授業で行うワールドビルド
〜琉球大学理学部での事例〜

 私は琉球大学の理学部に講師として勤めていますが、今学期、授業で「総合演習・現代社会と物理学」というのをやってます。これは理科の教職免許取得志望の大学2年生以上の学生を対象にした授業で、「物理教育に役に立つような実践演習をさせる」という目標で行われていて、中身は各担当教官に任されています。私は「日本の理科教育はどこが間違っているのか」というような固い話もすれば、「中学生相手を想定して慣性の法則を理解させるための模擬授業を学生にやらせる」のような実践的なものをやったり、「大槻教授の代わりに気功師と戦うとしたらどういう実験をして気功を物理的に解明しようとするか考えよ」のような課題で実験内容を考えさせたり、と、いろいろなことをやらせております。
 で、物理教育に役立つ実践演習となればFCSなことをやるのも勿論よかろう、と思い、学生にワールドビルドをやらせてみました。当初は2週間程度のつもりだったんですが、結局授業回数としては5回、一ヶ月以上かけて行うことになりました。以下はそのレポートです。

【1回目:導入篇】

 まずやったのは、「もしも月がなかったら」(ニール・F・カミンズ/東京書籍)の一部の紹介です。この本はいろんな仮定(その一つはタイトルの通りです)をおき、その惑星などの物理的、生物的、あるいは文化的環境を考えるという内容で、10 個の例(他には「地軸がもっと傾いていたら」とか「近くで恒星が爆発したら」なんてのがあります)が載ってます。ちょっと論理が飛躍しすぎていると感じるところもありますが、なかなか面白い本です。
 今日の授業では、例えばこの本に書いてある「月がないと潮汐がない」→「地球の自転が遅くならない」→「コリオリ力が大きい」→「台風がすごい風になる」→「背の高い植物は存在できない」のようなドミノ倒し的推論をいろいろ紹介して「ここはおかしいんとちゃうか」とか、「ここはこういう考え方もできる」とか、生徒につっこみを入れさせながら(「君なら、ここはどう思う?」とか質問しながら)説明していったわけです。

 で、一通り説明が終わった後、「これと同様のことを来週みんなで討論しながらやってみよう」ということにして、「まずは自分なりの惑星環境の<if>を考えろ」というのを今日のレポートにして、授業の最後の10分ぐらいを使って書かせてみました。
 なかなか思いつかないようなので、「惑星環境ということで思いつかない人は、多少逸脱してもいい」と言ってしまったのがちょっと失敗だったか、ちょっと変なのも入りましたが、内容の一部を紹介すると、

ってな感じでした。
 なかには、「万有引力が斥力だったら」とか、「自然界の元素が今より少なかったら」のような飛躍しすぎ(まぁこれはこれで面白いけど)のやら「宇宙人が攻めてきたら」という授業の趣旨自体を誤解しているようなのもありました。

【2回目:議題決定篇】

 2回目は、学生が書いたレポート全文を入力してプリントにして配り、「これらの設定および予想についてどう思うか」を議論しつつ、「実際に我々で考える環境を選ぼう」というふうに持っていきました。話の途中で、教育プログラムにもこういう討議による作業を取り入れようという話があるんだよ、ということでCOTIに関して少し紹介しました。

 一つ一つ提案について感想を述べつつ、「みんなで議論するための議題」という観点からの駄目出しをしました。例えば「重力が半分だったら」の場合、地球の質量が小さいからなのか、重力定数自体が小さいのか、あるいは質量は同じだが密度が低いのか、などいろいろな原因が考えられるが、どれによるものなのかが明確でないと議論するにしても、互いの認識にずれができてしまって大変なことになるよ、ということを説明し、「議論の題材であるためには設定が曖昧では困るし、共通認識の基盤がないような点だと議論が進まない。題材を選ぶにも慎重でないと」という話をしました。
 学生の中には「「宇宙人が攻めてきたら」が面白いからやりたい」という声がありました。確かに面白いことは面白いんですが、一応物理の授業だから、ということで却下しました。話の途中で「架空の環境じゃなく、もっと現実的に、例えば『月に住むとしたら』のような議論もしたい」という声もありました。そこでとりあえずこれも選択肢に入れ、他に出た提案も含めた上で

