「あ…厚い」 と、言うよりは「厚過ぎる」。普段は14〜18ページだというのに、『甲州画報』82号はあろう事か22ページもあった。普段の2割から4割増し、正しく「大増ページ」と言う奴である。某同人誌の版元である湘南屋主人は、それによるコスト増をザッと計算して青ざめた。 く…隊員が約220名だから、8ページ増として…1760ページ?!…ウチの1刷分とほぼ同じジャンか!!> そして、その主たる責任が自身にある事は明白だった。 「……………」 だが結局、5秒ほど悩んだだけで、殆ど何の反省も無く、主人は次の投稿に取りかかるのであった。 全く、同人屋につけるクスリというモノは無いらしい…
…っ〜事で、再登場致しました私は、“湘南屋主人”こと[闇商人]でございます。 多少、危惧はしてたんですが、案じた通り、山本さんの苦悩はなお続き、しかも今度は鈴木さんまで御悩みとか…。宜しい。しからば、その悩み、まとめて解いて進ぜましょう。
ところで、その前に−− 先月号の自分の文章を読んで些か愕然としてしまったんですが…誤植が多いですねェ、『画報』って。 私が誤記した箇所も確かに有りますが(例えば、“X−Lay”は“X−Ray”の誤記だが)、7割方は誤植ですよ、それどころか、文章が7〜8行分も抜けてちまってて、文意が不明になっちゃってる所まであるんです。ナンボ何でもこりゃヒドいですよ(そういう訳で、今回は自分でワープロ原稿を作りましだ)。 で、本題に入る前に、その「文意に関わる誤植」、「欠落部分」を訂正して置こうかと存じます。
以上の文章を原稿には書いたのに、『画報』ではこれが完全に欠落しちまってるのです。ナンボなんでもこれだけゴッソリ落とされちゃ、文意もクソもあったもんじゃ有りませんわな。ホントにもう、こんなコッチャ困りまっせ(さりとて、時局も御苦労も理解は出来ますので、こうして自分で版下を造ることにした訳ですけど…)。
では以下、本題に入ります。 先ず、山本さんの御悩みから…(今回は余計な「注」や蛇足は“なるたけ”省きます。それと、御質問の性質上、敢えて順番を崩します)。
@… 某「超訳」ならいざ知らず、真っ当な「翻訳」をやろうというお話なのでしょう? ならば、時制や名詞の性は勿論の事、語義や言回し、踏韻に至るまで、可能な限り原文に忠実であるべきです(別に、邦訳版『フィネガンス・ウェイク』級でなきゃ駄目だとはまでは申しませんけど、凡そ翻訳を手懸ける者は、万分の1でも良いから、あの境地を目指しませんとね…)。
C… ヴァルキリーの代名詞は“he”です。それ以外には考えられません。 何故ならば、機械であって機械で無く、さりとて人工生命とも言えず、だが作者からは一貫して「彼」と呼ばれる存在−−それこそヴァルキリーだからです。 モノ扱いや女性扱いをしたら、その「味」を殺してしまいます。 B… 大体の所は『謹言』に書きましたが、その後思いついた「妙手」を御披露致します。それは、宇宙戦闘モノのハードSFか、海戦モノのノン・フィクションを、「軍事用語和英辞典」として使うという「手」です。 邦訳本と原語版(この場合は英語版)を入手し、邦訳本の中から、知りたい語彙や言い回しを捜し出し、英語版のそれに相当する部位と対比するのです。これならば、かなり凝ったSF的造語や専門用語でも「解読」は出来る筈です(最適なのは『銀河辺境シリーズ』ですが、原書&邦訳本の入手難を考えると、現時点では『スター・トレック』の方が適当かも知れません)。 A… それでは、以下、本題の英訳に入ります。 ◎≪無人索敵機≫= イディオム(慣用句)なら“R.P.V([アール・ピー・ヴィー]=Remotely Pilot Vihicle[リモートリー・パイロット・ヴィーグル])”か、“drone”[ドローン]といった所です。これでも「索敵」という意味をも包含しますが、「索敵」という語意を強調したいのならば“scout drone”[スカウト・ドローン]とすれば宜しいでしょう。 因みに「索敵」とは、「何処にいるのか。