甲紀13年新年会レポート

中村[不明]孝


怪電波^ー^;

 本日21時25分頃、某エーデルワイスより某猫目宅TELに怪電波が侵入した。
 「ベンジャミン(仮名)がいじめる〜〜〜〜」
 助けをもとめているようなその声は、牧田隊員の声に酷似していた。
 周囲のざわめきは頂点に達した人外協大阪の新年会のようだ。
 追っ手が到着し、牧田隊員の助けを求める声の代わりにベンジャミンがでる。
 「まきちゃんが、化粧してるよ〜〜ん」
 おそるべし、大阪!自主的にヴァレリアコンテストになだれ込むとは!
 詳細はつかめないが、どうやら隊長が牧田隊員に化粧をしているとのこと。
 一方、自主的にしているとの情報も入っているが正確なところはつかめない。
 大晦日に東京にいたはずの、しつちょうが大阪にも出現してるらしい。沖田隊員が、「これらかくるんだ〜〜〜」と叫んだが、一般庶民が現地に到達するのは難しいと思われ、作戦が不可能と断念。
 大阪近郊の隊員でこれを読んだ隊員はぜひエーデルワイスに一報いれるとどどうの新年会に今ならまだ間に合うかもしれないので、ぜひ結果をお知らせ頂きたいものである。現在確認できた参加者は19〜22名とのこと、ドッペルゲンガーも現れてさすが人外協:大阪と思い知る新年会のようでした。

 大合唱が流れる中、怪電波は切れるのであった。


石川県民の森キャンプレポート

 1992年10月17日

キャンプレポート[往路編]

小椋[引っ越しの神様マサマサ]雅夫

こんにちは。
 今年5月に入隊致しました、小椋[引っ越しの神様マサマサ]雅夫でございます。
 牧田隊員にキャンプレポを頼まれたような気がしますので、思いつくままに報告させて頂きます。

17日(土曜日)。
 阪急茨木駅に八時三十分集合との連絡を荻野隊員より受けていたが置いてきぼりされるのが怖いの一心で、ここでは書くのが恥ずかしいほど早く【到着】する。
 八時ちょい過ぎに赤座隊員が到着する。いつもの様に眠たそうな声で挨拶する。
 指定時間がせまってくるが荻野隊員は現れないので、赤座隊員は捜索活動を開始するが、わたしは置いてきぼりが怖いので動かない。指定時間を過ぎたあたりで手ぶらの阪本隊長があらわるが、そのままバスターミナルの方へ過ぎ去って行く。しばらくすると楠本隊員を伴って再登場する。
 4人が集合した時点で阪本隊長より今回のキャンプに於ける注意事項の伝達がある。八時五十分ごろに荻野隊員が すまなそうな顏で到着し、赤座隊員が借りてきた車の所に行くと、すでに目一杯に荷物を積んであるではないか・・・(荻野隊員、本当にご苦労さまでした)どうにかこうにか荷物を積んで、いざ出発!
 だがいきなり車中で阪本隊長から「画報発送用の封筒が百枚足りないのでどこかで購入の必要が有る」との事。そして当然のごとく画報の折り込み作業が車中にて開始される。ああ 大阪人の特権をしみじみ感じる私であった。
 そのうちに大津SAに着くと見慣れたシャツの青年が・・・牧田隊員だぁ〜とばかりに、いきなり肩をモミモミしてあげる。悲報の高橋隊員の車を見学する。確かに『悲報』が出るくらいの傷みぐあいであった。
 次の休憩SAの打合せの後出発すると、又、画報の折り込み作業である。一段落すると持参のカラオケテープを子守歌替わりに時速***Km出しているにもかかわらず助手席で眠りに付いた私であった。次のSAで食事をしようとしたが混んでいたので高速を下りてから阪本隊長の判断により食事場所を決定する事に合意する。
 すると高速を下りて最初のドライブインに車を突入させる阪本隊長であった。
 肉うどん七百円摂取。封筒と氷を購入する為に山中温泉へ行く。コンビニでは封筒がなかったので全員下車して文房具屋の捜索開始。すぐに本屋兼文房具屋を発見し店内に突入するが不愛想なおばさんは封筒のあるあたりを指刺すだけで後は勝手にせい!とゆー態度を取る。