で手を挙げさせたところ、「光のない惑星」が6、「海陸比3:7」が4、「月に住む」が4でした。そこで、「月に住む」は一つだけ毛色が違うので外しました。次の議論は「もし〜だったら」のような架空の話ではなく、もっと現実的な議題で議論しましょう、ということにして、次回の議題の候補ということにしました(のちに、この議題は「軌道エレベータを作る」に決まりました)。
 その上で残りの二つで決戦投票を行ったところ、「光のない惑星」が11、「海陸比3:7」が10。たった1票差で「恒星の光のない惑星」ということになりました。
 ここで時間が来てしまったので、「議論を始める前に、まず設定を確認しないといけない。そこで『恒星の光のない惑星』を具体的に設定せよ」というのを今日のレポート問題としました。
 講義中の話の中では、恒星が近くにない、はぐれ惑星みたいなものを考えよう、ということでした。これに対する予想として、

  • 目が退化する。
  • 夜行植物が進化する。

なんてのが出ました。当然、前者には「退化するからには、まず目ができないといけないけど、最初からできないんでは」というつっこみが入りました。後者には「夜行植物って何やねん」「夜しか咲かない植物」「そもそもこの星には夜しかないんだってば」というような笑えるやりとりがありました。当然、「そもそも生物生まれるんだろうか」というのが一番問題でした。

 ところが書かせたレポートを見てみると、やはりというか、認識が統一されてませんでした(人の話をよく聞いてない学生がいたというべきか)。

 はぐれ惑星的なのを考えて、地熱を利用した生物が生まれるというありがちな予想が多かったのですが、中には「大気が分厚くて光が届かない星にする。でないと生物が生まれそうにない」という意見もちらほら。確かに「光がない」という意味では同じなんだけど。

 「こんな惑星あるわけない」と設定を否定しちゃった人。それじゃあ話が始まらないってば。

 「今の地球で、突然太陽が消えちゃったという話にした方が考えやすいのではないでしょうか」と設定の変更を迫る人。まぁそういうアプローチもありではあると思いますが。

 「恒星がない」というのを随分重くとらえたのか、「恒星がないと公転できないから、公転できるようにかわりにブラックホールをまん中に置きましょう」という、話がそれている人も。別に公転しなくたっていいじゃないかと思うんですが。もっとも中には、「別の重い星の回りを回っていることにすれば、潮汐力で火山活動が起こるのでエネルギー源があることになる」という設定を思いついた人もいました。
 ある意味ナイスな解答として「自分で光を出す惑星」というのがありました。なるほどなぁ、それなら確かに「恒星からの光がない」という条件は満たしてますな。でもそれって「恒星」っていいませんか。
 とまぁこんな調子で、たかが20人の学生でも、認識を統一するというのは難しい、ということが痛いほどよくわかりました。考えてみればSF大会の企画やCONTACT Japanで行う設定づくりは、奇跡的にうまく進行しているということなんではないでしょうか(ある意味参加者の濃さに助けられているというか)。

【3回目:議論篇上】

 前回提出させたレポートから「恒星からの光がない」ということの定義がちゃんとできていなかったことがわかったので、まずそれを「近くには恒星がない」ということで統一しました。ここで生徒を二つ(各10人程度)に分け、1グループは別の教室に移動させました。二つに分けた理由は、人数が少ない方が議論が進みやすいということが一つ。後で結果発表をさせて、「同じ議題で話しても結果が違ってくる」ということを確認させたかったということが一つ。「後で発表する」ということで緊張感を持たせるという効果もあったようです。
 さて議題も決まったので、議論開始。「これから1時間議論してください」と言ったら生徒は「えっ、1時間もやるんですか」と言ってましたが、甘い甘い。ワールドビルドが1時間で終わるわけないじゃないか、それも初めてやる人ばっかりなのに。

 一応、

というような順序で考えていきなさい、という指針だけ与えて、生徒の中からじゃんけんで議長と書記を選ばせ、後は好きにやらせました。
 今回は教育的配慮から、私は傍観者を決めこみ、生徒たちの好きなように議論させました。議論があっちいったりこっちいったり、細かいところに不必要にこだわるかと思えば大事なところが抜けていたり、ということもありましたが、けっこう真面目に、かつ紳士的に議論が進んでいました。

