英訳プロジェクト顛末記

当麻[ガメラ兼隊長]充弘

  (起)
「わしらも、谷甲州ファンクラブらしいこと、何かやらないかんなぁ。」
 そんな話が出たのは、TOKON9(1990年)の後だったと思う。いくつか企画が出た筈だが、よく覚えていない。その時、阪本隊長(当時)から、「当麻、これやれ。」と言われたのが、「火星鉄道一九」の英訳だった。
 日本の作品が海外に紹介されることは(現在でも)滅多に無いので、いくら良い作品を書いていても、海外で評価を受けることはまず無い。甲州作品を海外で評価してもらうには、まず英訳して紹介してみることだ、というのが動機だった。いったん海外に紹介して、それが評価を受ければ、プロの翻訳家も放っとかないだろう。そういうわけで、当時の合言葉は、「めざせ、ヒューゴー賞」だった。
 ただし、担当となった私自身、英語は学校教育以外には何も受けてないし、もちろん英訳なんかしたこともない。このため、「途中でポシャったら恥ずかしいから」という理由で、一応甲州先生には内緒にしておくことにした。

  (承)
 そういう風にして始まった英訳プロジェクトだが、やっぱり素人には難しい。阪本隊長が、英語訳が分からない単語をピックアップしてくれたり、中村[不明]隊員が全文章をコンピュータに打ち込んでくれたりと協力をしてくれたが、やっぱり本人の能力がネックとなり、英訳は遅々として進まなかった。やがて私の仕事が忙しくなり、茨城県鹿島郡で工場の立ちあげなんかをしていたので、英訳は2章の途中で止まったままだった。
 翻訳を再開したのは、 1992年のワールドコンに行くことに決めてからだった。せっかく行くのだから、それまでに何とか英訳の方をなんとか完成させたい。
 幸い、仕事の方は工場の立ちあげが終わって比較的楽になったので、英訳に再び取り組むことになった。(ちなみに、このころ私は八畳二人部屋の寮に住んでいた。同室の奴にしてみたら、妙な奴と同室になったもんだと思ってただろうなぁ。)別に英語の実力が上がったわけではないので、相変わらず翻訳は遅々としか進まなかったが、なんとかその年の8月の大阪例会に間に合わせ、阪本隊長にフロッピーを預けた。

  (転)
 フロリダで行われたワールドコン・MAGICONのジャパンパーティの席で、横須賀の米軍基地に勤めているクリフォード氏と知り合った。氏は柴野拓美先生の翻訳に協力をしておられる方であった。その話がでるなり、柏谷[グレート]隊員が「当麻君、英訳もってるやろ。添削してもらったらいいやん。」と言い出し、阪本隊長がプリントアウトして持ってきてくれた英訳を彼に見せることになった。クリフォード氏はその後、パーティの間中ずっと添削をしてくれた。パーティがお開きになったとき、「続きは持って帰って添削し、後で郵送してあげる。」と(英語で)言ってくださった。
 クリフォード氏は2月くらいに添削した翻訳を送ってくださったのだが、なんと郵便事故でこれが届かなかった。4月になって、これ以上待ってると添削したものを書き直すのが、今年のワールドコンに間に合わない、という怖れが出てきたので、おそれおそれクリフォード氏に手紙を書いた。さいわいクリフォード氏がコピーを持っておられたので、それをもう一度送ってくださった。
 クリフォード氏の返事が来たのが4月の末、それから私は「こうしゅうえいせい」の仕事があったので、添削の書き直しが遅れ、結局完成したのは8月末、ワールドコンに行くぎりぎりであった。これをNIFTYの電子メールで送った竹林[Nina]隊員夫妻が印刷をしてくださり、ワールドコン大阪出発組が製本してくださった。

  (結)
 完成した英訳本は、ワールドコンで無料で配布した。ダイコンのスタッフがディーラーズを取っていたので、そこに一部分を置かしてもらい、それ以外はワールドコン参加者が手渡しで配布した。
 ジャパンパーティの席上、他の人と話していたら、阪本[代替わりしたので初代]に呼ばれ、何かな、と行ってみると、ジェリー・パーネル氏がこの英訳本を持っておられた。どうも翻訳した人間を紹介してくれ、とおっしゃったらしい。緊張しながら挨拶すると、「この本にサインをして欲しい」と言われた。頭がクラクラしながら、自分の名前の横に漢字でおそるおそるサインをした。ジャパンパーティに来られていた他の作家(ニーブンやブリン)や編集者にもこの本は渡された。
 翌日、カールセーガンが代表となっている THE PLANETARY SOCIETY というところのプロジェクトで、「将来、火星に移住する人々へ、我々の時代からのメッセージ」という目的で(要するにタイムカプセル)火星について書かれた小説を集めてCD-ROMに入れて1995年9月に打ち上げるプロジェクトがあるが、 この「火星鉄道一九」を候補に入れたい、との連絡が柴野先生を通じて来た。選ばれると、ウエルズやアシモフやトルストイの作品と一緒にタイムカプセルに入ることになるそうである。もっとも、私の翻訳では話にならないので、アメリカのライターが書き直しをしてくださるそうであるが。

  (エピローグ)
 というわけで、苦しんで生まれた甲州英訳であるが、ワールドコンでの反応は非常に良好で、しかも運にも恵まれて(これが「火星鉄道一九」でなかったら、カールセーガンの話なんか関係無かったから)話が作った我々の想像を越えて大きくなってしまったのであった。ワールドコンのホテルで飲んでいるときに、
 「こんなに話が大きくなったら増長するしかないな。」
という話をしていたので、これが今回の訓示につながるのです。はい。

  (P.S.)
 英訳版「火星鉄道一九」は、ワールドコンで無料配布する分しか作っていなかったのですが、増刷したいと思います。詳細は伝言板にて。




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