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CONTACT Japan 2 分科会2

「反物質宇宙船の設定」分科会

(分科会レポートは各分科会のリーダーおよび書記によって書かれています。)
●はじめにお詫び
 CJ2終了後、見直してみると設定、計算などにいくつかのミスが発見された。このレポートの中では、どのようなミスがあったかも含めて報告する。
●この分科会の問題の設定
 恒星間宇宙船を作るというとびきりの難事業の中でももっとも難しいであろうと思われるのは「エネルギー源を何にするか?」という問題である。これまでのファーストコンタクトシミュレーションで作ろうとした宇宙船でも、この問題は常に大問題だった。
 例として、1万トンの宇宙船が光速の1%で飛行している時、宇宙船の持つ運動エネルギーを計算してみよう。 1万トン×(30000キロ/秒)^2÷2=4.5×10^21ジュールほどにもなる。
 しかもこれはあくまで宇宙船が得たエネルギーであって、実際には宇宙船を加速するには、これ以上エネルギーが必要となる。この莫大なエネルギーをいったい何から得ればいいのか?
 この分科会では、「エネルギー源は反物質だ」ということにした。つまり、どこからか反物質が沸いてでて、いくらでも自由に使える、という設定で、恒星間宇宙船を考えた。このようにしてエネルギーの制約を外した場合、恒星間宇宙船を作るのはどの程度容易になるのか…。反物質が与えられたとして、如何にしで恒星間宇宙船というシステムを作り上げていくかを考えていきたい、というのがこの分科会の主旨である。ただし、いわゆる“超技術”(オーバーテクノロジー)は最小限にとどめた。反物質が得られたということ以外はできる限り既存の技術を利用することにしたのである。
●反物質とは何か?
 素粒子物理において、あらゆる粒子には電荷やスピンなどの、属性の反転した相棒粒子である反粒子が存在することが知られている(ただし、反粒子が自分自身である粒子もある)。陽子の反粒子は反陽子、電子の反粒子は陽電子である。粒子と反粒子が反応した場合、その静止エネルギーの全部が電磁波などの形で解放されるので、エネルギー源としては非常に効率が高いといわれている。残念ながら現在反粒子を安価に大量に作る方法は知られていない。普通に作れば反粒子によって得られるエネルギーより、反粒子を作るために必要なエネルギーの方が大きくなってしまう。反粒子をエネルギー源とするためには、なんらかの超技術が必要である。
●分科会開始
 分科会の始まる時の雰囲気は、「反物質を使えば、恒星間飛行なんて楽勝楽勝」という「これで勝ったようなもんだ」というムードであった。まず、配布した資料(別掲資料を参照のこと)を元に反物質を使った宇宙船の作り方について説明が行われた。
 別掲資料A、Bの説明のなかで、この分科会で重要な点を述べると以下のようになる。