そもそも居るか居ないのかさえ不明な敵を捜索する行為(『水星遊撃隊』P.95の“戦闘哨戒”とほぼ同義)を意味し、“scout”[スカウト]と訳します(“search”[サーチ]は、「所在不明な“存在”を探す行為一般」即ち「捜索」の事で、意味する範囲がもっと広くて、索敵以外の意味をも多く含み、殊に、非軍事的な探索活動の意味に用いられがちなので、訳語としては不適当です)。 更に、所在が明白な敵の情勢を探りに行く行為を「偵察」“reconnaissance”[リコーニサンス] (米語では“recon”[リカン])、邀撃が確実な場所を強引に偵察する事を“reconnaissance(=recon) in force”[リコーニサンス・イン・フォース]と称します(「強行偵察」「威力偵察」と2通りに訳し分ける*1)。
◎≪後方トロヤ群≫= “behind Trojans”[ビハインド・トロージャンス]か“behind Trojan Group”[ビハインド・トロージャン・グループ]。 ちなみに、「前方トロヤ群」は“Ahead Trojans”[アヘッド・トロージャンス]、或いは“Ahead Trojan Group”[アヘッド・トロージャン・グループ]。そして双方を併せた全体・「トロヤ群小惑星」は、“Trojan Asteroids”[トロージャン・アステロイズ]です。*2
◎≪低感度センサー≫= “low-sensitive detector”[ロー・センシティヴ・ディテクター]。 遠方探査メカの英語名として“sensor”を用いるのは、和製英語ぽくて感心しません。と、いうのは“センサー”には「1つの素子に納まってしまう様な小型探査器」とか、「近距離探査装置」という語感が有るからです(「ダメ」とまでは言いませんが…)。
◎≪転回≫= これは微妙な言い回しに成ります。御懸念の通り、「針路は変えず、船体の向きだけを変える」と「向きも針路も変える」を表現し分けなければ成りませんから…。 前者に関しては、そのものズバリの軍事用語が有ります。「転回する」(自動詞)は“face”[フェイス]、「転回させる」(他動詞)は“face about”[フェイス・アバウト]です(「××の方向に転回する」という場合は、後ろに前置詞“on”“to”あるいは“toward”を付します。なお、これの前後を入れ替え、“About face!”とすると、これがどういう訳か、「回れ右!」という号令になってしまいます。因みに「右向け右!」は“Right face!”、「左向け左」は“Left face!”)。 後者の「船体の向きも針路も変える」に最適な語は、やはり“turn”[ターン]でしょう。 ただの“turn”は「180度の反転・転針」を意味します(全くのUターン)。これを“turn to 〜”[ターン・トゥ・〜]とすると「ある程度の角度の変針」という意味に成ります。更に“turnabout”[ターナバウト]とすれば、「転回」あるいは「旋回」、“turn about”[ターン・アバウト]と、2つに分ければ「“振り向く”(=180°回頭)」と、方向転換系の意味を持つ様になります(但し、「変針」「反転」というニュアンスが常に付き纏いますので、本当に「針路変更」するのでない限り、“turn”は避けた方が無難です)。 因みに、『砲戦距離一二,〇〇〇』P.122の溝口大尉のセリフは、私ならこう訳します。 “What? You may sleeping. Next watch is me. We don't accelerate for a while, because the covoy is expect to do face about in next watch.”(何だ?次の直は俺だ。船団は今度の直のうちに転回するから当分の間、加速はないぞ。寝とってかまわん)*3
