状況設定
時に西暦1995年8月20日、人類は射手座方向(おおむね銀河系中心方向)から、自然現象とは判断できない電磁波を観測した。この電波を何等かの方法(企画趣旨として、電波信号再生の具体的手段については関知しない)で再生したところ、四つの画像データーであることがわかった。それぞれについては以下の事が判断できた。
1.恒星配置図のようなもの
ある点を中心に、放射状に幾つかの線が延びている図。これは中心をイプシロン・インディという恒星と仮定した場合に、そこから近傍恒星の位置関係を示したものと判断すると、辻妻が合う。図の中には一つだけ◎で囲まれた星があるが、これも中心をイプシロン・インディとすると、ちょうど太陽系の位置に該当する。こうした事から判断するならば、この画像を作成した文明はイプシロン・インディにあると判断するのが合理的と考えられた。むろんこれは地球人側の憶測に過ぎないが。またこの画像には、何等かの二種類の物体を示すと思われる画像があった。この物体の正体が議論の中心となった。
2.宇宙船らしきもの
宇宙船らしき画像がこれ。ちなみに電波のドップラーシフトから、電波源は光速の50%の速度で移動している事は観測されている。ただし、速度は一定であり、この段階では慣性飛行をしているものと判断された。
3.異星人らしきもの
三人の異星人らしきもの。中心には他よりも明かに小型の異星人が描かれている。右側の異星人だけは衣服を着用している。これは現実の写実なのか、あるいは抽象的な意味があるのかは不明。中央の小型の異星人も、子供を意味するのか、あるいはなんらかの性の違いの反映かもこの画像だけでは判断できない。なお、2、3の画像については、2が異星人の姿で、実は3が宇宙船の図である可能性も指摘された。地球人的な観点では可能性は低いが、しかし、それを理由にこうした考え方は否定できない。
4.地球人の画像
TV電波によると思われる画像データー。調査の結果、これはローマオリンピックのアベベの画像であることが判明する。その場合、この画像データーが発信されたのは1960年となる。これを受け取った文明がなんであれ、電波の往復の時間を考えると、電波の発信者は最大でも地球から12.5光年以内の領域にいなければならない。ちなみにイプシロン・インディは太陽系から11.2光年の距離にある。
−地球人の画像解釈−
アベベの画像が意味するものも含めて、地球人サイドは概ね画像データーから読み取れるであろう情報を的確に判断して行った。だが多くの意見が分れたのは、画像1における二つの物体である。多くの意見が出されたが、基本的に二つの立場に分れた。つまり、
甲)この図は同じ物体の形態変化を表した物である
乙)この図は二つの物体が太陽系に向っていることを表しているそこで幾つかのグループにわかれ(参加者は地球の地域ブロックにわかれ、国連総会のシミュレーションを行っていた)、異星人に対する電波情報の内容について討議した。
−異星人の画像解釈−
異星人は地球人の返信から判断して、再度画像データーを送った。この段階で異星人側は地球人の質問は、宇宙船に関するものと判断し、ミッションに関係した自分達以外の宇宙船の画像データーを送り出した。
−地球人の行動−
異星人側の画像データーは、必ずしも地球人側が期待した内容ではなかったが、少なくとも複数の宇宙船が太陽系に向っている事は判断できた。そこで地球人側の目的は、異星人側のミッションの目的を知ることに絞られた。また大量の情報を得るために動画を送信した。その内容は異星人の目的が、
甲)太陽系を通過する
乙)太陽系に留まる
丙)太陽系の任意の場所に着陸する以上、三つのうちのどれかを判断するものだった。
−異星人の行動−
異星人側は、地球人側が動画を送ってきたので、ミッションの意図を説明するために、やはり動画で、宇宙船が移動する経過を送り付けてきた。それによれば、いま地球人とコンタクトしている宇宙船は太陽系をフライバイするが、後続の宇宙船は現在減速中であり、数十年後には太陽系に到着、そこに留まると言うものであった。
宇宙船はフライバイし、異星人と地球人の最初の交信−プレコンタクト−は以上で終わった。限られた範囲内ではあったが、相互の意思の疎通を図ることは一応の成功をみたのであった。異星人側の真相
