宇宙で一人の人間が生活するためには、相当の節約をしても一日あたり、約30キログラム、一年間にすると11トンもの物資が必要となる。地球周辺での数日から数ヶ月の宇宙活動ではそれほど問題にならないが、それ以上宇宙で滞在しようとすると地球から酸素や食糧等の物資を補給するのは非常に不経済になる。また、恒星間宇宙船を考えた場合、出発してから帰還するまでの間は補給が不可能であるので、宇宙船だけで自給自足をすることが不可欠となる。
閉鎖生態系に必要な技術
 閉鎖系の生命維持システムはCELSSと呼ばれている。これはClosed Ecological Life Support Systemと言われていたが、完全な閉鎖系を実現するのは難しいということで、最近ではControlled Ecological Life Support Systemと呼ばれるようになった。 CELSSには最低限,ガス(大気)の循環システム、水の浄化循環システム、食物連鎖を成立させるための排泄物分解処理システムが必要である。それぞれについて、簡単に触れておく。
大気の循環システム
 大気の循環システムは、食物連鎖の循環と密接に関っている。植物の光合成により二酸化炭素を消費し、酸素を供給する必要があるからである。閉鎖系にいる動物(主に人間)にとっては大気は地球と同じ組成であることが望ましいが、植物にとって最適なガス環境は二酸化炭素がもっと多い環境(地球上の10から20倍)であることが過去の実験から分かっている。このため、効率のよいガス環境を実現するためには人間用のガス環境と植物用のガス環境を分離したほうが良いことになる。そのためには大気の循環ループの中で酸素・窒素・二酸化炭素を分離・濃縮・貯蔵し、必要に応じて補給すべきガスをそれぞれの生活空間に戻してやる必要がある。
 大気の分離方法としては次のような方法がある。
・モレキュラーシーブ法
 特定ガスを吸着しやすい多孔質微粒子の槽に気体を通し、ガスを分離する方法。
 スカイラブ宇宙船内で使用されたものであるが、処理できる気体量に対して処理システムが大きくなりすぎる問題がある。
・電気化学法
 空気に電圧をかけて二酸化炭素をイオン化して分離する方法。
 電圧により空気中の二酸化炭素が陰極で炭酸イオンになって電解液に溶け、陽極で二酸化炭素に戻って放出されることにより分離が出来る。ただし、陽極には水素ガスを供給するため、放出されたガスを水素と二酸化炭素に分離する必要がある。
・可逆化学反応を用いたもの
 例えば、NH2やNH3の基を持つアミン類は二酸化炭素とよく反応し、温度をあげると再びアミンと二酸化炭素に分解するので、このような化学反応を用いて大気成分を分離する。現状では反応が気体と液体の反応になるので分離などの問題であり、アミンの固体化が課題であるが、反応効率がよいので最も有望な方法である。
 酸素についても同じ様な反応を見つければ分離力可能である。現在ではコバルト錯体のサルコミンという物質が有望視されている。
 これらの二酸化炭素の分離のほかに、緊急時のために二酸化炭素から直接酸素を合成する反応についても検討されている。
水の循環システム
 地球上での水の浄化については二つの段階がある。蒸発と土中での浄化である。
 土中での浄化は、土中粒子によるフィルター作用、微生物による有機物の分解作用、土中のカルシウムや珪素酸化物の吸着作用などがある。このような作用がかなえられるように土砂を利用するのは空間的には無駄が多いが、この方法はエネルギー消費が少ないという利点を持っている。このため土砂と同じフィルター作用を行う機能膜の開発が注目されている。また、膜と水との問の接触面積を大きくするための装置の形状などについても検討が行われている。
 植物の栽培や人間のシャワーなどの水については、上述したろ過水で充分であるが、飲み水については、もっと高い純度が要求される。このような場合は蒸発による浄化が必要となる。この方法による浄化では、いかに効率よく蒸留をするかが重要になってくる。また、宇宙ステーションなどの低重力状態では、そのままでは気液の分離が出来ないので、遠心力などを用いて分離する方法を検討しなければならない。
排泄物処理
 地球上では糞尿や動植物の遺骸は、微生物などの作用によって酸化分解される。都市の糞尿処理でも、同じように微生物による発酵処理が行われており、処理後の菌体や無機物などは殺菌・乾燥されて、廃棄されるか、有機肥料として還元されている。
 閉鎖空間ではこのような処理ではメタンガスやスラッジの処理などの問題があり、実用的ではない。このような問題がない最も簡単な処理方法は燃やしてしまうことである。燃焼後の灰を植物肥料に使用するためには、有機物の酸化によって生じる蟻酸や酢酸は完全に酸化されて二酸化炭素になる一方、アンモニアや硝酸と行った窒素成分が残っているのが理想であるが、このような燃焼方法は現在では見つかっておらず、現状では排泄物を完全に酸化した後で、肥料のための窒素を別の方法で加える必要がある。
植物の栽培