◎≪哨戒体制≫= 「哨戒」ちゅうても、「基地から飛び出してって洋上を索敵する」のと「航海中、周囲を油断無く見張る」では意味が全然違いますから、当然訳も異なって来ます。前者ならば、“patrol”か“scout”ですが、この場合は後者。逐語訳はちょっと無理なので、意訳します。原文が… 「哨戒態勢だ! 船団にイエロー・シグナルを送れ」(『砲戦距離一二,〇〇〇』P.123)*4 ですから、この“イエロー・シグナル”という単語を活かして、“condition yellow”[コンディション・イエロー]とするのが適当でしょう。SFにはよく出て来る語彙です。信号の三色と同じで、“condition red”[コンディション・レッド]が「危険」=即ち「戦闘態勢」を、“condition green”[コンディション・グリーン]が、「安全」=「平常態勢」を意味します。そして、その態勢への移行を支持する命令が「アラート」(alert)であり、“red alert”が「警報」或いは「非常警報」、“yellow alert”は「注意報」或いは「警戒警報」を意味するという訳です。 原文の「イエロー・シグナル」は「イエロー・アラート」発令を伝達する無線符牒*5…と理解すれば宜しいでしょう。因みに、近縁のイディオムを致しましては、「総員配置に付け!(all station!)」、「戦闘配置に付け!(battle station!)」、「全砲門開け!(all guns free!(all weapons free!)」、そして「全艦撃ち方止め!(all stations stand out!)」などがあります。
◎≪機動爆雷≫= “high-maneuver torpedo”。理由は≪謹言≫に詳述しましたので、省略。
◎≪先行投射≫= 「投射」とは、一般的には「投影する」事、乃至は「投げる」事ですけど、まさか索敵機の映像を投影したり、索敵機をマジック・ハンドで掴んで投げたりはせんでしょうから、実質は「発射」の事です(アポジ・モーターか何かを噴かして離艦するのでしょう)。なので、「先刻、前方へ発射した」という意味に意訳します。と成ると…“shot (out) ahead”では如何でしょうか? (shot は過去形及び過去分詞形です。現在形では shoot に成ります)。
◎≪爆散同心円≫= この言葉、語呂・語感は大変良いんですが、文法的に解析すると些か足らない所があり、そこを補わないと訳せません。だって「爆散・の・同心円」じゃ、日本語としておかしいでしょ? 私はこの語を「爆発飛散物により形成された同心円状のゾーン」と解釈して見ました。これを逐語訳するなら、“consentic circles of exploded”という所ですが、それじゃ丸っ切り「ジャングリッシュ」です。どうも、やはり意訳しないとダメなようです。この場合、意訳のキー・ポイントと成るのは「爆発飛散物」という語です。「爆発飛散物」って何でしょうか?…要するに「破片」の事ですよね?。それによって形成された円形(立体的にみれば円盤状)のゾーンとが「爆散同心円」であるなら、「破片の円盤」と言い換えても意味は通るでしょう。この「解釈法」で訳すなら“splinter disk”又は“splinter circle”という訳が一応考えられます(当人にとっても今イチな訳語ですが…)。*6
◎≪中間点折返し反転減速≫= 「…定加速、中間点折り返し反転減速という基本パターンに…」(『砲戦距離一二,〇〇〇』P.121)が原文なのですので、「軌道の中間点で反転し、減速する」という意味だと解釈した上で訳しますと、こう成ります(前置詞、間投詞等にはかなり不安あり)“face about at orbital median, and deceleration ”[フェイス・アバウト・アト・オービタル・メディアン、アンド・ディセラレイション]