異星人について今回のプレコンタクトにおいて、地球人と無人探査機によりコンタクトした異星人は、地球人によりε・インディと呼ばれるK型恒星に属する惑星上で誕生した知的生命体である。マクロにみた場合、この異星人と地球人との共通点は多い。つまり共に炭素を基本とした生命体であり、DNA・RNAが遺伝や蛋白質合成に関与している点などである。むろんミクロにみた場合、この両者には多くの相違点がある。外見的にもっとも顕著な相違点は、この異星人が基本的に左右非対称な点であろう。これは異星人のみならず、この惑星の生命体一般に共通な傾向である。ただ地球にも左右非対称の生命体がいるように、この惑星にも左右対称の生命体は存在するが、惑星の生態系の中では少数派である。進化史における一つの興味深い点は、この惑星にも地球の魚類に相当する生物が存在した(現在も存在するが)事であろう。彼らの文明では、この魚類から異星人が進化したと考えられている。これらの魚類も、基本的には地球のそれと同様に流線型をしている。ただ移動の中心は鰭であり、左半身が移動のための主因であり、右半身は運動性に寄与する。これが魚類から進化した生命体の、基本形態を規定している(と彼らは考えている)。
プローブ派遣の背景
異星人は自らの惑星のみならず、周辺の惑星開発にも着手していた。彼らが宇宙開発に乗り出した文化的背景は、地球人にとって必ずしも理解しがたい物がある(そもそも地球人相互にも、宇宙開発に関する認識の相違があるのだから、これは当然の事であろう)。強いて分かりやすく説明すると、不毛な惑星や生命が存在できない宇宙空間に、生命が生存できる環境を作り出す事に価値を見出すということになろう。ただし、この説明は地球人的な観点によるもので、異星人独自の思想を必ずしも正確に説明してはいない。宇宙に関する知識が増大するに従い、彼らも自分達以外の(知的とは限らないが)生命体の存在する可能性に思い至った。そこで彼らはε・インディ以外の近傍恒星に、無人探査機を送り出す計画を実行した。この初期段階の無人探査機は、当時の異星人の技術水準と、経済性から非常に軽量なものが作られた。これは地球ではロバート・L・フォワード博士が提唱した、スターウィスプに偶然にも酷似した物であった。これは全体で20グラムという、全長数キロにおよぶ蜘蛛の巣状の構造物である。これは強力なマイクロウエーブにより加速され、最終的には光速の20%にまで達する。この蜘蛛の巣の結節点にはLSIが置かれ、全体で近傍恒星の光を含む電磁波を観測し、母星に報告するのがその目的である。この無人探査機の派遣にあわせて、異星人は宇宙空間に巨大な電波受信施設を建設した。この施設は、電波望遠鏡としても機能するように制作されている。ただし、彼らの価値観から、地球のように異なる文明の電波を積極的に受信するという活動は行われていない。このスターウィスプは近傍恒星に全部で20基以上が送られた。この中の一基が地球を通過した際に、あきらかに人工的(自然現象ではない)電波を受信した。この結果から異星人は、スターウィスプよりもより詳細な観測を行うための無人探査機を送り出した。これが今回のプレコンタクトを地球人と行った無人探査機である。この無人探査機は、光速の50%で太陽系をフライバイするが、その間に多くの情報を収集すると共に、搭載した人工知能によりある程度の判断能力も持たされていた。この無人探査機の後続として、より大型の無人探査機が太陽系には送られていた。これは今までのようなフライバイではなく、減速用の機構を持ち、太陽系に留まり長期間に渡る継続的な観測を目的としている。この探査機はプレコンタクトを担った無人探査機からの情報を中継するだけでなく(これはスターウィスプとは転送される情報量が飛躍的に違うため)、後続の無人探査機に事前の情報を与える目的もあった。
SF大会(ハマナコン)での企画
――司会の立場より――前野[いろもの物理学者]昌弘(ニュースレター Vol.2 より)