 封筒を購入後、ただちに県民の森を目指して出発するが、いきなり旅館の駐車場で方向変換する事態に陥る。山中温泉を出てからは県民の森の表示がある標識が多かったので安心していると入口を通り過ぎてしまったではないか。
 十四時五十分 県民の森 駐車場到着。さぶいではないか。夜が怖いよぉ〜。
 十五時ちょうど 谷甲州ご一家 ご到着。続いて名古屋組到着。これから後はワタワタして正確なレポートが出来ないのでした。なにか火の番をしてて他の事はマッタクしてなかったような・・・ひょっとしたらお焦げは私の責任かもしれない(汗タラ)とにもかくにもスカタンな私を二日間に渡って相手して下さった皆様、本当に有り難うございました。


キャンプレポート[本番編]

楠本[イベント専門ツアコン]礼子

 昨夜無事に(?)帰還しました。参加された皆さん、どうもお疲れ様でした。
 うううう、でも楠本は最後は無事ではなかったのでした。大阪最終解散地、PONKIさん宅の階段ですってんころりとドハデにころんでしまいました。今は少し足首が痛みますが、2〜3日で治るようです。目撃者の皆さん、大変御迷惑おかしました。ごめんなさい。(ともくん、私はこまめにころんでたつもりですが、やっぱりまとめてころんでしまいましたよおおお(;_+))     (;_+)
 キャンプはとっても楽しかったです。夕食のカレーは最高の出来だったし、(だれがなんといおうと、あれは、最高だっ!!!!)朝御飯もおいしかったし、昼御飯だってとおおおおおっても美味だった。
 話しかわりますが、2日目昼近く、まいちゃんかまりかちゃんかわかんないけどいきなり「あ、てっちゃんだあ!!」と叫んだときはみんなびっくりしました。彼女達が「てっちゃん」といったら、あのMSG隊員のこと、一瞬「え?MSGがきたの??」とおもってしまっても無理ないこと。
 が、真相はバーベキューに参加するためにいらした水城雄先生とその御家族、そして犬の「てっちゃん」でした。大型犬(ゴールデンリトリーバー)でとっても元気の良い犬で水遊びが大好き!鎖からはなしてもらった途端水の冷たい川にはいって元気に遊んでました。この「てっちゃん」もみんなの人気者でした。
 ちなみに甲州先生はまりかちゃんとMSGとの婚約は認めていないそうです。MSG、あなたも前途多難だね。
 最後に、PONKIさんはじめ幹事の皆さんどうもご苦労様でした。
 あんなにたくさんの準備をするのはたいへんでしたね。どうもお世話になりました。

キャンプレポート[イラスト編]

磯崎[閣下]加代子

 


《甲紀13年・忘例会レポート外伝》
神無月隊員の類い希なるドライビングテクニック

徳山[たたかうパン職人]健司

 ども、『松っちゃん』こと徳山[たたかうパン職人]健司です。
 ツアCON、並びに長良川忘例会では皆さんご苦労さまでした。僕も人外協のイベントではHAMACON以来の久しぶりの顔見せだったのですが、気兼ねなく盛り上がることができて大変楽しい宴会でした。
 木村[でいぶ]晴美隊員から、忘年会のレポートを書いてくれというメールを貰いましたが、わたしゃ名古屋および新岐阜での集合時間に遅れて行った上、オプションツアーにも行かなかったのでたいして書くこともあまり思いつかないので、しょうがないから十二月の東京例会一次会でも話題になった『神無月』こと宮地 [ばぐってハニー、おかあさまとおよび] 昭祥隊員の類い稀なるドライビングテクニックの話でもしましょう。

 忘例会二日目、往路東京からひとりで来ていた私に、車で来ていた神無月氏の「東京まで乗せて行ってあげようか」という誘いに飛びついた私は、同乗のガメラ隊長の「かんなの運転は怖いよ」という言葉の真意をまだ量りかねていたのであった。
 オプションツアーに向かう人達と別れ、しばらくしてから人通りの少ない、さして広くもない農道で、いきなり80km/hまで急加速したかと思うと急制動をかけ、常にアクセルかブレーキを目一杯踏み込むことしかしない神無月氏の運転が始まったのであった……。
 高速に入るとさらに加速性は増し、アベレージで 140km/h瞬間最大時で 170km/hまで出るファミリアは、シルビアや180SXを次々に追い越しながら一路東名を東進したのであった。富士川SA(サービスエリア)で後から追いついてきた『葉月』氏(本藤昭彦氏)に出会うと、がぜん対抗意識を剥き出しにして、富士川から海老名のSAまでカーチェイスをすると宣言。同乗のガメラ隊長と私の「いややー、まだ死にとないー」の言葉を尻目に猛スピードでひた走り、ついに葉月氏のシルビアより先に海老名までたどり着いたのであった(もっとも後で葉月氏に聞いたところによると、あの辺は覆面パトがいるので気をつけるように葉月氏がパッシングかけたのを神無月氏が煽られたものと勘違いして余計に飛ばしてしまったらしい)。
 なんとか都内に入り東京駅八重洲口まで車をまわそうとしたところ、首都高の出口で迷ってしまって銀座から新橋、東京を迂回して上野にまで行きかけたところ、小伝馬町交差点で私が「(東京駅は)右だ」というのを無理に左に曲ったためさらに道に迷いそうになる。かくて神無月氏の方向音痴は隊長のお墨付きをもらったのであった。

