それていく話

岩瀬[従軍魔法使い]史明

 冒頭からみっともなく言い訳してしまうのだが、このネタは筆者の能力を越えているようなのである。それなのにどーして書くのかというと、一つには原稿が足りないからである。筆者は甲州画報の編集人なので、そうなると自分で穴埋め原稿を書かなければならなくなるのである。
 もう一つは自分の能力を買い被っていたからなのである。せめて「地球外環境における星占い」とか、「スペースコロニーにおける奇門遁甲の応用」とか、数式が関係しないネタを選ぶべきだった! 
 従って本稿に対して意見・感想・批評・批判・非難などお持ちの方は、すぐに甲州画報に投稿して下さい。

 とにかく、主題に入ろう。今回のネタはコリオリ力。オニール型宇宙植民島での日常生活に、コリオリ力はどんな影響を及ぼしているか、ということなのである。
 脳味噌が文系している癖にこの手のネタの大好きな筆者は、半分本気で(ここがコワい)「スペースコロニーにおける枕の向きは、回転方向に頭を向けると足の血行がよくなり、逆向きなら顔が鬱血しがちであろう」とか、「スペースコロニーの暴走族は走る方向によってハンドルの取られ方が違って大変だし半径が違うコロニーにいったら勝手が違ってたちまち事故るに決っている」とか、あんまり根拠のなさそうなことばかり妄想にふけっていたのだが、真面目に整理してみると、自転によって疑似重力を発生させているスペースコロニー内での物体の運動で、惑星上と違う点は、

  1. 自転方向または自転方向の逆向きへの接地運動
  2. 放物運動

にほぼ整理できそうだ。

 まず a について。「接地運動」というのはようするに地上走行のことだ。自動車などだけでなく、人間が走ることや自転車の走行などもここに含まれる。
ようするに、回転方向に向かって高速で動くほど大きな疑似重力を受けるようになり(体が重くなり)、逆に反回転方向に向かって高速で動くほど受ける疑似重力が軽くなる(軽くなる)、ということだ。
 回転円筒内部での疑似重力の実態はいわゆる遠心力なのだから、回転方向に向かって走行するということは、つまりより大きな遠心力をもつことになる。反回転方向なら、自転 速度を相殺する方向に走るわけだから、当然疑似重力は小さくなるわけだ。
 地上車や走者がうける影響は水平運動であればほぼこの力のみといえる。(従ってコロニー円筒の回転軸に平行に走るときは、地上とほぼ同じとみなせるわけである)
その影響は、回転周期が早いほど、つまり1Gを発生させるという前提でいうとコロニーの直径が小さいほど、大きくなる。
 オニールの想定した植民島のうち最大のものである4型(直径6.4キロ)と3型(直径2キロ)についてそれぞれ考えると、反回転方向にまっすぐ走行することによって疑似重力を完全に相殺するのに必要な速度は、4型で時速約640キロ、3型では時速約360キロ。つまり3型では、大出力の現代の市販車でも「離陸」できるわけだ。
 考えてみるとかなり物騒なことである。後で詳述するのだが、いったん「離陸」した物体は、コロニー内ではとんでもないところへ落下するのである。「対岸」を含めて、どこへ落ちるかは初速と離陸角度と空気抵抗と数式のみが知る。しかも下手をすると何分も恐怖の自由落下状態を味わった挙げ句に、である。
 3型だと時速30キロでも疑似重力が15パーセント以上増減することになる。4型でも1割弱は増減する。つまり、回転軸にかっきり垂直に走れば、全速力で人間が走るだけで、体が重いとか軽いとか、くっきり体感できるだろう。
コロニー内での地上走行には、実際にはもう一つの要素が加わる。
 坂道では「それていく力」が働くのだ。
下りの坂道では反回転側に、上りの坂道では回転方向側にハンドルをとられることになるのだ。従って急カーブと坂が多い道を猛スピードで飛ばすと、実に厄介だろう。
極端な話、F1クラスの自動車レースを想定すると、尋常でない状況が予想できる。
3型ではたちまち「離陸」してしまうので話にならないだろう。4型ではどうかというと、回転方向へのストレートと反回転方向へのストレートとまるきり勝手が違うわ、バンクでは侵入角度によって様々な方向へハンドルをねじられるわ、地上のつもりでぶっとばしたら、超一流のレーサーでも大事故を起こしかねないのではないだろうか。