今年のSF大会での企画の一つとして、FirstContactSimulation(以下FCS)を行なうことと、その内容がコンタクト中心の、これまでのFCSとは一風違った物にする予定であったことは、このニューズレターの1号に書いた。設定の方は林さんに主要部を作ってもらい、資料も用意してもらった。その内容に関しては林さんからの詳細なレポートの方を見てもらうとして、司会をした立場から今回の企画を振り返って見よう。
正直に言おう。自分でも企画をこういう形にする事を推したものの、実は「企画としてちゃんと成立するだろうか」という不安は当日の朝になってもまだ消えていなかった。「FCSの面白さは設定を自分で作っていけるところにある」との意見もあった(というより、私自身、今でもそう思う)ため、参加者が喜んでくれる企画になるのか、という点で少々不安があったのである。司会をやる以上、参加者がしらけてしまったりしたらいやだなぁ、と、びくびくもんだったのだ。FCSの「設定」の楽しさはみんなで「ああでもないこうでもない」と言いながら何かを作り上げていく、という能動的な楽しさであるから、過去のFCSを楽しんでくれた人は、今回のどちらかと言えば受動的な役回りに満足してくれんのじゃなかろうか……とますます不安がつのる。結論から言うと、不安を感じる必要はなかった。みんな、楽しんでくれたのである。
企画は会場側の問題もあって、少し遅れて始まった。いつもFCS企画に来てくれるお馴染みの顔や、初めて見る顔や、いろいろである。まず、設定説明をして、異星人からの第一信を配る(詳細は林さんのレポートを参照のこと)。企画は★参加者は異星人からのメッセージを解析する科学者である。
☆参加者は国連会議の参加者(つまり各国国家元首級の人物)である。
各ブロックごとに討議し、そのブロックのスポークスマンのみが発言。の2フェイズを移り変わりながら進められた。★フェイズで画像を検討し、☆フェイズでその画像に対する対応を考えるのである。6ブロックに別れたが、各ブロックの人数は9〜10人となり、ちょうどよい参加者数だったように思う。
アベベの画像がローマ・オリンピックのものであることは「裸足で走ったのはローマ・オリンピックの時だけ」ということからわかるのだそうだが、その事を言うの忘れていた…(ちなみに企画段階では「しゃぼん玉ホリデーにしよう」「いや、ゆく年くる年の方が年がわかる」「それなら紅白歌合戦の方が」という、ばかばかしくも真剣な議論がなされた)。この画像から、「電波の発信者は地球から12.5光年以内」とわかってくれる事を期待していたのだが、その点はほぼクリア。しかし、参加者の興味はどちらかというと宇宙船と異星人の映像の方に向いていたように思う。解釈が二つに分かれていたことも、林さんのレポートの通り。
この後、まず解釈を元に対応の仕方を検討した。アフリカ地域の「最初の接触が不幸な形になってはいかんから、とりあえず無視しよう」という意見(これは一つの意見としては正しいと思う……が、いかんせん、こうしたのでは企画が成立しない。企画としてでなく、本当のシミュレーションとしてはどのようになるか、考えてみたい問題である)、日本地域の「前向きに善処したいと思います」という意見(ぉぉぃ)などが出て大いに場内を沸かせる(と同時に、司会としてはこの後の予定のことを考えてハラハラする)。とはいえ、最終的にはだいたいこちらの考えていたような返答が作られ、ほっとした。
ちなみに「こちらの考えていた返答」というのは「この宇宙船のように見える記号はいったいなんなんだ」ということ。そして返事が「これだよ」というわけで別の宇宙船の画像であったわけだが、なかなか、司会の私や設定者の林さんが思った通りには参加者は感じてくれない。「地球人の間ですら、ファーストコンタクトは難しい…」と、今更ながらに感じる。実際、最初のスターウィスプがアベベ画像を本国(本星?)に送った、ということなど、なかなかわかりにくかったかもしれない。