<グループ1での議論>

 基本設定として、惑星の大きさなどは地球とあまり変わらないものを考えました。惑星ができた時は高温で、だんだん冷めていくというのも地球と変わらないだろう。しかしその冷め方は非常に早いに違いない。生物が発生し、生存することは奇跡に近いような気がするけれど、するとしたらむしろ地熱の残る深い方へ深い方へと移動するだろう。だったら陸はなくてもいいだろう、ということで全部海になっている惑星ということになりました。
 生命の発生場所は地下のような暖かいところ。どのみち光がないので光合成ができない、植物が発生しない、という困難を避けるため、「宇宙からの電磁波をエネルギー源とする植物的生物」という設定が出され、それが決定しかけ、ではそんな生物がどう発生してどう進化するか、というところまでで時間が来ました。「では来週までの宿題として考えてこよう」ということで今週の議論は終了しました。生徒が生徒に宿題を出すという面白い現象が起こりましたが、これはこの議論を生徒たちが面白がってくれた、ということを表しているわけで、授業を企画した側としてはうれしい限りです。

<グループ2での議論>

 こちらのグループも惑星の大きさが地球とほぼ同じ、という点はグループ1と同じ。しかしそれが決まるまでには、「大気が分厚くないと寒いのでは」「そのためには惑星は大きくないといけないのでは」「でもどうせ地熱を利用した生物が生まれるなら、地表の大気がどうかなんてあんまり関係ないのでは」といった様子で議論が二転三転した感じでした。あと、この環境では水や大気の循環があまり起こらない、ということが議論のひとつの焦点になっていました。それと生命の発生にはなにか関係があるはずですが、具体的なところまでは進まなかったようです。
 生物の発生場所としては「地下のマグマが発生するあたり」「その近くの空洞に水がたまったところ」「凍りついた海の底の深海」などの意見が出ましたが「地球の場合、いろんなところで生物が発生したが、結局はどれか一つが他を駆逐したような形で単一起源の生物になったが、こういう過酷な環境では、そんなふうに一つの起源を持つ生物が全惑星に広がるようなことはなく、これら複数の起源の生物が共存してもいいのではないか」という意見が出てきました。深海で発生する生物は高圧下で発生するので体格がいいのでは、なんて考察もされています。
 グループ1のウルトラC的発想が「電磁波で光合成」なら、グループ2のウルトラCは「岩石を食う生物」でした。こっちのグループは随分熱心に「生物が発生するための条件とは何か」を考え込んでいました。活発に「こんなのどうかな?」という議論がされていたグループ1に比べ、みんなが「うーん」と考え込んでいる、という印象が強かったです。特に深いことは考えずにわけたグループでも傾向に偏りが出るのは面白いところです。

【4回目:議論篇下】

 前回、どっちのグループの議論も「生物なんて生まれないよぉ」という悲観的なものだったので、地球上の非常に寒い場所(氷の中とか)でも活動している細菌は存在しているから、絶対だめとは言えないということ、あと熱源としては、火山の他に放射性物質なんかも考えられるんじゃない?というようなことを教えたのち、「あまりマイナス思考になるより、どんどん前向きにバカバカしい意見でもいいから出していった方が面白いよ」とアドバイスしておきました。

<グループ1での議論>

 陸がなく、表面全部海の惑星で、電磁場合成(光合成の電磁波版)をする植物が生まれる、というところから話が始まりました。その電磁波の起源はどこやねん、とツッコミをいれたいところですが。
 惑星は光源(熱源)がないので、1億年で絶対温度3Kまで下がる、という設定で話をしていました。1憶年で3Kまでというのは、なんぼなんでも下がりすぎじゃないかと思わないでもありませんでしたが、まぁツッコミは発表会で行うということで、議論はフリーに続けさせました。そのため、「いかにしてすばやく生命を発生させるか」ということで最初悩んでいたのですが、結局「できると思えばできる。そういうことにして議論進めよう」ということになったようです。最初からそうしていればいいようなものですが、過程というのも大事ですから、こういう議論が無駄になったというわけでもないでしょう。
 惑星の温度が摂氏40度ぐらいまで下がったところで、電磁波合成をする植物ができ、それを食べる動物が発生し、ということで話は進んでいったのですが、結局地球の進化の歴史を駆け足で(なんせ早くしないと惑星が冷えてしまうので)なぞるような感じになりました。
 学生の感想としては「地球と同じになってしまったのはちょっと残念だが、地球の環境、そのうえの生命というのがいかにうまくできているかよくわかった。作ろうとしても地球よりうまくは作れない」というのが出ていました。
 地球と同じような生き物ばかりになった感は否めないとはいえ、生物ができることにしてからの議論はすいすい進んで面白かったようです。