 つぎに b についてだが、コロニー内での放物運動ほど面白いシロモノはないようだ。
まずはじめに、投射角度:回転方向に対してマイナス90度・初速ゼロの場合−つまり「落下運動」についてである。
スペースコロニーにおける「落下運動」は、コロニー内の観察者にとっては垂直でも無ければ直線でもない。反回転方向側にだんだんそれていくように見える。コロニー外の静止系からの観察者からみると直線運動なのだが、コロニー内の観察者はコロニー内壁と同止系からの観察者からみると直線運動なのだが、コロニー内の観察者はコロニー内壁と同期して回転運動をしているためにそうなるのである。
 2メートルの高さから落下させた場合、直径2キロのコロニー(3型)で約8センチ、鉛直地点より反回転方向にずれて落ちるのだそうである計算すると、高さ1メートルでは約3センチ。また直径6.4キロの4型では2メートルで約5センチ、1メートルでおよそ2センチ弱、同様にずれて落ちることになる。
日常でも無視し難いずれといえるのではないだろうか。
 視覚的にこのずれをくっきりと示す筈の現象に、日常的な落水がある。
コロニー内に降る(というか降らせる)雨は、無風状態でも斜めに落ちるように見えるはずだ。またコロニー内の公園に湧く噴水や滝も同様、下が反回転方向側にずれて斜めに見える。斜めに歪んだ噴水というのはあまり見よいものではないだろうから、その点をデザインや噴出角度などで工夫して補わなければならないかもしれない。

次に、様々な初速をあたえて様々な角度に投射した場合のことを考えてみよう。
ここで問題にする角度は、回転方向に対する仰角である。
 回転方向または反回転方向以外の方向に投射する場合は、そのベクトルを回転軸に垂直な面と回転軸を含む面に投影・分解して考えればよい。
回転軸を含む面に投影された成分は、地上の放物運動と同様の軌跡を描く。
 回転軸に垂直な面に投影された成分は、以下に述べるような軌跡を持つ。
 あらゆる投射運動の軌跡は、この二つの成分の合成によって求められるわけである。
 そこで、回転方向または反回転方向にまっすぐ投げ、変化させるのは仰角(地上との角度)だけとする場合に話を戻そう。
回転方向に投げる場合の軌道は、比較的見当がつけやすい。
 とにかく急速にストンとおっこちてしまうのである。高い仰角で投げた場合は、地面に引きつけられるように軌道がねじ曲がって見えるだろう。そのねじ曲がり方は、仰角が高いほど、また1G環境とするとコロニーの半径が小さいほどひどい。
 反回転方向へ投げる場合の軌道は、たいていは上(ないしはさらに背面)へ大きくそれていく。しかも、反回転方向へ投げるということは、コロニーの自転を相殺するベクトルを与えるということなので、コロニー床のベクトルをちょうど相殺するような仰角と初速を与えた場合の軌道は、実にとんでもない。コロニー回転軸付近を何周もしたあげくにようやく落下するのである。しかも回転軸付近での速度は(つまり静止系からみた場合の速度は)極めて遅いので、滞空時間も長い。しかも落下−つまりコロニー内壁と再激突す度は)極めて遅いので、滞空時間も長い。しかも落下−つまりコロニー内壁と再激突するときの相対速度は、コロニー壁の速度に近い。つまり凄じい高速である。
 反回転方向へ走行し、離陸してしまったとき極めて危険だと前述したのは、そういう理由である。つまりその際の「初速」はほぼコロニー床速度と同じなのだ。
 実際には以下の論議では無視している空気抵抗というものがあるので、コロニー床との相対速度は低下していくだろうが、水平に走っていて車体下面にかかる揚力だけで浮かび上がってしまった場合でも、少なからぬ距離を跳躍する羽目になるのではないか。まして坂道などで上向きに離陸してしまった場合、はっきりいってどこへ落ちるかわからないだろう。これは怖い。無防備な頭上に大型爆弾が降ってくるに等しいのである。こう考えてみると、コロニー内では、交通法規も極めて厳格にしなくてはならないし、そもそも高速度を出し得る地上走行機械の持込みそのものが厳しく制限されなくてはならないだろう。
 ついでに指摘すると、一旦持ち込んでしまえば、3型のような半径の小さなコロニーでは、何の変哲もない自動車が、えげつないほど便利で危険なテロの道具に変身するわけだ! 以下に、参考までに、オニール4型コロニー(直径6.4キロメートル)の地上(内壁面)にて、様々な初速と角度で物体を投射した場合の着地地点を書く。
 なお、角度は反回転方向を0度とし、仰ぎみる方向に角度が増えていくとする(つまり90度が真上、120度だと回転方向から仰いで60度ということ)。また着地地点をあらわす値として角度で出してあるが、これは出発地点と着地地点を直線で結び、その線が出発地点からなす仰角として表現したものだ。

