[はじめに]
パソコン通信を利用してFCSを行おうという企画は、大手商業ネットNIFTY-Serveの「SF&ファンタジーフォーラム・グローバル館」(FSF1)を利用して行なわれました。
今までに実行された企画は大きく3つあります。まず、リアルタイム会議室(チャット)機能を利用して地球人、異星人がそれぞれ短時間で設定を行い、ファーストコンタクトまで行う「ファースト・コンタクト・シミュレーション」。及びその冗談版といえる「ワースト・コンタクト・シミュレーション」。もう一つは、世界SF大会の企画と連動し、半年の時間をかけて、異星人社会を専用会議室を使って作り上げていった「長期FCS」。そして、その長期FSCの企画の進め方の反省の意味も込めて、地球と同じ環境下から、どのような知的生物が生まれる可能性があるかというのを、2週間という期間で検討してみた「短期FCS」。
ここでは、ネットワークにおけるFCSの実例として「長期FCS」を取り上げていきます。
これらFCSのデータはNIFTY-Serve SFフォーラムのデータライブラリに保存されていますので、興味のある方は覗かれてみてはいかがでしょうか。[長期FCS:その目的と内容]
この試みは’93年ワールドコン(世界SF大会)でのFCS企画「CONTACT PACIFIC」の一環として計画されました。「CONTACT PACIFIC」とは、アメリカ側がα-ケンタウリに生息する異星人、日本側がε-インディ星系の異星人を作り上げ、9月にサンフランシスコで開催されるコンフランシスコの席上で、太平洋を挟んだ、両者のファースト・コンタクトを実現しようという企画です。
この企画のため、異星人社会を構築するのをネットワーク通信を使って行おうとしたのが、「長期FCS」です。アメリカでは以前よりインターネット等を利用して異世界構築(COTI)がなされていました。向こうでは、FCSの打ち合わせにネットワークを使用するのはごく普通のことのようです。
この目的のため、長期FCSには以下の2つの制約事項がありました。
1.時間的なもの
2.文明レベルが決定されている
時間に関しては、コンフランシスコ参加者が日本を発つ日までに設定を行わなければならないということです。リミットは8月末まで。会議室の開催宣言が出されたのが、2月14日でしたので、実質5ヶ月余りしかありませんでした。
文明レベルに関しては、ε-インディ系人がα-ケンタウリを訪れるという条件でしたので、少なくとも、有人恒星間宇宙船を飛ばせるだけの文明を持った種族でなければならないということです。そのため、文明のレベルから、その社会や種族を考察し、そういった種族が生存可能な環境を考えるといったやりかたにならざるを得ませんでした。本来のCOTIの、環境から生態系を考え、知的生命体の可能性を考察するという方法とは、まったく違った方法になってしまったのです。それ故、FCS企画としては変則的なものとなったようです。
結局の所、双方の準備不足などもあって、コンタクトは行われず、設定の発表だけが行われたようです。また、この時の設定の内容は有志の手で小冊子にまとめられ、希望者に配布されました。
さて、ネットでの構築は、実際に顔をつきあわせて行う構築とは違った条件や進行状況になります。そこで、ここでは、決定した内容の紹介よりも、会議室上でどのように企画が行われたかという進行の過程を主に説明させていただきます。
発言数は約850。コンフランでの企画報告や反省なども含めると900近くになります。この間にほぼ月に1度のペースでリアルタイム会議(以下RTと略)がおこなわれました。[知的生命体(2月~5月)]
まず最初は、どのような異星人が生息するかということから始めました。この、「どのような異星人にするか」という、いわば最初の一歩はFCSの中でも、最もエキサイティングな部分です。
この時の惑星の条件は「通常の状着で惑星表面に水が液体で存在できる」ということだけです。様々な、独創的な知的存在が提案されました。以下、それらを簡単に記していきます。
- ◇イコ
- 蛸に似た水棲生物。自由に動ける「活動するもの」と、中枢袖経が極度に発達しているが移動できない、生体コンピュータのような「よの」に分かれている。情報をなにより貴ぶ。
- ◇ホゥイ
- 足の生えた飛行船といったような風船状生命体。体内にヘリウムを持ち、濃密な大気中を浮遊している。体表にシリコン皮膜を張るサイボーグ化により、自らが宇宙を移動できる。
- ◇リス人