◎≪機動軸距離≫= これに関しては「“機動軸距離”てなんじゃらホイ?」ってトコから手をつけなければ成りません。 まず出典ですが、これはどうも『砲戦距離一二,〇〇〇』P.127のジョンソンのセリフ 「全くなし。軌道軸距離30万を切った。狙いは船団だな。まちがいない」 が出所と思われます(つまり「機動」は「軌道」の誤記か誤植)。 次に、ではこれは一体何の事なのか?。 P.125に<…その輝点は、警備艦の斜め前方、約50万キロほどの所に位置していた。軌道修正しなければ、最接近距離10万キロでその人工物の横を通過する…>とあります。これだけ判れば三角関数で、位置関係の全体像を掴む事が出来ます(しかし、英訳するのにサインを解かなきゃならんとは…)。 計算によると「人工物」=ヴァルキリーは、発見時点で警備艦の針路から11.5度の方向・距離50万にあり、警備艦は発見から約610秒後にそれに最接近する事、最接近点までの距離は約49万キロ…という事などが判ります。ジョンソン少尉の報告の時点では、ヴァルキリーはまだ「死んだ」まま公転軌道を漂っていますから、秒速800キロで飛翔する護送船団はその軌道を殆ど直角に横切る格好になります(「直交」という奴)。そして、船団は護衛艦の後方60万キロ…と、これだけデータが揃えば答えは明らかです。警備艦とヴァルキリーの直線距離を表現するのに、こんな持って回った術語(テクニカル・ターム)は必要有りません。それ以外の各パラメーターで「30万」などという大きな数値を持ちえるものといったら、コレしか無いからです。P.122で述べられている様に、この時代の軍事常識では後方からの攻撃は殆ど無視してよい…とされています。危険なのは敵に最接近する迄の間だけな訳です。だからこそ、こんなテクニカル・タームが出来たのでしょう。 と、いう事であるなら、訳はこう成ります。天文学では「近日点」「近地点」といった最接近点の事を“perigee”[ペリジー]といいますから、直訳ならば“distance of orbital axis”[ディスタンス・オブ・オービタル・アクシス]ですし、「最接近点まで、あと30万を切った」という意味の意訳をするなら“less than 300,000(from perigee)”[レス・ザン・スリー・ハンドレット・サウザント(フロム・ペリジー)]になります。ま、会話文として適当なのは後者でしょうネ。
◎≪主計≫= “Quartermaster”[クォーターマスター](略して“Q.M.”)です。因みに「安井一等主計兵曹」は“Q.M.POfc Yasui”と表記します*7。近代軍艦に於ける<主計科>は、企業で言うと「経理課兼総務部」に相当する「事務方の何でも屋」です。近代以前は「倉庫管理と用品配給」のみを担当していましたが、現代では経理を本業とし、他に兼業として、食糧と消耗物資の調達・管理(燃料・弾薬は管轄外)、戦務と運航に関係無い諸々の雑事で軍医科と乗艦海兵隊(=艦内憲兵)の縄張りでない事全てを担当しています(給食もその一つ)。 従って、それら広範な業務の全般を統括する主計科将校は、単なる経理士官ではないという意味からも「主計士官」と呼ばれますが、その部下の内、炊事専従の下士官・兵は「烹炊員(“cook”[クック]または“mess crew”[メス・クルー]*8)と呼ばれるケースが多い様です。主計科の管轄下にあるとは言え、調理専従なので、事実上、別組織を成しているからです(大型艦ともなれば数千人分の食事を1日4回出さねばならないので、雑用などやってる暇は有りませんでした。戦闘中でさえ、戦闘食を用意していた位なのですから…。但し、潜水艦は例外で、乗員数が限られる上に、保存食品に大きく依存していた関係で炊事も一般主計員が兼任していました。宇宙艦もこれに準じている模様です)。 因みに−−民間船舶のでは、“Quartermaster”は「操舵手」を意味する(海事英語の複雑さの一例ですな)。