なお、オニール4型の壁面(床)の速度は秒速180メートル弱。これにさらに近い速度で反回転方向に投射すると、筆舌に尽くしがたい複雑な軌跡を描く。

 しかも。ここに載せたデータはあくまで、空気抵抗による減速を無視した場合である。たとえば通常のライフル弾だと、1キロ飛んだだけで初速の4割前後まで減速されるので非常に大きな影響を受けるわけだが、その影響まではここではとても算出できない。

 総括として、以上のような「それていく力」が、社会に及ぼす影響をまとめてみよう。

 まず、ミクロな視点、ごく身近な日常生活のレベルで考えてみよう。
 日常身近に経験する「ずれ」は、第一に、落下運動について。ついで速く移動するときの疑似重力の変化だろう。前述したように、4型コロニーですら日常無視できない視覚像や体感を持つ以上、コロニーの回転方向はごく自然に基本方位となるに違いない(従ってコロニーにおける「北」は回転方向か反回転方向のどちらかに違いない)
また、子供の遊びやスポーツには、地上とかなり勝手が違う現象がおこるはずだ。
 球技をするときのボールの軌道を想像してみて欲しい。コロニー内での野球では、フライを取るのに難儀するのではないだろうか。特に地上から来たばかりの人間は、コロニー育ちの人間にとても太刀打ちできないだろう。
次に、社会レベルの影響となると、極めて大きくなりそうなのが交通機関である。前述のような理由で、地上走行車に対する禁止・規制は極めて厳しくなるだろう。しかも理想的な実用交通機関として、「地下鉄」がある。コロニー外壁円周に外へやや膨らむ楕円軌道をつくってやると、反回転方向へは理論上エネルギーゼロで動くと言う、あれだ。軌道のとり方を螺旋状にするなど工夫すれば、公共的輸送機関はこれ一種で充分だろう。しかもさして広くないコロニーのこと。私用交通手段は自転車で充分かもしれない。
 ただしそれはあくまでも実用面での事。
 ハイテックでハイストレスなコロニー社会で、スピードの誘惑に負ける人間が出ないはずがない。しかもそれは地上走行車よりも、飛行機械にむしろ人気が集まるかも知れない。前述のように、反回転方向へ進行すれば、地上よりはるかに簡単に浮揚できるのだ。しかも高度が上がるほど疑似重力は小さくなるから、いったん離陸すれば飛び続けるのは簡単。コロニー床面との相対ベクトルが生じるから着陸の制御はけっこうむつかしいだろうし、ちゃちなメカであっというまに飛翔して、急速な減圧の為に急性の「高山病」にやられて気絶したまま墜落−なんてこともたやすくおこりかねないから、個人的にも公共の立場からしても極めて危険ではある。それだけにかえって、根強く流行り、「暴翔族」は深刻な社会問題と化すのではないだろうか。