☆フェイズの各ブロックごとの討議の間、全体の司会をしている私はひまなので、会場をうろうろしてみんなの議論を聞いたり、ぼ〜〜っと設定について考えをめぐらす。例えば、最初に配られた放射状の線を見ながら、「この異星人、あっちこっちの星にプローブ飛ばしているんなら、いろんな星の住民の様子がわかっただろうな。地球人にその情報教えてくれんもんかな」とぼーっと物思いにふけった。この企画内で、そんな要請をするところまでは実行できないだろうけど、実際にこの事件が起こったら、誰かがそんな事言い出すに違いない。中にはこれが全部NASAのでっちあげだと言い出すちょ〜な人や、「これこそハルマゲドンの到来だ」とか言い出す宗教屋さんとかがいるんだろうなと、らちもない事を考える。それにしても、これだけの設定でもいろいろと考えていくと楽しい。SFのネタが尽きることなんてないんじゃなかろうか…なんて考えていると、あっという間に時間である。
ここで、林さんのレポートにある通り、「この3つの中で、あなた(異星人)のしたいことは何なのか?」という質問が発せられる。こういうメッセージ、実際に作るとしたらどうなるんだろう…「?」マークなんてつけたって、向こうにはわからないだろうしなぁ…なんて考えるのだが、そんな細かいところまで考えても仕方ないので気がつかないふりをして先へと話を進める。ここでいったん、休憩。その間に林さんと木村さんは異星人からの返事をどのような図で表す方法を考えている。
ついに異星人側からの最後のメッセージ。短い時間の中だったため、林さんの方からかなり説明を入れたが、これの解析もただ画像だけを見せていたら、かなり難解なものになったかもしれない。これで、やがて異星人の減速機能を持った宇宙船がやがて太陽系にやってくる、というところまで、情報が得られた。この宇宙船と地球人がどのようにつきあっていくのだろうか、とか、宇宙船がフライバイしていく時には地球人はどんな対策をとるだろうか(撃墜したがる人もいるだろうし、わけもわからず念仏を唱えるおばぁちゃんだっているだろう)などなど、これからのことも考えれば興味は尽きないが、ここで企画の方は終了、ということになった。最初の予定ではもう少し通信する予定だったが、もう一度通信のやりとりをしたら、時間超過は必至であった。
最後に、ゲストの方にコメントをいただいた。堀晃先生からは「今回のは、SF小説を読んで『次はどうなる』とわくわくするような楽しみがあった。いつものFCS企画とは違う楽しみだが、これはこれで楽しい」とのお言葉。司会をしながら感じていたことを的確に言ってもらえたなぁ、と思いつつ、こういう楽しさと設定の楽しさを両立させるような方法ってないもんかいな、と考えた。でも、両方を一度に満足させるのは、どう考えても時間が足りない…。谷甲州先生からは、「この異星人を介して次々と別種の異星人の情報が入って来るようになったら」のように、「これから」を考えると、SFのネタとしては楽しいとの言葉。これまた、司会をしながら感じていたことをちょうど言ってもらえた、と私は腹の底でにんまりしていたのであった。
約2時間半を費やしての企画だったが、あっというまに終ってしまった、という感じであった。この企画をやってみて、昨年のCJ1のプレコンタクト1時間、コンタクト1時間というタイムテーブルが如何に無謀だったか身にしみてわかった。今回の企画はいわばプレコンタクトの部分だけだったのに、2時間では終らなかった(やろうと思えば、もっともっと突っ込んで、長くできた)んだから。
終った後何人かの方に感想を聞いたが「やっぱり設定もしたいなぁ」という声がいくつかあった。やはり「設定したい」という気持ちは強いんだな、と改めて感じた。しかし、みんな「こういうのはこういうので面白かった」と言ってくれたので、SF大会企画としては成功したのではないかと思う。後はこれを、FCSとして成功させていくことが肝要である。今回の企画は字義通りの意味で「『最初の接触』のシミュレーション」だった。これをもっともっと真面目に、かつシミュレーションとして正しいものにすることは、非常に意義があることだと思う。FCSの本来の目的の一つ、「異文明との接触の方法を考える」という点では、原点に近いFCSだったのではなかろうか。設定の面白さも追求したいけれど、この点を突き詰めていくことも大事なことだろう。
今後の日本におけるFCSの活動がどのような形になるか、まだまだわからないのだけれど、今回の経験はきっと役にたつに違いない。