◎≪既破砕弾頭≫= 初見時の語感は「余程特殊なシチュエーションでも無い限り、人間が発するコトバじゃねェな…」というものだったんですが、案の定、話者はヴァルキリー(P.131)でした。「既に破砕した弾頭」って要するに破片ですからネ、ヒトならば「破片」とか「破片弾幕」とかで片づける所です。 これは“exploded warhead”[イクスプローディド・ウォーヘッド]と意訳します。「既に炸裂した弾頭」という意味です。 因みに、弾頭が自分で炸裂した場合と、迎撃により爆破された場合では訳が全く異なって来ます。後者だと“destroysd〜”[デストロイド]です。
◎≪破砕弾幕≫= 多少、意訳に成りますが“splinter barrage”[スプリンター・バレージ(or スプリンター・バレッジ)]、前項でちょっと触れた「破片弾幕」の意です。
御次ぎは、鈴木[技術系社員]氏の御悩み相談。単刀直入に答えましょう。 「空母機動部隊」の訳は“Task Force”[タスク・フォース]*9 「機動隊」の訳は“Riot Police”[ライアット・ポリス](但し、普通名詞。固有名詞−−部隊名としては“Riot Squad”を用いる。例えば、<警視庁第1機動部隊>ならば“The Metropolitan Police 1st Riot Squad”)です。*10
ふーーっ、今回はシンドかったワ、…ところで、翻訳に手を染めておられる皆様に、ごく初歩的な事を伺いたいんですが? 「何の為に翻訳をなさってるんですか?」 これが例えばローダン系FCで、本国版を輸入して翻訳して読む…っていうのなら話は判りますが、甲州作品は訳さなくたって読める訳ですからね。どうにも意図が判りかねます。 隊長様からの「悪魔の御誘い(=訓示)」や、山本さん本人からの勧誘もあったんですけど、私はこれに深入りする意志は、そういう訳で今の所、ありません(大体、そろそろ夏コミ本の準備に入るし…)。 但し、相談に関しては別ですけどネ
≪そういう訳で、この項(たぶん)つづく≫
*1…「強行偵察」とは、敵地を探れるだけ探り、本格的にヤバくなって来たら一目散に逐電する方式。戦略偵察機や潜水艦など「逃げ上手」の偵察法である。 これに対し「威力偵察」は、戦闘部隊を偵察に送り込む方式で、いざとなれば戦闘をも辞さない。戦闘になったらなったで、それで敵の戦力を「実測」するのである(主に陸戦で用いられる。と、言うより、陸戦では、敵地にまで入り込む「侵攻偵察」はほぼ「威力偵察」に成るいっても良い。なぜなら、侵攻偵察隊は小競り合い程度の戦闘には確実に遭遇する事に成るからだ。陸兵は移動速度が航空機や艦艇と比べて比較に成らない程ノロく、かつ運動が二次元的な為、敵を振り切って逃げるのが困難なのである)。
*2…<トロヤ群小惑星>は1988年の段階で116個発見されている。内、65個は木星前方・L4点付近の<前方トロヤ群>に、51個は木星後方・L5点付近の<後方トロヤ群>に属している。 この<群>で最初に発見された第588番小惑星が、たまたま<アキレス>と命名された事から、以後、木星軌道上を公転する小惑星にはトロヤ戦争の関係者名を当てる事が慣例化し、そこからこの群名が生まれた。 因みに、<前方トロヤ群>にはギリシャ側関係者名(例:No.588<アキレス>、No.624<ヘクトル>、No.659<ネストル>、No.911<アガメムノン>)、<後方トロヤ群>にはトロヤ側関係者名を付けるルールになっている(例:No.617<バトロクルス>、No.884<プリアムス>)。 尤も「ラグランジュ軌道小惑星の典型」と言われている割りには実態が伴わない。<前方トロヤ群>はL4点(木星前方60°)を挟んだ、75°付近の第1集団と50°付近の第2集団に分裂しているし、<後方トロヤ群>に至っては完全に分散・木星後方45〜80°の宙域に散在しており、まるきり集団としての態を成していない。 何しろ、木星前・後方60°の両L点どころか、その近傍に占位している星さえ1つも無い始末なのである。 因みに、これに限った話では無いが、日本人が自然科学の術語として知っている単語は、その大部分がラテン語とギリシャ語とアラビア語であるので、これが英語化されると相当に語感が変わる(字面はそんなに変わらないが)。「トロヤの」が「トロージャン」に化けるのは、まだおとなしい方で、火星の<アルギューレ・ドルスム(“白銀山嶺”)>は「アーギャイア・ダーサム」、<ヘルクレス(座)>は「ハーキュリーズ」、<ペテルギウス>に至っては「ビートルジュース」に“変身”してしまう(小生は、米国モノの科学番組を観てると、時々、貴奴らの言語中枢を刳(えぐ)り出してやりたくなる…)。
