山本様、それはまた途方もないことに手を出してしまったものですネ。
私こと、“闇商人”は、ミリタリー系同人サークルの「湘南屋」というのの代表
ところで、会報中では触れられていませんでしたが、今後絶対に問題になってくるであろうテクニカル・ターム(術語)があります。
―それは「爆雷」。
何といっても航軍史の“顔役”とも言うべき存在ですからネ。
ところが…これが意外とナンブツなのです。現用のテクニカル・タームで「爆雷」というと、
- 潜水艦攻撃用の沈降爆弾:depth charge bomb
- 戦車攻撃用の携帯式爆弾:mine
…の2種類の兵器のことですが、航軍史の<爆雷>に相当するものは無論1でしょう。<通常艦攻型爆雷>なんて、予想会合空域めざして惰性でまっすぐ飛んでくだけですから、まさしくこのイメージです。
だがしかし、「depth charge
bomb」と直訳すれば「海中攻撃弾」という所ですから、まったく使いものにならないのです。和名は<爆雷>で良いとして、英名は全く別のものを考えなくては…。
(註:例会の席でも、「爆雷」ってどう訳せばいいんだろーな、depth chargeは使えんし〜〜と田中隊員、林隊員ともに首をひねっておりました)
「ミサイル」(missile)はダメです。<投射ミサイル>というのがありますから。
「ボム」(bomb:爆弾)では? …意味論では正しくとも、イメージが何か、…ねぇ。「マイン」(mine:この場合は「機雷」)も別に使うからダメ…となると、「トーピード」(torpedo)ではどうでしょうか? 「魚雷」のことです。古くは「水雷」と訳され、機雷も含めた水中爆発物全般を意味した語です。これなら、しずしずと忍び寄っていく通常爆雷にも、エンジン全開で突撃する機動爆雷にもマッチします。
<爆雷>全般と<通常型艦攻爆雷>を“Torpedo”、<機動爆雷>を“High-maneuver
Torpedo”、『星の墓標』にでてくる<核爆雷>(X線レーザー砲を弾頭にした爆雷)を“X-Ray Laser Torpedo”と訳してみてはいかがでしょうか?
もう一つ、おまけ――
<投射ミサイル>の訳は、ただの「missile」で充分かと存じます。
私は、『砲戦距離12000』をはじめて読んだときから、「なんで殊更、“投射”が付くんだろ…?」と不可解に感じていたんですが、これを書くために辞書をめくってて、ふいにひらめきました。「無誘導だからだ…!」と。英語で「ミサイル」という場合“guided
missile”と、殊更に“guided”を冠します。「誘導弾」という意味を強調するためです(“missile”の本来の語意は「飛翔弾」「飛び道具」といった所、「誘導兵器」という意味合いは、ない)。航軍史の宇宙船用兵器は事前プログラム式か自動追尾式ばかりで「誘導式」というのは“オルカ”と“オルカ・キラー”くらいしかでてきません*8。この「投射ミサイル」にしても事前プログラムと自動追尾の併用とみられます。
射ちっ放しであることを強調するために殊更「投射」の二字を冠したのではないでしょうか?*9
ですから―ただの「missile」とするだけでも「射ちっ放し」というニュアンスは出ます。そこの所をより強調したいのであれば、「fire and forget
missile」(略して「FF missile」、これもイディオムです)とでもすれば宜しいかと存じます。
ま…事々左様に、軍事用語と言うのは難解な代物です。
中世から連綿と続く西欧の伝統*10の上に、俗語やら、各時代*11の流行語やら、比喩*12、ダジャレ*13、暗号名*14、古語*15、方言…etcがデタラメに積み重なった、脈絡の乏しい言語体系ですからネ。一つ一つを暗記しているミリフェチでなければとても理解できるものではありません。
英語力とは殆ど無関係といって宜しいでしょう(“ガンシップ”*16を正確に訳せる同時翻訳者に、私はいまだかってお目にかかったことがない)。
全く、どえらい代物に手を出してしまったものですねぇ…。
一つ、指南致しますと―
研究社とか講談者とかの「大和英」にはかなり軍事用語が載っていますのでこれを頼りにしてみて下さい。もう絶版になっちゃったけど『軍事用語辞典』(アイピーシー・刊、1987、\16480-)という専門辞書もあります。尤も、こいつは「英和」ですから、予備知識がないと殆ど使い物になりませんけど…。
それと、本のことでお悩みの様子ですが、私の手許に『火星鉄道一九』が5冊ありますので、1冊以上4冊以下なら「売り」ますですよ(他にもヴァレリア・ファイル1セットとか「イデオン」のプラモとか、いろいろと売り物があります。私が「闇商人」と呼ばれるのは、この手の「闇物資」を「密売」しているからなのです)。