 植物は光合成の仕方によってC3植物とC4植物に分かれる。C4植物はC3植物と同じ光合成サイクルのほかに、低い二酸化炭素濃度で効率よく光合成が行えるサイクルを使うことができ、早い生育を可能としている。閉鎖空間では二酸化炭素の調整が可能であるので、高い二酸化炭素濃度で生育が早いC3植物の方がかえって都合が良い。
 また、日照時間もコントロールできるので、開花・結実に一日に何時開か光の当たらない暗期が必要な短日植物よりも、連続光でも開花・結実が可能な長日植物の方が栽培には適している。
  C3植物で長日植物である小麦について計算すると、1日1平方メートルあたり164gの収穫が期待できる。小麦は1グラムあたり3.7キロカロリーのエネルギーが得られるので、一日あたり人間が必要なエネルギーを3000キロカロリーとすると、栽培面積は5平方メートル/人 となる。
 また、これを栽培するのに必要なエネルギーは、主にランプの効率のために生成するエネルギーの3倍強が必要となる。
 穀物以外の植物についても栽培する必要であるが、特に藻類は光合成能力が高く酸素の生成効率が良いので、その有効利用は非常に重要である。ただし、藻類は食糧としては二次的なものである。
バイオスフェア2について
 閉鎖生態系でのさまざまな問題点を検討するためには人工的なモデルを作ってみるのがもっとも有効である。大規模宇宙基地はまだないから、地上で人工閉鎖生態系を作る試みがなされている。そのもっとも大規模なものがアメリカで行われた「バイオスフェア2」である。なお、この名称は同じ実験の二回目という音味ではなく、「バイオスフェア1」は地球のことである。
 バイオスフェア2では面積1万2700平方メートル、容積20万平方メートルの土地を鋼鉄とガラスでできた建物で閉鎖し、その中で8人の人間が1991年9月から1993年9月までの2年間、生活をおこなった。この実験は「模擬地球」を目的としたものであり、建物内部には砂漠から熱帯雨林までのいろいろな環境が摸されており、3000から3800種の生物が持ち込まれている。もともとは大気の浄化なども自然のシステムを利用することになっていたが、実際には二酸化炭素処理装置も使用された。
 実験は閉鎖性という意味では非常に不完全であった。漏れた空気を補充したことや、住人の一人が怪我をしたために外部の病院で手当をしたといったことから、科学者の中にはこのプロジェクトを批判する者も少なくなかった。プロジェクトの資金が、「バイオスフェア2」自体の観光収入に頼っていたという点も批判の対象となった。
 しかしながら、このような大規模な実験が行われたことにより、明らかになった事実も多かった。
 たとえば酸素濃度の減少がある。実験10ヶ月後の1992年6月の段階で初期の20.96%から16.95%にまで減少した。一方、それに対応するだけの二酸化炭素の増加は観測されなかった(増加量は2%程度)。これの原因についてはしばらく不明とされていたが、後に研究グ ループにより次のような説が発表された。
 酸素の滅少は、主に土壌の微生物の呼吸による酸素の消費に光合成が追い付いていないためであるが、二酸化炭素の増加がそれに対応していないのは、コンクリート表面で二酸化炭素が炭酸カルシウムの形で固定されているためであると考えられる。バイオスフェア2のコンクリートを分析すると、外側では14wt%であるのに対し、内側では26wt%にも達していた。
 このような結果からは宇宙基地の建築材料についても新たな知見を与えてくれる。バイオスフェア2の次回の実験については何も発表されていないが、外界との繋がり(照明などのための電気の供給など)を滅らし、外的・内的な変動に対する抵抗性を調べるなどの実験が行われば、面白い結果が得られるかもしれない。
エコスフェア
 最近、科学博物館などでよく見かける閉鎖生態系に「エコスフェア」がある。これはガラスの球形容器に海水、微生物、藻類、エビなどを入れたミニ生態系であり、外部とのやりとりは光だけだから、ほぼ理想的な閉鎖生態系である。このような系では、内部が均一系でなく、死骸や休眠中のものが底に溜まり、上部では活発な生命活動がいとなわれている。
 ところが微小重力下ではこのような階層構造が形成されず,気体と液体の分布も変わる。NASAでは宇宙ステーションにおいて、エコスフェアが微小重力下で安定な生態系を形成するのか、するとしたらそれはどのような系で安定化するのかなどについて研究をする予定である。宇宙空間での閉鎖生態系を作り上げていく上で重要な実験と期待されている。
 宇宙で大規模な閉鎖生態系を作るには、まだまだ乗り越えなければならない技術的なハードルが多々あるが、月や火星に恒久的な基地を作ったり、恒星間宇宙旅行を実現させるには、絶対に必要な技術であるので、今後もいろいろな分野での研究が推し進められていくであろう。
◆参考文献◆
  小地球をつくる 新田慶治 丸善
  宇宙生命科学 河崎行繁 学習研究社
  Newton 1992.5月号 教育社
  Newtoa 1993.2月号 教育社
  EOS 1994.1.18号 アメリカ地球物理学会