<グループ2の議論>

 こっちのグループの議論は「議論を始めるための議論」に時間を取られてしまった感じで、なかなか進みませんでした。生物の発生について話し合う時には「生物が発生するために必要なエネルギーはどうやって確保するか」という話から始まったはずなのに、いつの間にか「そもそも生物とは何か」という話になり、「知的生命体は生まれるか」という話が始まると今度は「そもそも知性とはなんぞ」で議論が膠着したり。グループ1よりも真面目な学生が揃っていたようです。
 いろいろ議論したのち、凍った海の深海で温泉のような熱水が吹きでる付近でどのように生物が発生するかという点にしぼって考えようという流れになりました。熱水に含まれるミネラルなどを栄養源にしている生き物をまず考えてそれを食う生物が進化して、という順番で話が進んでいったようです。しかし、こういう生物の生存戦略はどんなものなんだろう、ということを「うーん」と考え込んでいるうちに時間がなくなってしまいました。最後の方では、「こいつら、この熱水の近くからいつかは外へ出ようとか思うのかなあ」なんて話題で盛り上がっていたようです。

 どちらのグループも「生命をどう発生させるか」というところに時間と精神力を集中しすぎていました。「光のない場所で進化するんだから、感覚やコミュニケーションはどんな感じか」という部分ももっと議論して欲しかったかな。「コウモリのように音波で回りを探るんでは」というような意見は出ていましたが。

 全議論が終了してから、「どうせなら液体窒素の中で生きている動物はどうか、とか、放射性物質が豊富で天然原子炉ができている星を考えよう、というぐらいな自由な発想でやってもいいんだよ」という話をしましたが、授業の一環としてやっているということもあってか、保守的な考え方から脱却するのが難しかった様子。
 議論をうまく進めるためにはある程度訓練が必要だな、というのがよくわかりました。今回はあえて学生にすべてを任せてやらせてみましたが、やはり話が進まなくなりました。でも何事も経験で、学生たち本人が「議論を進めるにはどのようにしたらいいか」ということを自分で考えてくれたのは収穫でした。

【全体を振り返っての感想】

 最後にレポートとして「こうしていればよかったと思うことを述べよ」という問題を出しました。「細かいことにこだわりすぎて、自由な発想ができなかった」という感想がめだちました。FCSではいつでもそうですが、結局後で考えてみるとたいして重要じゃない部分に時間をかけてしまうという失敗がここでも起きました。
 運営の方法に対する意見としては「時間を区切ってその間に意見をまとめる形にすべきだった」というのがありました。このあたり、過去のCONTACT Japanでの運営の仕方と同じ方向です。「時系列的に考えるより、いきなり進化の最終形態を考えた方が妄想できて楽しかったかも」という意見もありました。一番面白い部分から作っていこう、というわけです。でも実際にやったとしても、やはり「その前に進化のメカニズムを」という形で話がややこしくなったかも。

 その後、発表会を行いましたが、学生全員が共通して感じたことは「二週間分の授業を使って決めたのに、驚くほど少しのことしか決まってなかったんだなぁ」ということ(このあたり、ワールドビルドなんてやった時には常に見られる感想でしょう)でした。

 初めての試みだし、ということであまり「ああしろこうしろ」という指導は行わずに、学生がどんなふうに議論を進めていくかを観察していたんですが、やはりある程度議論の方向性と、「この時間内には何を決めるか」というタイムチャートなどはこっちで作ってあげた方が面白いものになったのかなぁ、とその点は残念です。
 それでも学生さんたちは、「面白い授業だった」と喜んではくれたようです。議論しながら設定を作っていくという楽しさはわかってもらえたでしょうか。それが一番の狙いだったので、議論自体が多少ぎくしゃくしたとはいえ、成功だったと言えるかと思います。
 日本人は議論が下手だとよく言われますが、一番の原因はその実践がないことです。実践がないために、議論のやり方がわからない。特に、「議論するということの難しさ」すらわかってない学生が多くいます。感想の中にも「みんなで議論するということがこんなに難しいとは思わなかった」という声がありました。

 ワールドビルドは、この授業の目標、「物理教育に役に立つような実践演習をさせる」には持ってこいの題材だと思ってやってみたわけですが、自己評価としては「最初の試みとしては成功。だがもっとうまい運営の工夫が必要」といったところでしょうか。なにせ授業の一環ですから、別にそういうことが好きでない人間も引きつけていかなくてはいけない。そこがCONTACT Japanの企画としてやるのとは大きな違いで、その部分をよく考えたうえで、こういうことに興味のない参加者(学生)でもスムーズに入っていけるようにする努力が必要だと感じました。

(前野昌弘)



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