最後に、軍事。考えるだけなら実に面白く、しかも既成SFが未開拓の世界である。
 いままでの論議からして、現有するような投射兵器で精密狙撃をおこなうのは不可能といえよう。コロニー内での精密狙撃のための照準補正に必要なデータ要素は、コロニー径に始まり、回転軸からの距離、弾丸初速と空気抵抗による減速勾配(従って弾種が違うと補正プログラムも変えねばならない)、目標までの方角と距離(軌道が大きく歪むので後者がないと無意味だ)である。コロニー内部に大きく膨らむ軌道を持つ場合は、気圧勾配の違いによる減速率の変化をも補正値に入れなくてはならないかも知れない。
 従って、コロニー内での狙撃はレーザなどの光速・亜光速兵器が通常使われることにな 従って、コロニー内での狙撃はレーザなどの光速・亜光速兵器が通常使われることになるだろう。また、固体弾の砲撃は補正プログラムAIつきでないと極めて困難だろうし、また、誘導ミサイルのような発射後方向制御可能な兵器の比重が高まるだろう。
 接近戦ではそれほどの影響は出ないはずだが、格闘戦ですら、微妙なところでコリオリ力の影響を正しく見積っているか否かで、しばしば生死が別れるだろう。(特に拳銃弾速がコロニー床面速度に近い場合、その影響は甚大なはずだ)
 従って、コロニー内戦闘では、コロニー育ちの兵が有利になるのではあるまいか。またAIなしの「名人芸」で固体弾狙撃ができる人間が出てくるかも知れない。そういう奴を解剖してみると、三半規管と が異常発達していて、しかも段々そういう人間が増えていくかもしれない。これこそスペースコロニー時代の「新人類」である。

 いや、実はそれこそが汎銀河人の特徴だったりして……

 最後になるが、本文の放物運動における数値は、ハードSF研究会の会報であるHSFL−93(1984年11月10日)掲載の多久島実氏による自由研究「円筒型スペース・コロニーにおける放物運動」の研究をもとに阪本隊長(当時)が作成したプログラムによって算出したものである。ここに両氏に篤く御礼申し上げたい。ありがとうございました。

 


 この記事を作成するための計算用に作成したBASIC のプログラムは以下のものでした。数値の設定もソースを直接変更するような手を抜いた作りでしたが、まぁ最低限の要はなしてくれました。今後、機会が有ればもう少しきちんと手間をかけたプログラムをJAVAででも作ってみようかと思います。(いつになることやら)

100 CONSOLE,,0,0 :CLS 3
110 SCREEN 3,0,0,1
200 R=100                 'コロニー半径(m)
210 H=1.8                 '物体の初期位置・地面からの高さ(m)
220 V0=20                 '物体の初速(m/s)
230 F=0                   '投射角度(地面方向が0)(度)
240 W=20                  'コロニーの回転速度(m/s)
250 DT=0.1                '計算の時間単位(s)
310 F=3.1415926#*2*F/360
320 W=3,1415926#*2/W
400 CIRCLE(320,200),199,4
410 LINE(120,299)-(520,200),1:LINE(320,0)-(320,640),1
510 RH=R-H
520 FOR T=0 TO 1000 STEP DT
540 XT=(V0*COS(F)-RH*W)*T:YT=V0*T*SIN(F)-RH
560 WT-W*T
580 X=XT*COS(WT)-YT*SIN(WT):Y=-(XT*SIN(WT)+YT*COS(wt))
590 IF ABS(X)>R OR ABS(Y)>R THEN GOTO 650
600 XG=(200/R)*X+320:YG=(200/R)*Y+200
620 PSET (XG,YG),7
640 NEXT T
650 END




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