- 6本足のプレーリードッグのような姿。地中にトンネルを掘り、生活の場とする。前肢1対は手として機能する。
- ◇メタフォ人
- 外骨格。4本足のまん中にタワー部、2本の手、背中に翔を持つ。カマキリに似た哺乳類という感じの外見をした昆虫種族。グループ生活を営む。
- ◇ピックアップ熊
- 6本足のクレーン付きトラックのような感じ。背中にクレーンのような腕と他に2本の腕がある。顔は熊に酷似。雄、雌、乳母の3つの性別があり、雌が子供を産み乳母が育てる。
- ◇リレイヤー
- 星系随所に展開した機械存在。かつて他星系から派遣された探査横が自分を補助するために作ったが、その記憶は引き継がれなかった。コアと様々な形態の機能部、移動体により構成される。
- ◇リフ人
- 基盤となる植物に種々の機能を持つ植物が共生した形態の植物生命体。拡く惑星全土を覆っている。また、自らを補助する幾多の昆虫に似た生物を養っている。宇宙船は植物の特化した一部である。
- ◇“私”
- 極端な寄生の発達の結果、惑星上のすべての生物が融合。「個」の意識を失い、1つの生体としての意志を持つようになった。ある意味で星そのものが生命体といえる存在。
いずれも、力のこもった長文の意見でした。しかし、中にはあまりにも詳細な設定のため、他者が口を挟めないものもあり少し困りました。
これらの生命体は基本的に炭素代謝系ですが、弗素代謝系の生物を提案した人もいました。ただし、この場合は非常に腐敗性の強い惑星環境となり、金属が使えないため、テクノロジーの発達が望めないという理由で見送られました。
この間、眼の必要性や文明の発達に火が必要か?など、私達が普段常識と思っていることへの考察が行われ、それによって私遠地球人の文明を見直すこともできました。この辺がFCSの面白さでもあるのです。
3月のRTにおいて、これらの候補の絞り込みが行われ、陸棲の3種、リス人、メタフオ人、ピックアップ熊が残りました。そして、メールによる投票が行われ、ε-インディ星系の異星人は、ピックアップ熊に決定しました。
さて、ピックアップ熊に決まったというものの、初期設定はあくまで叩き台でありこれを元に様々な設定を考察していくのです。骨格、補助脳の有無、手足の付き方などの外見的な特徴など、色々なことについて議論がなされました。
中でも議論沸騰したのが、性別が3つ存在すること、すなわち染色体の数と性の表現形の関係という問題でした。3月の下旬はこのテーマでもちきりでした。性の表現形が遺伝子に頼らない可能性、すなわち性が変化する可能性なども示唆されましたが、結局決着は着きませんでました。それよりもむしろ、性別が3つあることの社会への影響という面の方が重要になってきたのでした。この3性の間違は後に文化設定に大きな影響を及ぼすこととなります。(FCS会議室議長注:異星人構築において一見単純な一つの設定が後の社会構築や文化設定に後々まで影響を及ぼすことがあります。今回の「性」に関する設定などその典型でしょう)
4月のRTではこの3性の問題がとりあげられ、性の表現形とコス(乳母)の進化史が決定されました。そして、コスは配偶子を提供せず、子供を産み、育てる性となりました。
骨格については、4月下旬より、担当者が設定案を提出し、それを皆で検討するというやり方で設定されました。5月半ばに骨格決定RTが開かれ、そこで、クレーン肢はクレーン尻尾となりました。
5月には進化史などが設定されました。その後、家族構成案に付随して寿命や生殖可能年齢、性別の個体比率などが検討されますが、大まかな設定はほぼこれで終わりました。[プローブ(2月~3月,6月)]
ε-インディからα-ケンタウリにプローブを送る(実際にはオンラインで情報のやりとりを行う)のは決定していましたので、送りだすプローブの仕様や目的を決める必要がありました。(FCS会議室議長注:この理由の一つはアメリカ側からのメールでした。つまり我々が送るプローブの能力が分からなければ、アメリカ側もそのプローブの能力で判明するはずのデーターを我々に送ることができないからです。幾つかの設定を討議した背景にはこうしたアメリカ側とのメールでのやりとりがありました)
まず、プローブとは何かという確認から始まり、そこへ、とにかく数多くの観測を目的とし、重量のほとんどが推進剤である初期型のプローブα。観測、通信機器、人工知能が充実し子機を持つプローブβと、その子機であり精密な観測が可能な、また捕獲される事を考慮していろいろなものを積んでいるというプローブγの組みあわせである第2世代プローブという提案がされました。結局これが基本型となったようです。α-ケンタウリに送られるのはこの第2世代プローブということになりました。