  今月の家訓
   「神無月にハンドルを握らせると、
    (スピード狂と方向音痴で)二重に怖い」

 てなわけで、久しぶりにスリルある経験をさせてもらいました。
 え、私ですか? でも誘われたら多分また乗っちゃうんじゃないかなぁ。つるかめつるかめ。

 あー、なんだかあんまり面白くならんかったなぁ。没ってくれても構いませんよ。なお、この文章は若干の誇張がありますがほとんど真実に即して書かれたものです。
 文句は言わんよーに。


’92 木村同窓会リゾート

落合[いまいちキャラクターの薄い、MSG]哲也

 すんまへん。リゾートやなくて、レポートです。ま、それはそれとして。
 そうこうしているうちに、会場に着いた。タクシーから降りて鵜の家「すぎ山」を見上げる。すると、なんとそこには百羽は超えるであろう、鵜の群れが鋭い視線で私を見下ろしているではないか。嘘だけど。
 私は思わず視線を下げ、インネンをつけられないようにしながら、急いで旅館内に入ろうとした。まだ嘘が続いています。
 だが性格の悪そうな鵜どもはそれで見逃してくれるはずもなく、「ゲェ!ゲェ!」と群れの長であるハマジの鳴き声で一斉に喉に仕舞い込んでいた魚を私めがけて吐き出し始めたのだ。
 信じないでください。
 今回の同窓会で最も驚いたのが、同窓会だった事である。何故同窓会かというと、宴会案内の看板に「木村同窓会」と書いてあったからで、これはもうまったくもって同窓会としか言い様がなくなっていたのだから、ミステリーである。

 うう。もう止めます。 変な文章書くのは・・・。

 さて、現隊長である、当麻隊長の乾杯の音頭で宴は始った。始りは特定できるが、宴会の終わりが何時であったのかは人それぞれの様だ。

 まだヘンですね。

 でもって、同窓会にこだわるのも、妙な嘘を書くのも止めてしまうと誠にいつもの人外協の宴会でありまして、広い部屋、それぞれにキョーレツなたくさんの人達、何を話したか、誰と話したかすら覚えていられない騒ぎの数々。爆笑フレーズ、宴会派生流行語等も続出したのと思うのですが、よく覚えていません。何故なら、最近やっと人外協の宴会に出てでも声が涸れずに済むようになったくらいの素人でして、まだまだ冷静にレポートを出すなどという芸当が出来るほどの宴会達者では無いのです。影も薄いし。
 ただ、名古屋支部同窓会長である、デイブ木村さん(ハーフ)に同窓会のレポートを書くことを申し渡されたので、事後情報を収集してみました。
 それによれば「ご隠居、乱行がすぎますよ」と「先生・・・。なぜこんなところに・・・。」という謎の言葉が発見され、どうやら、ご隠居は元気一杯であるらしい事と、あまり地元でSF者を集めたりするとろくなことは無いらしいという事しかわかりませんでした。この辺は岩瀬さんか、他の人のレポートに詳しいのではないかと思います。(詳しくなかったら参加者の人フォローをお願いします)

 「リスの愛はエサと共に消える。」

 かの天才、ヨハン・セバスチャン・バッハの名言でありますが、「オプションツアー・金華でリスをだまそう」において私は実感いたしました。あれほどまでに愛らしく、見るもの全てに安らぎと感動を与えるリスがここまで現実的なしっかり者だったとは。これはもう、リスをだますどころか、こちらのほうがだまされたと言っても過言ではありません。