何か判らないことがありましたら、名簿の住所までどうぞ…。
尤も、この調子じゃヘタすると、殆ど全編、私が訳すことに成りかねないよーな気がしますが……。
*1…水雷課の非将校(=特務士官、下士官、兵)の中で最先任者(階級が最も高く、同級者の中では序列が最も高い人物)であるもののこと。つまり水雷科のヌシである。重巡の場合、「水雷長」(“水雷科”の科長のこと。肩書きからは「科」を省く。これは他の「科」でも同じ)は少佐または中佐、「掌水雷長」は特務少尉か特務中尉でした。
“特務士官”というのは一兵卒から累進して、兵学校を経ずに士官になった者のこと(階級の前に「特務」を付す)。戦前の場合では、特務少尉は40歳前後というのが普通でした(戦時中は昇進がスピードアップされたため30前後で特務士官になれた)。これに対して正規の海軍士官は海兵(海軍兵学校)を出て1年以内に少尉に任官(だいたい20歳前後)、それから更に11〜12年で少佐に進んだので、少佐である水雷長は総じて30代前半でした。航空士官のような特殊な兵種を除き、兵科士官(念のため付言しておくと、兵科士官と機関科士官だけが「将校」である。軍医科、薬剤科、主計科、造船科、造機科、造兵科、水路科の士官は「将校相当官」といい、「士官」ではあるが「将校」ではなかった)は、大尉時代に専門分野を決め、そのための学校(水雷科なら「海軍水雷学校」)で約1年履修してからその任に就いたので、水雷長の少佐は、実は水雷の専門家になってから、長くても10年、短ければ5年程度に過ぎませんでした。それにひきかえ、掌水雷長の方は艦隊任務に就いてからずっと水雷一筋で来ているため、少なくとも20年のキャリアを持っており、彼や古参の下士官の補佐無しには何事も為し得ないというのが実態でした。
*2…陸軍部隊の最小単位は、平時においては「中隊」だった。「小隊」「分隊」は戦時にのみおかれた。中隊は中隊長(大尉または中尉)1名と中隊付将校3〜4名、特務曹長(のちに准尉)若干名、下士官(曹長・軍曹・伍長)約20名、兵120〜150名からなり、平時には4〜6の「内務班」に分割されていた。この「内務班」の統率者が内務班長―つまり「班長」なのである。「班長」は軍曹か曹長であり、25〜30名を預かり、日常生活全般を取り仕切る(補佐役―「班付下士官」―として伍長が2人付く)。
戦時においては「中隊」は3乃至4の「小隊」に、「小隊」も3乃至4の「分隊」に分かたれる。(一個分隊の人員は十数〜20人)
小隊長には「中隊付将校」が就き、分隊長には軍曹もしくは伍長がなる。曹長は小隊長付下士官(“指揮班長”と通称)になるので分隊長にはならないが、軍曹である「班長」はほぼ百%が分隊長に横すべりする(内務班より分隊の方が数が多いので、伍長の半数〜全員も分隊長になる)。そのため、軍曹である分隊長は「班長殿」と通称されることが多かった。
*3…“mobile”は形容詞と名詞を兼ねるが、名詞としての意味は「可動部」「可動彫刻」なのでちょっと使えない。形容詞としての意味の中には「動きやすい」「移動性の」というのがあるので、『機動宇宙服』という意味で“mobile suit
尤も『GUNDAMCENTURY』(みのり書房刊)によると「モビル・スーツ」の「スーツ」は「服」という意味ではなく、“Space Utility
Instruments Tactocal”(戦術汎用宇宙機器)の頭文字だという話だが…(“Mobile suit”ではなく“Mobile S.U.I.T.”だというわけ。全体としては「戦術汎用機動宇宙機器」と訳せる)。
*4…「警備艦41号」なら“Escort 41st”という具合に。
意味的には“Patrol boat”(あるいは“craft”または“vessel”)でも構わないのだが、『仮装巡洋艦バシリスク』のグルカ哨戒艇や『水星遊撃隊』の哨戒艦のために“Patrol”という語はとっておきたいので敢えて外した。“Escort”でしっくりこないなら「コルヴェット」(corvette:フリゲートより1ランク下の商船護衛用艦艇のこと)でもいいと思う。
ちなみに<グルカ>は“"Gurkha" type Patrol craft”、「哨戒艦」は“Patrol vessel”と訳すのが妥当な所。
*5…英語では「Mercantile Auxiliary Vessels、直訳するなら「商船改造補助艦船」。
“Auxiliary”というのもやっかいな言葉で、ケース・バイ・ケースで「補助艦船(=特務艦船)」を意味したり、「特設艦船」を意味したりする(単に「Auxiliary