次に検討されたのは親機、子機の減速のしかたです。
1,親機から、スピードを打ち消すだけの推進剤を積んだ子機を打ちだす
2,親機自体が減速してから子機を打ちだす
という2つを比較して、時間はかかっても観測能力が高くなるという点から2,の方法がとられました。
そして、3月のRTの直前に重量や飛行速度、推進剤の量まで、綿密に計算されたプローブ試案が提出され、このスペックは特に異論もなくそのまま採用されました。
アメリカ側との情報のやり取りのため、プローブの設定は早急に行う必要がありました。そこで、RTでの検討は、時間の都合で仕様より探査の目的、つまりプローブを送る前提の検討と決定が主になりました。
そこで決定した前提条件は
1:ファースト・コンタクトの経験は無し
2:恒星探査の経験は8番目
3:探査目的は科学探査
という3つです。またこの時点では、観測の主目的は恒星観測であり、探査機の目標はおもに恒星であるが、惑星などを発見できる能力もある。となっていました。
当初は、5番目に送ったプローブという事になっていたのですが、チェックしてみたところ、α-ケンタウリは8番目に近いということが判ったので、近傍3星系に初期型プローブを送り、その後5星系に同時に第2世代プローブを送ったという設定に変更しました。
また、プローブに通信メッセージを搭載することも検討され、3月後半はこの立体マトリクスの制作で賑わっていました。生物案、環境設定とも大詰めを迎え最も書き込みの激しかった時期です。
この時作られたマトリスクは星系のデータや衛星の地図などと共にプローブにより先方に送られた情報として、アメリカにネットワークを通じて送られました。
その後、アメリカからの質問状が、インターネット-CompuServe-NIFTY経由で6月下旬に届さ、6月のRTではアメリカへの返事とプローブの変更について話し合われました。それというのも、こちらはプローブを送ったつもりなのに、向こうは電波の受信からFCSが始まるつもりらしく、設定がかみあわなかったのです。
そして、α-ケンタウリの電波を傍受したことにより、母星から通信でソフトの書き換えを行って、プローブの目的を惑星の探査に変更するという設定でアメリカの質問状の返事の内容との摺り合わせをおこないました。[環境(3月~4月…8月)]
環境の設定はFCS開始間もなくε-インディとα-ケンタウリの恒星系のデータがあげられたことから始まりました。そして、ソルより小さなε-インディから充分な熱量を得るため、0.42天文単位という惑星の位置の提案がされました。しかし、肝心の異星人が生息する惑星環境の設定は、例えば、イコだと殆ど海に覆われた星、リス人だと発火性植物により定期的に地表が火の海に覆われる星、というように生物設定に引きずられるためなかなか決められませんでした。
従って、本格的な環境設定は3月6日からの惑星系の設定から始まったと言えます。
ここで、異星人の星は惑星ではなく、木星型の巨大ガス惑星の衛星にしてはどうかという画期的な提案がなされました。この提案は多くの支持を集め、木星型惑星の衛星に決定しました。なお、時間の関係から惑星と衛星の数値には木星と地球のものを流用しました。
その後、次々と
◎惑星と異星人の住む衛星との距離
◎惑星の他の衛星の数と軌道
◎ε-インディに存在する他の惑星の数と軌道
←これはボーデの法則を利用
◎公転周期、自転周期
の試案が発表され、特に反論もなく、衛星系、惑星系が決定しました。
そしてこのころから、キャラクター図の得意な会員により、衛星の地図、空の景観などがキャラクター図で表現されるようになりました。具体的な数値と視覚的な表現の持つ説得力には大きなものがありました。
また、その後も、この会員によるキャラクター図の大陸地図などが逐次アップされていました。そして、これらのキャラクター図を基礎に別の会員の手でGIFによるグラフィックが作成されました。
4月中旬には、星系の星の名が決められました。これは地球のインドの神の名が充てはめられています。
ただし、FCSの本来の意義から言うと、異星人のメンタリティなどから考えてそれにふさわしい意味を持つ名を付けるべきで、安易に地球の感性を充てはめることはどうかと思われます。そこで、ここではあくまで地球人がこれらの星々を呼ぶときの便宜上の名であり、本来の意味を持たない記号のようなものという解釈になりました。[文化、文明(5月~8月)]