 リス村に行かなかった人のために少々説明いたしますと、リス村とは、日本で最初にリスの自治権を認められた、リスのリスによるリスのための独立村であります。
 「金華山リス村」が発足したのは昭和38年の秋で、当時リスの民族運動推進の最右翼であった若き雄リス高田潔氏が暗殺された事件をきっかけに世論が沸騰、戦闘国家リス村が日本より独立した経緯は未だ歴史家の間では重要な研究課題ともなっているそうです。
 いわゆる、日本近代歴の暗黒面とでも言うのでしょうか、その内実は現在もまだ闇のなかだという事がパンフレットに書いてありました。
 また、金華山といえば忍者の里でもあるそうですが、戦国時代より連綿と続く忍者とリスの関係は大変興味深いものであり、日本政府とまっこうから対決し、独立を勝ち得たほどの底力は忍術無くしては語れないであろう。忍者屋敷も今はただの観光地になってしまい、現存する正統んあ忍者集団はリス村だけなのではないか、等という考察もパンフレットにありました。奥が深い世界でございます。

で、リス村の税関で100円を支払い、リス村に入村しますと、そこはもう別世界。なんと人間がリスの世話をする、リス上位の世界なのです。
 ここで働く人間のおいちゃん達はリスのために全てを捧げていて、リスが「疲れた」と言えばリス村関所を閉鎖し、物見高い観光者たちを外に待たせ、リス様の休憩を邪魔させないようにするのです。我々オプションツアー参加者はちょうどこのリス村の休村時間にあたってしまい、一旦は後退を余儀なくされましたが、休憩完了体力全開絶好調のリストの対決は望むところであり、弱っている者と勝負してもつまらないですから、好機と思ったほうが良かったでしょう。双方ともに充分の気合いで、いよいよ時間いっぱい、待った無しです。
 おじさんに皮の手袋を片手分だけ借りてその手袋をつけ、手のひらにエサを乗せてもらって、リスにエサを食べさせるのですが、これを敵にまず塩を送り、信用を得るための一時的有効状態にしか過ぎません。エサが無くなってからが、本当の勝負なのです。
 さて、リスは一旦手のひらに乗ってエサを食べ始めると、それが無くなるまで手のひらから降りません。エサが無くなると、ぷいといなくなってしまいます。そして、また手のひらを上に向けている人間(=エサを持っている)を探して襲うのです。(森の妖精、モモンガのように飛び移る)。
 リスは大抵、人間の腰の少し下といった程度の高さの棚の上をちょこまかと走り回っているのですが、エサをやろうとして、これみよがしに上に向けた手のひらを差出してくる人間に対し、リスは狡猾にも、その手のひらを覗きこんで、エサの有無を確かめます。
 ここが勝負なのです。
 リスの目線から手のひらを防禦し、少しずつリスが飛び乗ることができる限界の高さまで手をあげていくと、リスは段々と背伸びをしながら手の動きにつられて姿勢を換えていきます。リスをあきらめさせず、なおかつ「いじわるな人間だが、ひょっとしたらエサがあるのかもしれない、いや、あの勿体のつけからは絶対にエサ有りだ」と思わせなければなりません。
 そうすると、思案の限界点、つまり手のひらの位置が跳躍力の限界をこえる直前にリスは飛び乗ってくるのです。この勝利の快感はなにものにも換えがたく、これぞ人類の特権である。
 と金華山リス村の常連である、五藤[社長ぉぉん]三樹さんは語っておられました。

 それにしても愛くるしかったですね。リス。

 昆虫博士。忘年会

 しかし、小学生とかでこういうあだ名付けられたりするセンスって、どうにかならんもんでしょうか。
 オプションツアーの金華山の後、昆虫博物館にも行きましたがリス村のことでえんえんバカな事書いてますので、(げげっ。百行超えそうだ・・・)パスします。

 まとめ。

 うう。こんなん、レポートって言うんでしょうか?
 同窓会会長ーーーそれにしても楽しい暴例会でした。幹事 No.1 から No.5 までの幹事集団の皆様、お疲れさまでした。またよろしくお願いします。:-)

 参加者のみなさまもお疲れさまでした。ひょっとしたら、非礼な事をしてしまった人もいるかもしれません。先にあやまります。すみませんでした。非礼な事をされなかった人は今謝った分、後で返してください。
 ツアコンにおいて、私は「3杯目」であるということに決定したようだが、「3杯目」って何をするんだろう?酒を飲んだから3杯目は芸をしなければならないのだろうか。
 うーーーむむ。よーわからん。




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