Ships(または―vessels)」と書けば「特務艦艇(または―艦船)」のことだが、個別の艦種名に「Auxiliary」をかぶせるとたいていは「特設―」の意味合いを持つ。例えば「Auxiliary
Minelayer」なら「特設敷設艦」という意味である)。
*6…国が違えば軍艦の分類基準やカテゴリーの幅、艦種名が違うのは当たり前。<レニー・ルーク>と<バシリスク>は所属国が違うのだから艦種名の基準自体がくいちがっていてもおかしくはない。
察するに、外惑星連合軍では惑星艦航宙が可能な戦闘宇宙艦を全て<クルーザー>と称し、航空宇宙軍では、それらのうち汎用のものを<フリゲート>、商船護衛用のものを<警備艦>、定軌道哨戒用のものを<哨戒艦>と呼び分け、更に、レーザー砲のみを装備する護衛艦艇を<砲艦>、外宇宙用ラム・スクープ艦を<巡洋艦》>と称していた模様である(第1次外惑星動乱前後の時点での話)。してみると、「警備艦」はやはり「コルヴェット」と訳す方が、他との整合性が良いように思える。
*7…日本艦は5〜5.5インチ砲4門、英艦は6インチ砲1〜2門というのが標準。ナチス・ドイツ海軍《クリークス・マリーネ》のAMCは重武装な上に小型(6000総トン以下。たった4000総トンという艦さえあった)であり、かなり異色な存在だった。これは使用目的が全然違うためである。
日英は、正規巡洋艦の洋上パトロール任務を肩代わりさせるためにAMCを整備した(従って、航洋性を重視し、客船をベースに用いた)のに対し、独は水上戦闘艦の代用品としてAMCを創った。従って武装は強力でなければならず、敵方や中立国の商船に化けるために、一番ありふれた目立たない船―中型貨物船を改装したのである(ご丁寧な事に、武装は収納したり、クレーンなどに偽装して隠せるようになっていた)。“commerce
raider”(商船襲撃艦)とも呼ばれる所似である。
<外惑星連合軍>の仮装巡洋艦は、独のAMCにかなり近い正確を持っているから、あえて“commerce raider”と訳すのもいいかも知れない。
*8…「誘導式」ということは「外部からコントロールできる」ということですから、敵方のECM(電子妨害)によって、コースを狂わされたり、自爆させられたりする恐れがあることになります。航軍史の時代では電子戦技術がさらに発達しているはずですから、長距離でのミサイルの電波誘導は殆ど不可能になっていると考えられます。その代わりに、事前プログラム(慣性誘導)方式と、自動追尾方式が発達したのでしょう。
ちなみに現用兵器でも、ICMB、SLBM、巡航ミサイルなど核弾頭兵器は万が一にもECMで狙いを外される訳にはいかないので、全て事前プログラミング方式になっています(都市とか基地とかいった、絶対に逃げないものが目標だからそれでも支障はない)。
*9…あくまで推論。真相は谷先生のみがご存知の事。けど…「もう忘れた」なんて言うかもなぁ〜〜。
*10…その最たるものが階級名。同じ英語圏であっても英国とアメリカではかなり違うし、軍種によっても違う。しかも同じ単語が場合によって別の地位を意味する。
*11…「ジープ」というのは、当時『ポパイ』に登場していた、生きている車の名。(今となってはだれもオリジナルをおぼえていない)
*12…「パイナップル」→手榴弾のこと。米軍の第2次大戦型がそっくりな形をしていたことによる。「ニップル」→雷管のこと。銃砲用のものが乳首(ニップル)に似ているため。
*13…「ミート・チョッパー(挽肉製造機)」→米軍の4連装12.7ミリ対空機関砲のこと。これで歩兵を撃つと挽き肉になるから(……)。
「ウィドー・メイカー(後家作り)」→B−26爆撃機。よく事故を起こして、未亡人を製造したから。
*14…「タンク」→機密保持のため「自走式飲料水運搬機」(略して「水槽《タンク》」)と偽ったため。
*15…「プレス・ギャング」→現代語として直訳すると「たちの悪い報道関係者」としか訳せないが、これは古語。エリザベス朝時代の英国の<強制徴兵隊>のこと。“press”は「強制」“gang”は当時は「隊」を意味した。「チーマー」に対する「チーム」のような関係と思えばよい。
*16…大抵「砲艦」と訳すが、それは違う。正しくは…
gunship:
対地制圧攻撃機。輸送機に火砲・機関銃・ロケットランチャーなどを左横向きに据えつけたもの。目標の周囲を旋回しながら、長時間に亙って銃砲撃を加えることができる。
「軟目標」攻撃用戦闘ヘリコプター
…つまり航空機のことである。
「砲艦」は gun boat。“gun vessel”は「砲艇」と訳す。但し、イギリス英語で「gun
ship」というと「砲術練習艦」を 意味する(空飛ぶ“gunship”は米語)。