驚異の歴史を知ることとなった。
 以下は、その記録である。

 戦闘の帰趨は、その軍の持つ火力の射程で決る。この原則はとのような文明にもあてはまる。この星の二つの大陸をめぐる派遣争いでも歴史上の支配者階層は争って長射程の火砲を求めた。
 科学の黎明時にあっては、高度な文明を誇っていた先史時代の遺跡は、その発達にに大きな影響を与える。当然マス・ドライバーの遺跡も火砲開発を加速する要因となった。過去星々に手をととかせたマス・ドライバーの長大な遺跡にあやかり、長い砲身を作成した所、他の火砲にくらべ、格段の長射程を得たのだ。火薬ガスによって加速される時間の長い長砲身は、他の火砲にくらべ、大きな初速を得る。彼らにとってその原理は当時理解できなかったが、これは、彼らが先史文明から科学技術を学びとった最初の実例となった。先史人の超文明に対する償仰とあいまって、長射程の火砲をつくる鉄砲鍛冶たちは歴代の為政者たちに保護され、いつしか大砲ギルドともいえる組織となった。軍事技術の優劣が即ち国家の優劣と直結する状況下でその威信いや増してゆきギルドの総帥が大陸の統治者たる皇帝から[大砲王]の称号を得るまでに高まった。
 冶金と弾道力学のみを洗練してゆく中でいつから、彼ら大砲ギルドのメンバーが宇宙を意識しだしたかはわからない。しかし、大砲の射程を伸ばすにつれ、砲弾の落下点が常に地平線の彼方となる−−すなわち周回軌道にのることが、目標の延長線上に現われたことは間違い無い。そのための参考書は常に彼らのの前によこたわっていた。長大なマス・ドうイバーは、いうまでもなく電磁加速であったが、長持間加速するために長大な加速距離が必要となるという原理のみを同じくして、彼らは爆薬をつかって同じ目標に達しようとしたのだ。
 砲口漸減効果によるゲルリヒ理論にまで到達したとき、単一薬室による長大砲は原理的にいったん行詰まった。しかし彼らの執念は遂にブレイクスルーを成し遂げた。砲弾を段階的に長時間加速しようというのだ。ここに提示された砲の姿はかなり異様なものだった。主砲身の両側に、主砲身から斜め後万に枝分れした副薬室を多数配置し、一発の砲弾に高速燃焼ガスを次から次へとぶつけてやろうというのである。

ムカデ砲全景

 その形状から過去彼等が地球でムカデ砲と呼ばれていたらしいこの砲は、単一薬室内での強烈な爆圧に砲身が耐える必要がなく肉厚が薄くでき、更に一気に加速しないので砲弾自体の強度も低くて済むといつものであった。
 しかし、如何様に調合を工夫しても火薬の爆発ガスの膨脹速度は通常秒速三千メートルをこえることはない。したがって、弾丸の発射速度もそれを超えることはできないのだ。
 ムカデ砲での加速が限界に達したとき、重大な発明が行なわれた。彼らは、ムカデ砲の副薬室のなかにゲルリヒ理論を応用した高初速砲で発射薬を打込むことで、秒速2キロの壁を突破したのだ。発射する飛翔体の真後ろに秒速2キロで発射薬を打込む、その発射薬が炸烈すればそのガスは秒速2キロの運動量+2キロの膨脹速度を持つ事となる。発射に必要な炸薬をあらかじめ加速しておくことによって、砲弾にとつての発射ガス速度度は秒速4キロに達する。ムカデ砲による多段階加速によつて、この新たな理論上の限界速度にかぎりなく近い砲口初速を得る事が可能となった。
 炸薬をあらかじめ加速しておく発想から、炸薬自体を運搬させて一緒にに加速するというロケットの理論までは指呼の間だった。ギルドはまず、前述の原理の延長として発射薬を射ち出すための小型大砲をまず加速することにより秒速6キロをめざす、という手段を試みた。我々の常識からすると信じ難い迂遠さだが、ここで忘れてはならないのは彼らが閉鎖的なギルド組織であり、また周辺科学のサポートが不足している中で突出した狭い範囲の技術をひたすら磨きぬいてきた、という事情である。
 しかし遂に、とある若き俊才が、このコペルニクス的転回を成し遂げた。
 [砲弾]に[砲]自体を逆向きに搭載しよう−この発想がギルド内に生まれ、有無をいわせぬ実験により保守思想を屈服せしめた。これならば、理論上の限界速度はほとんど無限大にまで高まるのではないか? 相対性理論のような時空構造の一般理論をもたないかれらはそこまで夢想し、熱狂的な興奮がギルドを席捲した、という。(飛翔体の乗員はほろばろにすりきれた一冊の書物を相当質量分の糧食を犠牲にしてまで飛翔体内に持込んでいたが、それは当時ギルド内で書かれ回覧された一種の空想科学小説であった。幼き日の彼らは銀河を押し渡る夢をそれによって育んだのだ)
 かくして、彼ら生み出した[自己高初速推進砲搭載砲台]−エシジンノズルに相当するドーム状構造物の内部に高速砲で炸薬を連続的に射ち出すという飛翔体、見事、空の星々の仲間となったのだ。
 しかし、純粋な技術革新のみを数代にわたり追求していた大砲ギルドに、最終的な危機が訪れたのはその時だった。為政者にとって、すでに惑星を一周することができる射程を持った砲は、それ以上の開発の必要を失ってしまったのである。また末期の大砲ギルドは[大砲王]の権威と誇りににあぐらをかき、実用的な戦争技術よりも職人芸術的な自己満足や夢想をともすれば優先させる傾向があったが、この態度は上層階級ににおいて大砲ギルドの孤立化を進行させていた。そのため為政者の寵を無くしたギルドに肩入れするパトロンも現れず、試作の有人カプセルも放棄されてしまったのだ。
 我々が調査訪れたのは、この頃であった。衛星追跡用の反射望遠鏡で我々を捉えた彼らは、自らの存在意義ををもう一度社会に証明する為、試作カプセルを整備し直し、藍より青い成層圏の彼方へと飛立ったのである。

ゲルリヒ砲
 炸裂加速用ゲルリヒ砲
 ムカデ砲は内圧に耐えるためベトンで覆われている。
有人飛翔体
              有人飛翔体
 ゲルリヒ砲の発射の同期は、このカプセルの先端のカッターが、砲内のワイヤを切断することで信号を送る方法をとる。
 カプセルの後部の柱はショックアブソーバーとなっている。




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