*3…「溝口サンは何を言いたいのか?」という心情を考えて、敢えて語順などを弄りました。溝口サンとしては要するに「そう堅くなるな。直はオレが早めに引き継ぐし、当分は取り立てて仕事も無いから、しばらくゆっくり休め」と言いたい訳です。なので、本当に言いたい部分を前に回し、ダツ少尉の気を使って何やら理屈をこねてる部分を後回しにしてみました。それと、前線の軍人同士のざっくばらんな会話−−それも上官が部下に話かけている会話ですから、わざと前置詞や関係代名詞の一部を抜かして、乱雑な感じを出してみました。
*4…訳してみます。 “Condition yellow! Send yellow-signal!” 「船団に」は必要ありません。単独で護衛している警備艦が注意報を発する相手と言ったら、護送船団の輸送船に決まってる訳ので、送信先をいちいち支持する必要なぞ無いからです。
*5…語句暗号(コード)の中でも極端に短いもの。それこそ、たった1字とか数字とかで成り立っており、それがかなり長い文章や詳細な文意を持つ。例えば、旧日本海軍の例で言うと、「ヒ」の1字を際限無く連打する(=連送)すれば、それだけで、索敵機が敵機と遭遇した事が受信者には判るシステムになっていたし(「ヒ連送」は「我、敵機ト遭遇ス」を意味する索敵機専用の電信符丁だから)、「Z」という信号旗を1枚だけメイン・マストに掲げるだけで、「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」という文章を伝える事が出来た。 <航空宇宙軍>のイエロー・シグナルが何なのかは推測するしか無いが、ま、常識的に考えるなら「Y連送」だろうが、換字暗号(サイファー)に組んで送信するらしい。P.134で大尉が「平(ひら)でかまわん!」と叫んでいるからだ(と、言っても、21世紀末だから、暗号管理は自動化されている筈で、ボタンを数個叩くだけで済む事なのだろうが…)。
*6…宇宙空間で弾体が爆発した場合、普通なら破片は全方位に飛散して<爆散球>を形成してしまう。だが、陰山琢磨氏が『SALAMANDER−−火竜の誕生−−』(ニ笑亭・刊、1994年。同人誌)でビジュアル化された“機動爆雷・アグニ”の様に、弾頭を指向性化すれば、有効破片は漏れなく前方へ投射され<爆散円(盤)>を形成する事になる。これはそう難しい事では無い。硬質重金属合金(タングステン・カーバイトか劣化ウランが適当だろう)のペレットを集合した金属板(核爆発によってペレット単位に分解し、均質かつ均等密度の破片弾幕を形成する)を、投射用核爆弾の前方にだけ置けば良いのである。 弾頭外殻や、推進部の残片は側方や後方へ吹き飛ぶから、厳密には<球>になるが、こういったものはまぁ無視して宜いのではないだろうか? 因みに、『最後の戦闘航海』に登場する<ショットガン型機雷>の弾頭は、弾殻や核爆弾の形状を工夫し、破片がコーン状では無く、円筒状に噴出するようにしたものと推定される(破片の密度と速度は飛躍的に向上するので、ヒットした時の効果はもの凄くなるが、危害半径が著しく狭まるので<爆雷>向きでは無い。目標にほぼ正対した状態で多数機が同時に接敵する<機雷>にのみ有効な弾頭形式だと言える。 真正面から多数の<スプリンター・シリンダー>を叩きつければ、回避する事なぞまず不可能な訳だから…。