・噴射速度がVでも、噴射時に無駄になる質量は噴射に寄与しないので、実際にロケットの運動量に寄与する質量が全体のA%だとすると、実効的な噴射速度は

    V×A÷100

と考えなくてはいけない。宇宙船の性能は実効噴射速度で決まる。

・反物質ロケットの場合、噴射速度はほとんど光速度にできる。しかし、対消滅の生成物を運動量に寄与させるのが難しいため、Aを大きくできるかどうかが問題となる。
 この間題をどのように解決していくかが考えられた。
 SFに登場する反物質宇宙船というと光子ロケットであるが、反物質との対消滅反応によって発生する光子は高エネルギーのγ線であり、γ線を跳ね返す鏡は既知の技術では存在しない。もし、γ線を完全に反射できた場合、A=100という理想的な状態となる。
 では、γ線を吸収すればどうだろうか。この場合はA=50となる。効率は半分になる。これでもかなりよい性能の宇宙船ができるだろう、と言いたいところだが、この場合には別の問題がある。全エネルギー(当然莫大なもの)の半分をその吸収物質が引き受けることになってしまう。いくらかは再利用できるであろうが、ほとんどは熱になるだろう。この熱を捨てる方法が困難であることが予想される。
●余談
 もし反物質宇宙船がほんとにあったとしたら、この強烈なγ線をまきちらす、非常に迷惑な存在である可能性がある。天文観測の方で、強力なγ線が宇宙からやってくる、いわゆるγ線バーストが観測されているが、もしかしたらγ線バーストの正体はどこかの宇宙人が飛ばした恒星間宇宙船なのかも…という話がここでゲストの松田卓也先生より出された。
●磁場バリアーによる反射
 対消滅反応の生成物を効率よく反射してくれるような物質は考えにくい。そこで、磁場でのバリアーを使うことが考えられる。ただし、磁場のバリアーで反射させることができるのは荷電粒子だけであり、γ線は電荷がないので反射させられない。
 別掲資料にも書かれているように、実際に陽子・反陽子の反応を行わせた場合、まずπ+、π-、π0の三種類の粒子が出る。この時、全体の50%をしめるπ0は中性なので磁場で反射できない。このため、この段階で50%のエネルギーが無駄になる。また、反射してくれるπ+とπ-も亜光速で21メートル走るとその60%がμ粒子に崩壊してしまい、μ粒子に崩壊した時点でエネルギーの約3割を失う(損失分はニュートリノ)。結局、この時点で生き残るエネルギーは、

50%×40%=20%
50%×60%×70%=21%
合計41%


であるが、反射するのはこのうち半分、そして斜めに衝突する粒子の分も考えるとさらに半分。よって、有効に運動量になるのは、全体の10%ほどとなる(と、CJ2当日は計算したが、よく考えてみると、完全に反射されれば運動量は2倍かせげることになるので、理想的状況では20%である。ここでは反射の効率の悪さなどからこの×2は期待できないということにして、10%であるとして考える)。
 これらの粒子はほぼ光速で噴射されるが、実効的噴射速度は光速の10%ということになる。この低い効率の主原因はγ線が反射させにくい物質であること、反射させやすいπ粒子は短い寿命で崩壊してしまうことである。
π粒子がなるべく崩壊しないうちに反射させるためには、このタイプのエンジンは非常に小さく(つまり半径21メートル以内に)作らなくてはいけない。
 ここまでの結果、分科会メンバーの中にも、一転して「反物質を使っても夢がない」という悲壮感が漂いはじめた。最初の勝ったような気分はどこへやらであった。

●反物質の貯蔵法・輸送法
 Forwardの提案による反物質貯蔵法についても少しだけ討論があった。完全な真空の中に反物質を浮かべるというのは無理だろうから、貯蔵している間に少しずつ減っていくのはやむをえないだろう、という意見があった。
 貯蔵法も問題であるが、貯蔵した場所からどのようにエンジンに運び、どのように反応を起こさせるかという部分については、今回検討する時間がなかった。この貯蔵システム、輸送システムの重量は後で述べる計算の中には特に計上されていない。1000基のエンジンに反物質を安全に輸送する方法の検討は本来必要であろう。
●蒸発物質による冷却&推進案
 γ線の熱で少しずつ溶けるような物質でγ線を受け、これで冷却および居住区の保護をさせると同時に蒸発した物質の噴射による推進力の増加を狙う、という案も出された。しかしほぼ光速で噴射されるπ粒子の場合に比べ、蒸発物質による加速力はかなり小さく、かえって余分な質量を持っていくことの悪影響(これは結局、Aを下げることになる)が大きくなるのでは、という意見もあり、また、γ線のエネルギーの莫大さを考えると、できる限りγ線を宇宙船が受けないようにした方がよいのではとも思われ、今回は採用されなかった。本来ならば具体的に条件を設定して考えて、どちらが得になるかを考えて決めるべきであったが、時間的理由により、より単純な案を選んだ。
●トライアル1
 次にエンジンの大きさから決めていこうということになった。磁場を張る範囲を大きくする(磁場を長くする)ことにより、より噴射をそろえることができるので最後の係数4分の1がある程度改善されるが、磁場を作るコイルがより大きなものが必要となり、エンジンが重くなってしまうというデメリットがある。ここでもシンプルなものを選び、磁場は半径21メートルの範囲に張るようにするという方針がまず確認された。π粒子が崩壊しつくすまでに反射しようという方針である。
 このような小さなエンジン一基では必要な加速力は得られないと予想されるので、エンジンを大量に(最終的な数字は1000基になった)束ねて加速を得るとした。
 この磁場に必要なコイルの重さと必要電力を適当に愛情を持って見積もったところ、一基5トン程度は必要だろう、ということになった。この時、磁場を作るための電力は、放射されるγ線による発生熱で発電を行うとした。この発生熱は莫大なものなので、むしろ捨てるのに困るであろうと考えられる。今回は放熱の方法については検討しなかったが、実際に作るとなれば大難問となるだろう。γ線のほとんどをそのまま宇宙に逃がしていかなくてはいけない。
 この分科会の中では、要求性能として△X=光速の10%、すなわち、光速の5%まで加速して、それから減速して停止するとした。実効噴射速度と△Xが等しいので、
   △X=(実効噴射速度)×10g(質量比)
から考えると、質量比e=2.718が必要である。1万トンの宇宙船を作るとすると、1万7千トンの燃料を噴射しなくてはいけない。これを1000基のエンジンで10年で燃やすとして考えると、