この設定の大半は、性別が3つあるインディ人がどの様な家族形態をとるかという議論に終始しました。
5月のRTで、家族案を決定しようとしたのですが、これが思ったほど単純なものではありませんでした。インディ人のライフサイクルなどを始め、多くの要因を考慮しなければならず、そのほとんどが未決定だったからです。
そこで、骨格案の時と同じ様に複数の担当者を決め、その案を叩き台として検討していく方法がとられました。
ところが担当者以外からも様々な意見が寄せられ、「提案者の数だけ案がある」ような状態になりました。また、それらの案の殆どは、生物学的設定が相違しているため容易に摺り合わせができないものでした。生物学的設定だけでも先にきちんと決めて、承認をとっておくべきでした。
それでも、一度は主な3案の折衷案が提出されたりもしたのですが、提案者の承諾を得られず没となりました。
家族設定から派生して、インディ人のメンタリティ、社会制度、一部の歴史のなども提案されてゆき、それなりに文化体系が形を現してゆきました。
ここで問題だったのは提案がなされるだけで、その案に対するリアクションがあまり無く、案の乱立状態になってしまったことです。あまりに綿密な設定を行ったことや、議論点などの現在の状況説明を怠ったため、他の人達、特に後から参加しようとした人達が参加しにくい雰囲気を作ってしまったようです。
その後、この星では内半球と外半球とで、違う文化が発達している可能性が指摘され、6月のRTでの話し合いから、主な3案のうち比掟的共通項の多い2案を1つにまとめ、2つの文化体系が存在しているという設定になりました。しかし、ここで両者の生物学的設定、殊に3性の個体比率の差が問題となり、両者が亜種の関係にあるという苦肉の策がとられました。そのため、進化史や大陸伝播史などを設定する必要に迫られ、辻褄合わせが大変でした。(FCS会議室議長注:例えば亜種という槻念を取り入れたのもその設定を調整する必要からでした。とはいえこの時の惑星環境から考えれば亜種の存在は妥当であったと思います)
文化案が2つに絞られたあたりから、FCS時代の文化案や技術レベルなどといったものも検討されてゆきました。そして、なんとか7月中に家族案(その頃には文化史に近くなっていましたが)が決定しました。
その後は経済体制や歴史などが検討されました。特に経済は、「情報経済」という案が出され、活発に議論され、8月のRTの議題にもなりましたが、結局のところ、地球の経済とそう変わらないシステムとなりました。[宇宙船(8月)]
α-ケンタウリへ向かうコンタクト代表、すなわちコンフランシスコにバネリストとして参加するメンバーに設定されていないことを指摘されて、大慌てで作り上げました。殆ど議長権限で設定してしまったようなものです。(FCS会議室議長注:核融合推進を使い、帰還のさいには相手の恒星系に存在するガス惑星から重水素を補給。そして母星付近では速度を合わせたタンカーにより減速用の推進剤を補給する。母星や相手の文明の信頼だけが頼りというシステムでした^^;)。
[まとめ]
分科会に分かれ並行して設定を進めていくコンベンションの方式と大きく違う点は、設定が順番に積み上げられながら進行していくという点でしょう。今回は時間の都合でトップダウン式でしたが、今度は、2年くらいの時間をかけて環境の設定から、生態系を創り知的生命体を生みだすまで、じっくりとやってみようという計画もあります。
通信での議論はタイムラグの存在や、言葉のやり取りだけで相手を納得させなければならない大変さなど難しい面もありますが、じっくり考えて意見を述べられるという利点もあります。
ひとつの知的生命体を作りだす生物設定は、想像力を刺激して実に面白くいくらやっても飽きないものです。でもそのためか、この設定に時間をとられ過ぎて肝心の文化設定になかなか進めないという結果となりました。
また、通信でのFCSは初めての試みであり、企画の進め方をよく解っていない人が多かったのか、一人が広範囲にわたって詳細な設定を決めてしまい、他の人の参加の余地がなくなってしまった事態もありました。みんなでいろんなエレメントを作ってゆくというFCSの本質からは違った方向に進んだようで、今後の反省点になりました。(Proceedings of CONTACT Japan 1 Vol.1より)