*7…“Q.M.POfc”とは「クォーターマスター・ペティ・オフィサー・ファースト・クラス」の略。 <クォーターマスター>は陸軍・海軍・商船とも「クォーターの仕切人」という意味だが、その『クォーター』が何を指すのかは全くバラバラである。陸軍の場合は「兵営(クォーター)」の事で実に明解だが他二者は少々ややっこしい。 どちらの場合も、西洋の帆船の構造に由来している。帆船は後部が主甲板より1段高くなっている。その長さが全長のほぼ「1/4(ア・クォーター)」である為、これを「クォーター」と呼んだ。ここは船内で一番住みごこちが良い所なので、内部は船長室と士官用の大部屋に成っている。その為、帆船の幹部連は「ザ・クォーター・デック」と通称された。帆船士官の食糧は水夫とは別枠で用意され、このクォーター内の専用倉庫に保管されたが、そこのカギは大部屋住まいの仕官連の先任者“クォーター・マスター”が持つのがシキタリで、ここから物品管理係士官を“クォーターマスター”と呼ぶ様に成った。 「クォーター」の上の甲板は船長と高級士官、それに一等乗客しか立ち入れない「聖域」であるが、水夫でありながら例外的にここに立ち入れる−−と、言うより、ここで勤務する者がいた。操舵手である。ここから操舵手を<クォーターマスター>と呼ぶ隠語が生まれた。しかし、海軍には既に士官の“クォーターマスター”がいたので、ここには定着せず、民間船に根づいた(民間船は基本的に貿易船だったから専門の経理係[パーサー]が乗船していた。会計係としての“クォーターマスター”が商船には広まらなかったのは、それに相当する語が既に有った為らしい)。
*8…「メス」には様々な意味があるが、その中に「取り散らかっていて薄汚い」「まずい食事」というのがある。 兵員食堂は「まずい食事しか出さない、薄汚れた場所」なので「メス」と呼ばれるのである。
*9…<空母機動部隊>の訳語は「タスク・フォース」だが、「タスク・フォース」の和訳は<空母機動部隊>とは限らない。なぜかというと、「空母機動部隊ではないタスク・フォース」というのが多々存在したからだ。 米海軍では「海軍作戦部の指揮下にあり、将官が指揮する特設部隊・臨時部隊」を「タスク・フォース」と称している。だから、<空母機動部隊>であるものがある反面、戦艦隊や辺境警備部隊、揚陸艦群であるものもあり、甚だしくは、海軍総指揮下の海兵隊の<遠征侵攻軍>や、陸軍の歩兵師団、基地航空隊までが、この名を冠していた。 それ故に、専門家の中には「タスク・フォース」を<任務部隊>と直訳し、けして“機動部隊”とは訳さないヒトも多い。 因みに、「タスク・フォース(TF)」を数群に分けたものを「タスク・グループ(TG:“任務群”)」、TGを更に分割したものを「タスク・ユニット(TU:“任務隊”)」と称し、<第77任務部隊第4任務群第2任務隊>の場合、これを“TF77.4.2”と略記した(“77”は第7艦隊所属の7番目のTFである事を表わす)。
*10…「ザ・メトロポリタン・ポリス」は意訳すれば「首都警察」、「ラリアット・スカッド」は「暴動鎮圧班」。どちらも完全な意訳である。 因みに、日本警察の公安活動専門部隊が、<機動隊>と改称したのは1957年である。<機動隊>のルーツは1933年<警視庁警務部>内に設置された<特別警備隊>と、それを真似て道府県警察部におかれた<警備隊>だが(1946年、GHQにより解体)、1948年、これが先ず警視庁に再設置された際には<警視庁予備隊>と命名された。米国では暴動や災害時にのみ召集される非常勤警官隊を「ボリス・リザーヴズ」と呼んでいたので、<予備隊>とすれば彼らの受けが良かったからだ(その、国家レベル版として、1950年に<国家地方警察>内に設置されたのが<国家警察予備隊>−−現在の<陸上自衛隊>である。機動隊と陸自は実はイトコの関係にあるのだ)。 <機動隊>は現在、<警視庁>に9隊(第1〜第9)、7つの<管区警察局>に各1隊、各道府県警察に各1隊ずつ(もう1隊を随時編成する事が出来る)あり、他に成田空港専属の<新東京空港警備隊>という名称の機動隊も置かれている。
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