(17000000kg)÷((10年)×(1年の秒数))÷(1000基)

という計算により、1基あたり、1秒に0.054グラムの正反物質を反応させればよいことがわかる。これは20秒で1発のヒロシマ型原爆を爆発させることに対応する。
 ここまで計算したところで、数値に無理があることが指摘された。
・エンジン一基5トンでは、1000基で5000トン、と宇宙船質量の半分を占めてしまう。そのエンジンを支持する構造材にはエンジンと同じ程度かそれ以上の質量が必要であろうと考えると、要求された条件を満たせない。
・20秒で一発のヒロシマ型原爆の爆発に、果たしてこのエンジンは耐えられるのか。もちろん原爆の爆発と違ってエネルギーのかなりの部分がγ線になると思われるが、それだけの強烈なγ線にさられることに果たして耐えられるだろうか。具体的に定量的計算はできなかったものの、検討すべき問題として数えられた。
●トライアル2:やはり超技術は必要…
 第一の問題は、やはりエンジン自体の質量軽減という抜本的解決以外には良案が浮かばなかった。そこでまず、高温超伝導コイルが可能だということにし、冷却機構や発電機構を簡素化することにより、エンジンの質量を1基1トンに減らすことが可能であると(いささか強引ではあるが)した。
 第二の問題は、エンジンの負担を軽くするために1秒で反応させる燃料を10分の1(0.005g/s)とすることで困難の軽減を試みた。これでも1基あたり、200秒に1発のヒロシマ型原爆であり、果たしてこれなら耐えられるのかどうか、数値的な確証は得られていない。
 このペースで反応させると、あわせて100年の加速&減速が必要となる。10光年向こうまでの旅の場合、以下のような航行タイムチャートとなる。
  時間 距離
加速 62年 1.4光年
慣性航行 156年 7.9光年
減速 38年 0.8光年
246年 10.0光年
なお、当日の分科会中では勘違いから、加速50年、減速50年という計算をしてしまったが、もちろん減速の方が速く終わる。加速終了時ですでに宇宙船はかなり軽くなっているから、減速は加速よりも楽なのである。
 せっかく100年かけて加速するのに、全行程年数が246年なのでは、行程の半分近くが加速時間だということになる。
 このため、このタイプの反物質宇宙船をせっかく作るなら、10光年のような近所ではなく、もっと遠くへ行くのに使うべきであろう、と結論された。
●この宇宙船の名前
 AlWAUCHUNOZETTAISEIGI号と決まった。由来は、ゲストの松田先生が紹介された超科学な論文の著者名(!?)である。どうしてそんなものが宇宙船の名前になってしまったのかというと、「その場の雰囲気」としか言いようがない。
●最後に
 この分科会の企画を立てる時は非常に軽い気持ちで「反物質を使えば、恒星間宇宙船も楽にできるのでは」と思っていましたが、いろいろと検討してみた結果はご覧の通りで、恒星間宇宙船を作るということは、たとえ反物質を使えても、一大難事業であるということを再認識させる分科会になったのではないか、と主催者としては感じています。
 参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。
分科会資料
反物質宇宙船の可能性
宇宙船の速度計算の手引
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